ここではドクラ制作の後半部分であり、もっとも重要な工程である鋳込み作業(溶融金属の注入作業)を、体験レポート形式でご紹介致します。
10時40分、私が工房に到着したときには、すでに坩堝(るつぼ)の炉には火が入れられていて、職人さんたちはそれぞれ作業にいそしんでいました。
その光景を見て、私は一瞬「出遅れてしまった!」と慌てたのですが、実はまだ長い作業のほんの入り口だったのです。
坩堝の炉とは別に四角い炉があり、そこに今日鋳込む予定の型が整然と並べられていました。
大きめの型には針金で取っ手が付けられていますが、これは後ほど取り出しやすくするためのものです。
10時50分、炉に並べられた型の間に丹念に薪を入れて行きます。
どの型にもしっかり火が回るようにして、内部の蜜蝋を完全に焼失させなければならないので、一見簡単そうなこの作業にも長年の経験が必要なのです。
そんな風に作業は進められ、やがて型が見えなくなるくらいびっしりと薪が置かれました。
11時15分、坩堝の状態をチェックします。
私も職人さんの後ろから覗き込んで見ましたが、まだ金属は入れられておらず、坩堝自体を熱している段階でした。
薪の位置を調整したり、新たな薪を追加したりして、じりじりと温度を上げて行きます。
しかし薪の火力では、真鍮の融点(900度~950度)まで温度を上昇させるのは、そう容易なことではないでしょう。
11時20分、今回使う材料(真鍮)が運ばれて来ました。
どれも家庭で使っていたものばかりで、穴があいたり割れたりしたものです。
そいつをハンマーで砕いて小さくして坩堝で溶かすのです。
私は「もしかしたら買って来た地金を使うのでは」と思っていましたので、昔ながらの金属の再生利用だとわかったときは、無性にうれしくなってしまいました。
これですっかり役者がそろったわけですが、型を並べた炉にはまだ火が入っておらず、じっとその時を待っています。
暑い季節(5月でした)の中で、さらに火を使う熱い作業ということで、職人さんたちは頻繁に水分補給をし、顔や頭にもばしゃばしゃ水をかけておりました。
11時45分、坩堝の中の不純物をかき出し始めました。
とにかくすごい温度になっていますので、顔をそむけながらの作業となります。
11時46分、いよいよ坩堝に材料が投入されました。
小さく砕いた真鍮の破片が次々に投げ込まれて行きます。
そして一番最後に、砕いていない真鍮の壺が投げ込まれましたので、何か儀礼的なことなのかと思って聞いてみたところ、特にそういうものではなく、真鍮が足りなさそうだったので追加したとのことでした。なーんだ。
12時05分、型を並べた炉にも火が入れられました。
金属が坩堝に投入され、型の炉にも火が入ったとなれば、もう間もなく鋳込み作業に入るのだろうと固唾を飲んで見守っていたのですが、実際にはまだこれからかなりの時間をかけて型を焼いて行くのでした。
12時30分、材料もだいぶ溶けたようです。
私は相変わらず職人さんの肩越しにそうした光景を眺めては、今か今かと鋳込む瞬間を待っているのですが、そうは簡単にはいかないのです。
そうこうしていると、型の炉にトタン板がかぶせられました。
う~ん、まだまだこれから蒸し焼き状にじっくり熱して行くようです。
13時05分、材料の溶け具合を確認します。
青く見えるのは銅の成分のせいでしょうか。
13時20分、小さい坩堝を金属の棒でこすり、内側をきれいにし始めました。
実は溶けた金属をすくって型に流し込む作業は、この小さな坩堝とそれを挟む大きなヤットコで行うのです。
13時45分、職人さんは木炭を取りに行きました。
ここで坩堝の炉に木炭を投入して火力を上げるようです。
13時55分、木炭の投入で温度が上がり、真鍮はいい具合に溶けて来たようです。
と同時に坩堝から溶けた真鍮をすくい出し、間髪入れずに型に流し込んで行きます。
熱く溶けた真鍮が流し込まれた型は真っ赤になります。
それはまるで胎内に宿った命が息づいているようにも見え、とても神秘的な光景でした。
つい見とれてしまう私を尻目に、次々に型に真鍮が流し込まれて行きます。
この作業はスピードが命です。
真鍮が固まらないうちに、そして型が冷えないうちに、どんどん作業は進められて行きます。
たまに真鍮が型を突き破り漏れ出て来ることがあります。
そんな時は素早く決壊箇所めがけて泥を投げつけ、穴を塞ぎます。
そんな風に職人さんたちは阿吽の呼吸で迅速に鋳込み作用を行って行きます。
14時28分、最後の型に真鍮を流し込み、鋳込み作業はすべて終了しました。
暑い季節での熱い作業、本当にお疲れ様でした。
職人さんたちは汗をびっしょりかき、肉体的にも精神的にも疲労困憊といった感じでしたが、大きな仕事をやり遂げた達成感と安堵感に浸っているように見えました。
そして灼熱の作業に耐え抜いた道具たちも、本当にご苦労様でした。
14時45分、本来ならもう少し自然冷却させるようですが、時間のない私のために、ひとつの型を水で冷やして割り出しをしてくれることになりました。
土の型は焼けてかなり硬くなっているようで、そうそう簡単にはがれ落ちてくれません。
だいぶ作品の姿が見えて来ました。
一見無造作に金属の棒を型に突き立てているように見えるのですが、もちろん大切な作品にキズがつかないよう充分配慮しているのです。これも職人さんの腕ならではということでしょうか。
ほぼ全容が明らかになって来ました。
床にはたくさんの土が散らばっています。これだけ土を使っていたというわけです。
さあ、すっかり土が落とされました。
湯道と注入口の形もそのまま鋳抜かれていますが、もちろんこれは後ほど取り除かれます。
取り出された作品は、この地方に住む「アディヴァシー」と呼ばれる先住民族の戦士でした。細かい装飾まできれいに出来上がっています。
まだ随所に黒く変色した粘土が付いていますが、それも最後の仕上げできれいに落とされ、そこで本当の完成となるのであります。
以上が現在一般的に行われている、ドクラの鋳込み作業の見学レポートでした。