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2001年6月20日:インドの先っぽ / カニャークマリ

         
  • 公開日:2001年6月20日
  • 最終更新日:2022年6月2日

インドな日々

2001/06/20 インドの先っぽ カニャークマリ

人類はみな挑戦者であり冒険者である。

前人未踏の地を目指し、多くの先達が地上を制覇してきた。
いや、地上ばかりではなく、月にも人類は降り立っているのである。
アポロ11号で人類初の月面着陸に成功したアームストロング船長は、その月面に印した第一歩の感想を「この一歩は小さいが、人類にとっては大きな一歩である」と英語で言った。

そして今、私はインド亜大陸の最南端に到達しようとしている。
私は、特別なプロジェクトチームのバックアップとかを持っているわけではないので、残念ながら人類初の快挙ではない。
トリヴァンドラムから普通のバスでやって来ただけである。26ルピーの旅人である。
しかし、せめてこのバスの乗客の中では一番乗りをしたいものである。
終点のバススタンドが近づいたら、何食わぬ顔で出口の近くに行き、車掌と談笑しつつ素早く飛び降りてしまおう。
などと作戦を練っていると、バスはスピードを落とし、普通のバス停に止まった。
見るとほとんどの人がぞろぞろ降りて行くではないか。
どうもこのバス停が最南端の地に一番近いらしい。
あわてて座席の下の荷物を引っ張りだし、出口に急ぐが、一番最後になってしまった。
不覚にも私は、このバスの乗客の中で35番くらいになってしまった。

しかたない、せめて次のバスの人よりは早く最南端に到達しよう・・・
と思った私の妖気アンテナが何かを感じた。

「チープ・ホテル」

来た来た来た来た、もーお、その手には、ぜぇーたいに、のらないもんね!

私は、ホテルならもう予約してある、とうそを言い、最南端に急ごうとした。
なにしろバスから降りた乗客は、既にみんないなくなっている。
だんとつのビリじゃないか。まったく、もう!

しかしチープホテルの男はしつこい。
歩調を合わせつつ、いろいろ言ってくる。
そしてついに男は、殺し文句を使った。

「オーシャン・ビュー」

オー・シャ・ン・ビュー!

ここはインド最南端。つまり半島の先っぽ。三方が海なのだ。
せっかくここに泊まるなら、やはり「オーシャン・ビュー」であろう。

私は、男のオーシャン・ビュー光線に目を眩まされながらも、「本当に安いのだろうな」と鋭く念を押し、男の後に従った。

着いたのは、なかなか大きいホテルであった。
なるほど海を見下ろす感じで建っている。しかし右前方に同じくらいのホテルが建っている。
あちらの方が半歩リードしているではないか。
男は私の視線に気付き、「あのホテルは高いのだ。こっちのホテルは安いんだぞ」と必死で言い訳してくる。
こんなに必死で言ってくるところを見ると、うそではないのだろう。
この私の目に狂いは無いはずだ。

部屋はなるほどオーシャン・ビューである。
正確に言うと、小さいバルコニーが付いていて、そこに出れば「オーシャン・ビュー」なのである。
おそらくホテルを造るとき、欲張ってオーシャン・ビューを乱造しようとして、海に対して直角に建物を建ててしまったのだろう。
だからどの部屋もバルコニーに出れば「オーシャン・ビュー」なのだが、文句無しに楽しめる部屋は、海に一番近い部屋だけなのだ。
その後ろの部屋の人たちは、海と前の部屋のバルコニーが重なった風景しか見られないのである。
まだ無機質のバルコニーだけならいいが、そこにハゲおやじがステテコいっちょうで詰め将棋なんかしていたら、オーシャン・ビューもへったくれもないであろう。

そんな心配をよそに、客が他にほとんどいないらしく、最前列を確保できたのである。

さっそくバルコニーに出ると、海が目前に広がっている。美しい!
さわやかな風も吹いている。気持ちがいい!
どこからか、ジングルベルのメロディーが流れてくる。あー、もう、そんな季節か・・・

それは車がバックするときのメロディーであった。
なんだかインドでは、そういうメロディー装置を付けるのが流行っているらしく、ランバダのバック・メロディーなんて聞いてしまうと、知らず知らず口ずさんでしまい、ちょっと恥ずかしい。

そんなこんなで、オーシャン・ビューは良いのだが、周りがちーと騒がしい。
極めつけは、このバルコニーの真下に民家があり、そこのおばさんが、子供だか亭主だかをすごい声で叱るのである。それはそれはすごい声で罵倒しまくるのである。
そりゃあ、おばさんにとっては、オーシャン・ビューもリゾートも関係なく、日々の生活の連続なのだろうが、私だってお金を払ってこの環境を買ったのである。金持ちニッポン代表なのだ。

そんな私の呟きを感じたのか、おばさんの剣幕はますます激しさを増し、とばっちりを受けた私は、「最南端でとんだ災難だい!」 なのであった。

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