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2001年6月14日(木)コーチン・2001年インドの旅第50回

         
  • 公開日:2009年12月14日
  • 最終更新日:2022年6月24日
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時Rs.1が約2.7円、3倍にして1割引けば簡単に計算できます。

青年はリキシャマンと二人でこの辺を周っているとのことで、タダだと言う。リキシャマンもフリーだから乗れと言う。なんだかおもしろそうな取り合わせの二人だったので乗ることにする。

バスコダ・ガマの教会やドライジンジャーの工場などを見せてもらい、お決まりのお土産屋へも行った。何も買わなかったが、その代り金を払う覚悟で乗ることに決めた。

チャイニーズフィッシングネットの写真を撮っていなかったので、そこまで戻ってもらい、そのままそこでエビ、サメを買い、シーフードの昼食会に。豪華な昼食であった。

【以下の解説は2009年12月14日のものです】

日本人の青年は、ヒマなのでそのオートリキシャでこの辺を周っているということで、私にも「一緒に乗りませんか?」と誘いかけて来ます。そこで私が料金を尋ねると、「なんかねえ、お金はいらないって言うんですよ、この人」と、リキシャマンの方をちらっと見て答え、日本語がわかるはずもないリキシャマンも、しきりに「フリー!フリー!」と繰り返し、乗れ!と手招きするのです。タダってねえ・・・昔から「タダより怖いものはない」って言うしねえ・・・それに実際インドでは、やたらと「お金なんていらない」とか、「お前がいいと思う金額でいい」とか言って誘っておいて、結局最後の最後でゴネるなんてことはザラにあるからねえ・・・

ふ~ん・・・タダねえ・・・

私は「立派な大人」ではありませんが、いちおう年齢的には「かなりの大人」ですので、そんな都合のいい話などこの世に存在しないということくらい百も承知なのですが、どうにもその日本人青年とリキシャマンが、二人してヒマつぶしでうろうろしているというところがなんとも呑気であり滑稽にも思え、そんな中に自分もちょっと身を置いてみたいなあという気持ちが芽生えて来ているのが分かりました。よく何かを試すときに「騙されたと思って」という言葉を使いますが、まさしくこの時は、「騙されて最後にお金を払わされてもいいや」という気持ちになってしまったのです。

ということで、私もオートリキシャに乗り込み、ヒマつぶしのんきツアーの仲間入りです。

リキシャマンは自らを「シューマッハ」と名乗りました。もちろんそれは本名ではなく、あのF1ドライバーの名前を借りているのです。でもその割には彼のマシンはずいぶんボロくて、一般的なオートリキシャよりスピードが遅いように思えます。

まずマシンが向かったのは聖フランシス教会でした。シューマッハは勝手に教会の入口のドアを開け、私たちを中に招き入れると、写真を撮れと言います。しかし世界史の教科書にも必ず登場するほど有名な、あのヴァスコ・ダ・ガマが埋葬されたという由緒正しき教会に、お金も払わずに入り込み、写真まで撮ってしまっていいものなのでしょうか?
でも確かにここには入場料を取るゲートもなければ、管理人や案内人といった人も見かけません。そんなものなんでしょうか、ここは。

次にシューマッハは倉庫のようなところにマシンを止めました。

そしてまた勝手にどんどん中に入って行きます。とりあえず私たちも、訳もわからぬままにシューマッハについて行きます。
入口を抜けるとそこは中庭になっていて、その一面になにやら白っぽいものが広げられていました。シューマッハはそんな中からひとつをつまみ上げると、「ドライジンジャーだ」と教えてくれました。
なるほど、この中庭で日に干したジンジャーを、そのすぐ横の倉庫に貯めて出荷しているようです。そして今日は久々の日差しということで、ジンジャーを中庭いっぱいに広げて日に当てているのでしょう。

そんな風にそこら辺をぐるぐる回り、そしてたどり着いたのがお土産屋だったのでありますが、そこでもシューマッハは「買ってやってくれ」とは言いません。
ちょっと不思議に思って青年に聞いてみると、「お客をお土産屋に連れて行くだけで、シャツが貰えるそうなんです」と説明してくれました。
これは後に知ったことですが、インドではこうしたドライバーやガイドがお土産屋に客を連れて行くと、売上に応じたキックバックが貰えたり、連れ込んだ人数でポイントが貰え、貯まったポイントで各種商品がもらえたりするようなのです。

シューマッハとは立場の違うお土産屋の店員は、一生懸命何か買わせようと仕向けてきますが、そこをなんとかかわして店の外に出ました。
シューマッハは、「次は何が見たい?」と聞いて来ましたが、よく考えてみたら、まだあのチャイニーズ・フィッシングネットの写真を撮っていないのです。
そこでもう一度、チャイニーズ・フィッシングネットのところまで戻ってもらうことにしました。

ひとしきりチャイニーズ・フィッシングネットの写真を撮り、その周りにいくつかある小さな魚屋を覗いて回っていると、まだお昼を食べていないことを思い出しました。
シューマッハに聞くと、ここで買った魚をすぐそこの食堂で調理してもらえると言うことでしたので、それならみんなでシーフードのランチにしようじゃないかということになりました。

食堂は半分オープンエアといった感じのバラックのようなところでしたが、それもまた開放的で味がありました。ただ蚊が多かったのには閉口しましたが。調理してもらった(と言っても、茹でたり焼いたりといった程度のものですが)エビやサメを食べながら、いろいろな話をしました。あらためての自己紹介、家族や生活のこと、そしてこの旅のことなどそれはもういろいろ・・・

偶然にも、その青年は私と同じ飛行機でデリーに着いたようでした。
しかしその後のルートが違っていました。
私はデリーからここまでひたすら南下して来たのですが、青年は一度北に行っていたのです。そしてその場所というのが、カシミールだというのです。
カシミールはとても美しい場所だとは聞いていますが、そこはいまだ隣国パキスタンと領有権を争っている地域で、テロ活動も活発であるために危険地域になっているのです。そして一部の悪徳旅行社が、なにも知らない旅行者を騙し、高いツアーを組ませてはそこへ送り込んでいるという話も聞いていました。
青年はそんなツアーに、全財産のほとんど全部をつぎ込まされてしまったとのことでした。
もちろんツアーを組む際に、そんなにお金を使ってしまったらその後が困ると言ったそうなのですが、あちらは一枚も二枚も上手で、カシミールから戻ったらしばらくここ(その旅行社)で働いてくれれば、お金の問題は解決すると説明されたそうなのです。なるほどねえ。

カシミールの旅行自体は楽しかったそうです。でも、デリーに戻って来たら、その旅行社はすでになかったそうです。
ただ幸いにも、青年はインド全土を回ることのできる鉄道パスを持っていたため、手元に残ったわずかなお金で、こうして旅を続けているとのことなのです。なので今滞在している宿も、一泊50ルピーのところだということなのです。

そうなのか、なかなかすごい経験をしてますね。

もちろんこのランチは私がおごるつもりでいましたから、どうぞご遠慮なく、なのであります。

つづく

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