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2010年インドの旅・実録編:第54回 マドライ

         
  • 公開日:2012年11月27日
  • 最終更新日:2022年6月10日
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時1ルピーが約2円だったので、ただ単に2倍にすれば円価になります。

2010年4月17日(土) マドライ 晴 30℃以上

昨夜は9時頃寝てしまったが、夜中2時頃目を覚まししばらく寝られなかった。
6時少し前に目が覚めたが、体が重くて起きられず、7時頃起きる。

バナナ2本の朝食。

8時頃外出
ミナークシ寺院北側の野菜市場を見に行く。
キャベツ(なかなか大きい)、ニンジン、タマネギ、ニンニク、ショウガ、グリーンチリ、ナス、香草、カボチャ、さらに買った品物を入れるためのカゴなども売られていた。
すごい人込みで、写真を撮っているとかなりジャマになっていた。

ミナークシ寺院はまだ人があまり出ておらず、土産物屋もようやく開け始めたばかり。
寺院内を一回りしたが、とにかく昨日とは雰囲気があまりにも違い、拍子抜けする。
一時間も見ないで出てしまう。

外もまだ人がチラホラといったところで、笛売りの少年たちもやる気ゼロだった。

リキシャでガンディーミュージアムへ。
街角に停まっていた真面目そうなおじさんと交渉するが、あちらの言い値Rs.50から下がらなかった。
逆に下がらなかったことで正価と判断し乗ったが、それほど遠い距離ではなかった。(実際、帰りは歩いて来た)

9:30 ガンディーミュージアムは10時開館とのこと。しばらく建物の周りをウロウロするが時間を持て余し外へ。
チャイRs.5飲む。

ミュージアムに戻ると、ちょうど国旗掲揚が始まるところだった。
国歌とは違う音楽で国旗掲揚。次いで違う歌が流れ、その後旗竿の下に並んだ人たちでなにやら唱和していた。

ようやく開館。
入場は無料だが、カメラはRs.50とのこと。
しかし切符を買う窓口がなくウロウロしてしまう。
事務所を覗き込み、カメラを見せると合点してくれた。
Rs.100札を出すと予想通りお釣りがなく、後で渡すと言われる。一筆書いてもらおうかとちょっと思ったが、なんせガンディー主義の人だから大丈夫だと判断し見学コースへ。(見学していたらちゃんとRs.50のお釣りを持って来てくれた。さすが!)

展示はインドの植民地化への歴史とそれに対する闘争の歴史が、パネルで丁寧に解説してありなかなか読みごたえがあった。もっとも英語表記なので時間がかかったのだが・・・

ガンディーの私物や書簡(コピー)などの展示を見る。
ガンディーが凶弾に倒れた時に身に付けていた血染めのドーティーは必見。

最後にRs.10の寄付をし、名前を書いて出る。

【以下の解説は2012年11月27日のものです】

〔以下メモに解説を加えて〕

2010年4月17日(土) マドライ 晴 30℃以上

昨夜は9時頃寝てしまったが、夜中2時頃目を覚まししばらく寝られなかった。 6時少し前に目が覚めたが、体が重くて起きられず、7時頃起きる。

疲れ過ぎていたり体調が悪かったりすると良く眠れないものである。旅も後半戦に入り、かなり体力が落ちて来ているというのに、連日の粗食とアルコールの摂取では疲れが溜まる一方である。

バナナ2本の朝食。

昨日の南インド風の朝食がどうにも口に合わなかったため、今朝は(朝食は宿泊代に込みなのに)食べにいかなかった。あまり贅沢を言ってはいけないが、体力が落ちるといつもより食べ物の選り好みをしてしまう。

8時頃外出 ミナークシ寺院北側の野菜市場を見に行く。

事前に野菜市場の存在を知っていたわけではなく、適当に歩いていたら行き当たった。中に分け入って行くのがちょっと躊躇されるほどの活気だった。
マドライの野菜市場

キャベツ(なかなか大きい)、ニンジン、タマネギ、ニンニク、ショウガ、グリーンチリ、ナス、香草、カボチャ、さらに買った品物を入れるためのカゴなども売られていた。

インドのキャベツは小ぶりなものが多いが、ここのは大きかった。当然のことながらどの野菜も地場産品であろうが、種類も豊富で品質もよさそうだった。
マドライの野菜市場

すごい人込みで、写真を撮っているとかなりジャマになっていた。

この市場は大量買いのプロだけではなく、普通の主婦といった感じのおばちゃんもたくさん来ていた。きっと大家族で結構な量を買うのだろう。
マドライの野菜市場

ミナークシ寺院はまだ人があまり出ておらず、土産物屋もようやく開け始めたばかり。 寺院内を一回りしたが、とにかく昨日とは雰囲気があまりにも違い、拍子抜けする。 一時間も見ないで出てしまう。

有名な寺院なので、朝の参拝はどれほど賑やかなのかと思って(自分としては)早く来て見たのだが閑散としていた。メモには「まだ人があまり出ておらず」と書いているが、この寺院は毎朝5時には開門するとのことなので、8時過ぎでは遅過ぎたのである。
朝のミナークシ寺院

外もまだ人がチラホラといったところで、笛売りの少年たちもやる気ゼロだった。

しかし商売人たちは朝の参拝客は初めから相手にしていないのか、寺院内のお店も門前の商店街も、ようやくこれから活動開始といった感じだった。
笛売りの少年たち

リキシャでガンディーミュージアムへ。 街角に停まっていた真面目そうなおじさんと交渉するが、あちらの言い値Rs.50から下がらなかった。 逆に下がらなかったことで正価と判断し乗ったが、それほど遠い距離ではなかった。(実際、帰りは歩いて来た)

マドライにもマハトマ・ガンディーに関する博物館があるので行って見ることにしたが、道がよくわからないのでオートリキシャで行くことにした。しかし乗って見たら、この距離での50ルピーは、初日にバスターミナルから市内まで行って80ルピーというものに比べ、だいぶ高いなと思った。
マドライのオートリキシャ

9:30 ガンディーミュージアムは10時開館とのこと。しばらく建物の周りをウロウロするが時間を持て余し外へ。

ミュージアムの敷地内には子供向けの歴史博物館のようなものもあり、その前には巨大な恐竜の置物が設置されていたりするのだが、まさかそれを30分間眺めて過ごすわけにもいかず、敷地から出て周辺を散歩することにした。
マドライ、ガンディー博物館横の恐竜

チャイRs.5飲む。

少し歩いた道端にチャイ屋があり、タクシードライバーたちがチャイを飲んで休憩していた。インドではこうしたチャイ屋が至る所にあるので、ちょっと一休みしたり時間をつぶしたりするのに大変便利である。
マドライのチャイ屋

ミュージアムに戻ると、ちょうど国旗掲揚が始まるところだった。 国歌とは違う音楽で国旗掲揚。次いで違う歌が流れ、その後旗竿の下に並んだ人たちでなにやら唱和していた。

時間を見計らって博物館に戻ると、まさしくこれから国旗掲揚が行われようとするところだった。しかしなぜか国旗掲揚に国歌が使われていなかった。最後までパキスタンとの分離独立に反対していた、ガンディーの意思を表しているのだろうか。
マドライ、ガンディー博物館の朝の国旗掲揚式

ようやく開館。 入場は無料だが、カメラはRs.50とのこと。 しかし切符を買う窓口がなくウロウロしてしまう。 事務所を覗き込み、カメラを見せると合点してくれた。 Rs.100札を出すと予想通りお釣りがなく、後で渡すと言われる。一筆書いてもらおうかとちょっと思ったが、なんせガンディー主義の人だから大丈夫だと判断し見学コースへ。(見学していたらちゃんとRs.50のお釣りを持って来てくれた。さすが!)

入場料を取らないので入場券売り場があるわけはないが、受付のようなものもなくカメラ持ち込み料をどこで払ったらいいのかわからない。そこで事務所を覗いて見たら掃除のおばちゃんがいたので、係りの人を呼んでもらった。 インドの朝一は商店でもつり銭がなかったりするが、ここでもやはりなかった。しかもここは入場無料の施設だし、窓口も分かりづらいのでカメラ持ち込み料の徴収もあまりできないのではないかと思われ、だとしたら私がいる間につり銭が出来る可能性は低く、もしかしたらこのままネコババ?・・・正直そんなことを思わないでもなかったが、無事に50ルピーは返還された。当たり前のことではあるが、とても嬉しかった。

展示はインドの植民地化への歴史とそれに対する闘争の歴史が、パネルで丁寧に解説してありなかなか読みごたえがあった。もっとも英語表記なので時間がかかったのだが・・・

ガンディー関連の施設はインド各地にあるが、ここマドライの博物館はガンディー自身の事だけでなく、インドという国がどのように列強諸国に支配されて行き、どうやってそこから独立して行ったのかということを、充分なスペースと豊富な写真や解説パネルなどを使ってわかりやすく教えてくれていた。
マドライ、ガンディー博物館

ガンディーの私物や書簡(コピー)などの展示を見る。 ガンディーが凶弾に倒れた時に身に付けていた血染めのドーティーは必見。

ガンディーはその運動に於いて自国製品の使用を強く推し進め、自らも洋服を脱ぎ捨て、インド独自の衣服の着用を実践して行ったが、ドーティーと呼ばれる腰布を着用し始めたのはここマドライを訪問してからのことだった。つまりマドライはガンディーのドーティーデビューの地であり、その縁で最期の時に着用していたドーティーが、この地に保管されることになったのである。ちなみに上半身を覆っていた布はデリーのガンディー博物館に保管されている。
マドライ、ガンディー博物館の展示物

最後にRs.10の寄付をし、名前を書いて出る。

お釣りの50ルピーを寄付するというのもありかなと思ったが、結局出し惜しみをしてしまい10ルピーと相成った。私はまだまだ他人のために生きることができないのである。
マドライ、ガンディー博物館

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