この本はインドの至る所で見かける、道端の露天商(屋外作業者も含む)たちを取材した記録である。
著者である山田和氏はノンフィクション作家であるが写真家でもあり、よって本書にもたくさんの写真が使われている。
それは本編の合間に三部に分けて差し込まれたもので、そこでは110種もの大道商人たちが、彼らの写真と自己紹介文を使って一人(複数人の場合もあるが)一ページという形でまとめられている。
なのでこの本はそのページだけ見て行っても非常に楽しい。しかも巻末には商売名別五十音索引まで付けられている。
たとえば「オウム売り」「体重測定屋」「南京豆売り」「代書屋」「鼻緒売り」「歯磨き粉作り」などなど、まさしくインド露天商大百科である。
しかし、もしひとたび本文を読み出したら(まあ普通はそうなるだろうけど)、瞬く間に山田和氏の世界に引き込まれて行ってしまうことだろう。
なにしろ冒頭の、古い地図を巡っての骨董屋のおやじとの駆け引きからしてインディ・ジョーンズを彷彿させ、これから始まるであろう大冒険に胸がワクワクして来るのである。
本書の主な取材時期は1980年代である。
思えばその時代はインドが自由経済に舵を切る(1991年)直前であり、高関税のかかる外国製品など市場にはほとんどなく、全体的に物が不足していた時代である。
いわば夜明け前の一番寒い時とも言えるが、それだけにインド独自の商売というものが一番花開いていた時であり、そこにスポットを当て、長大な時間と膨大な労力をかけて取材を積み重ねられた山田和氏には、ただただ敬服するばかりである。また、よくぞこれだけの貴重な資料を後世に残していただいたと、お礼すら言いたくなる。
インドはその後目覚ましい経済発展を遂げ、本書に掲載された商売ですでに無くなってしまったものも多々ある。
しかしそこは日本からは物理的にも文化的にも遠いインドのこと、当のインドには失礼かもしれないが、どの商売も「あー、インドならこんなのがあるんだろうなあ」といった感じで、今でも充分楽しめる一冊なのである。