私が子どもの頃には、メガネをかけている子どもというのがとても少なかったものですから、そういう子はたいてい「博士」とか「天才」とかいうアダナがついたものです。
ここはゴア州の州都パナジ(パンジム)のホテルです。
このホテルのフロントに「天才くん」はいました。きっちりヨコわけに黒ぶちメガネ、そこに持って来てホテルの制服である水色のワイシャツがいかにも学生っぽく、一目見て「あっ、天才くんだ・・・」と心の中で思ってしまいました。(もちろん以後ずっと蔭では「天才くん」と呼ぶ)
私は天才くんに「エアコン付きの部屋」を所望しました。
天才くんはその風貌にたがわぬすばやい対応で帳簿を開きながら、かなりクセのある早口のインド英語でダララララァ~とまくしたてて来ました。
あ~、半分以上何を言ってるのかわかりません・・・
でもここはホテルのフロント、そして私は宿泊希望者で天才くんはフロントマンなわけですから、話す内容なんて限られているわけです。今夜泊まれるか泊まれないかだけなのです。
その時ホテルはガラ空き状態だったようで、すぐに希望の部屋が与えられまそた。
しかし部屋に行ってみると、部屋のエアコンは半壊状態の代物で、冷気の吹き出し口には風向調整のフィンがなく、温度調整のスイッチも壊れていて、ひとたび電源を入れるや冷たい風がベッドに横たわる私の体に直接当たり、寒くて寒くて仕方がないのです。なにしろそのベッドには掛け布団がなく、ただ薄いシーツが一枚あるだけだったからです。
そこで私はフロントに降りて行き、天才くんに「毛布をくれ」と言いました。
すると天才くんは「なぜ?」とその理由を聞いて来ました。さすが天才くん、どんなときも探究心が旺盛です。
私はただ単純に「エアコンが寒いから」と説明したのですが、天才くんには自分で「エアコン付きの部屋」を希望したのに「エアコンが寒い」と訴えることがどうにも理解できないようでした。
ったくう~、寒いというのは理屈じゃなくて感覚なんだよ!
そんな私を天才くんは少しさげすむような眼で見ながらも、「わかりました」と言ってくれたので、私は安心してまた部屋に戻り、ベッドに寝転がり毛布の到着を待ちました。
しかし待てど暮らせど毛布は来ません。
どうやら天才くんの「わかりました」は、ただ単に自分が納得できたというだけで、私のその状況をなんとかしましょうということではなかったようです。
私はその晩、エアコンをつけたり消したりの忙しい夜を過ごしたのでありました。
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