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バルジの影を慕いて:インドのタクシードライバー

         
  • 公開日:2013年12月18日
  • 最終更新日:2022年7月25日

インドでいつも決まったタクシードライバーがいると便利である。
特に仕事で何度もインドに行く場合、こちらの行動パターンや行き先を熟知してくれているタクシードライバーがいると実に楽である。

ところが先日の渡印の際、10年以上の付き合いでお互い気心の知れたタクシードライバー「バルジ」が亡くなったと知り愕然となった。
もちろん愕然となった理由は彼の死そのものであるのだが、それはそのまま今回のデリーでの行動が今まで通りには行かないということも意味しており、その点に於いても少々困った事態なのであった。

バルジの死を教えてくれたオートリキシャのドライバーは、バルジの訃報に触れその場に呆然と立ち尽くす私を、さてどうしたものかと困った顔で見ている。
そこで私はなんとか気を取り直し、5年ほど前に一度利用したことのあるタクシードライバーの名前を告げた。
その男はグルチャランと言い、バルジと同郷のパンジャブ人である。バルジが帰省中で不在だった時に、バルジ自らが指名して来たピンチヒッターであった。

そうだ、彼ならおそらくバルジの後継となり得るだろう。

デリーのオートリキシャのドライバーオートリキシャのドライバーはさっそくグルチャランに連絡を入れてくれた。
そして私に向かって小さく頷くと、顎で後部座席を示して「乗れ」と言った。

走りながら聞いた話では、彼は今高級ホテルに詰めているということで、これから落ち合うためにインド門方面に向かうということだった。

グルチャランとはインド門手前の道で行き合った。
彼の運転するアンバサダーをオートリキシャのドライバーが目ざとく見つけ、クラクションを鳴らして停止させたのである。

デリーのタクシードライバー相手はこちらをあまりよく覚えていないようであったが、それでもバルジとの関係からなんとなく思い出したようであった。

とにかく明後日の朝9時のピックアップをお願いし、固い握手を交わして別れたのであった。

これからよろしく頼むぞ、グルチャラン!

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「かけがえのない」という言葉は大切な人やものに対して使うが、そのままの意味では「代わりがない」ということである。
つまり特別大切に思う人でなくても、人はだれしも「かけがえのない」存在であり、代わりなどあろうはずもないのである。

別れた恋人の面影を求め、似たような人を新しい恋人にしても、それはあくまでも違う人なのである。
それはポスト・キャンディーズに同じ三人組のトライアングルがなれず、ポスト・百恵ちゃんに似たような容姿の三原順子がなれなかったことが如実に証明している。

そしてグルチャランもバルジの代わりにはなれなかった。

まず約束の朝、彼はドタキャンの電話を入れて来た。
まあ電話をして来ただけマシとも言えるが、お蔭で私は急遽別の車の手配をしなければならなかった。
思えばバルジはこんなことは一度もなかった。

ドタキャンの電話の際、彼は翌日なら自分のスケジュールが空いていることを何度もアピールした。その日私は夜の列車でデリーを発つ予定だったが、ホテルをチェックアウトした後の半日を観光でもしてつぶすのもよかろうと思い、頼むことにした。

インドのアンバサダーのタクシー当日、まずはこちらの希望コースを告げるも、彼なりの案があるようで若干のコース修正をすることになった。私は風邪気味ということもあり、あまり観光に意欲的ではなかったので、特に抵抗もせず彼に任せたが、こちらの意思を汲み取らない彼の姿勢に少々不満であった。

インドのレストランの付け合せまた昼食は観光客が利用するレストランに案内された。おそらくその店からマージンがもらえるのだろう。
私としてはその辺の安食堂に行きたかったのだが、そこでも抵抗するのをあきらめて素直に彼に従った。まあもうその時点で「この男はダメだな」という評価を下していたわけである。

ただしグルチャランの名誉のために言っておくと、「ダメ」というのは仕入れ目的で市内を回るのに適していないという意味である。
なにしろ彼は普段は高級ホテルに詰めていて、比較的裕福にして気前の良い(であろう)お客を相手に観光スポットを巡り、少々高くても清潔で味の良いレストランに案内するのが仕事なのである。そしてその点では彼は誠実にして紳士的で、運転も慎重かつ安全であるので向いていると思う。

インドの夕陽ということで、彼にしてもそういう仕事を放り投げて、ごみごみしたマーケットに分け入り、苦労して駐車スペースを探し、埃っぽい中でいつ戻るとも知れない雇い主を何時間も待ち続けるなんてことはあまりしたくないであろう。

夕刻ニューデリー駅で車を降りる際、またデリーに戻ったら連絡してくれと言うグルチャランに、私は愛想のいい返事をしておきながらも、もうお願いすることもないだろうなと思ったのであった。

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