もうすぐクリスマスですが、主にインドの話題を扱うこのブログではクリスマスなんて関係ないだろうと思われるかもしれません。
確かにインドの宗教と言えばヒンドゥー教が8割とその大多数を占めていますので、クリスマスのイメージはあまりないのですが、でもキリスト教徒も人口の2%ほどいるのです。
で、なにしろ10億の民を抱えるインドですから、2%ったってあーた、決して侮れない数字なのです。
えーと・・・10億の2%というのは・・・2・・・百万・・・えっ、違うな・・・2・・・千万?
2千万、2千万、にせんまん!
これはすごい数じゃあないですかあ。
とまあ、そんな2千万もの人たちに支えられているキリスト教ですから、インドにも当然教会があるわけですよ。なので今回はそんな教会のひとつをご紹介しようと思います。
この写真は南インドはケララ州、コーチン(コチ)のフォート・コーチン地区にある聖フランシス教会です。
なんと1503年建造(建物は後に改修)というインド最古の教会なのです。この教会はただ単に歴史が長いだけではなく、その間の変遷がなかなか複雑なのです。キリスト教の宗派に詳しくない私には、なんだかよくわからないところがあるのです。
まずこの教会はポルトガルのフランシスコ会が建てたのですが、1663年オランダのコーチン攻略によりプロテスタントとなり、次いで1795年イギリスの侵攻により英国教会となりました。
そしてその後のインド独立によって、今では南インド教会のものになっているということなのであります。
さて、そんな歴史の波に翻弄されて来た聖フランシス教会なのですが、この教会の一番の「見もの」というのは、ヴァスコ・ダ・ガマのお墓なのです。
ヴァスコ・ダ・ガマはポルトガルの探検家で、1498年インド航路を発見しました。
その後ヴァスコ・ダ・ガマはインド総督としてインドに赴任するのですが、マラリアに感染しここコーチンでその生涯を終えたのです。1524年12月24日、おりしもクリスマス・イヴだったそうであります。
ヴァスコ・ダ・ガマの遺体はこの聖フランシス教会に埋葬されましたが、その後故国ポルトガルに移送されたため、現在はその墓石のみが残されているだけとなっています。*墓石は写真の祭壇向かって右側の床に埋め込まれています。
ということで、もうすぐクリスマスです。そしてヴァスコ・ダ・ガマの命日でもあるのです。
この歴史ある教会の聖夜の鐘は、いったいどんな風に響き渡るのでしょう。
ってか、
鐘、あったかな?
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