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2001年5月25日(金)ムンバイ・2001年インドの旅第24回

         
  • 公開日:2009年11月4日
  • 最終更新日:2022年6月23日
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時Rs.1が約2.7円、3倍にして1割引けば簡単に計算できます。

5/25(金) ムンバイ 曇 気温28℃(朝) → 晴、時々曇 風、波強し 気温36℃

6:00 目が覚めるが、体が重い。
昨夜の下痢でほとんど腹の中にはなにもないはずだが、また腹痛が来てトイレへ。
鏡で体を見るとアバラ骨がハッキリ見える。
たぶん3Kg以上は体重が落ちただろう。
また正露丸を飲む。しばらく腹には何も入れないつもりである。

Central Cotage そばのネットカフェはRs.60/h
15分Rs.20、30分Rs.35、45分Rs.45

ホームページへの書き込み記事、途中で消える。
ガッカリしてやめた。 2時間半 155ルピー

AXEX は混んでいて、両替もやめる。

街を歩いているとうまそうな食べ物が目に入り、空腹感が増す。
昨日のフルーツショップ(屋台)でリンゴ1Kg(Rs.90)を買う。

Hotel でリンゴ2ヶとバナナ2本の昼食。

波の写真を撮りに行くが、うまく撮れず帰る。

夕食は林檎を1ヶと梅干3ヶ

ランドリーサービス 9時頃やっと戻る。
Tシャツ Rs.20
短パン Rs.20
ズボン Rs.25

フロントからTel.
パナジ行のバスチケットのこと
何度「列車のチケットを取りに行き、取れなかったら相談する」と言っても、バスの売り込み文句ばかり繰り返し、しまいには「下に降りて来い」と言う。
「何でオレが降りなきゃならんのだ!」と言い、「今いそがしいのだ」と付け加えると、「私はいそがしくない」ときたもんだ。

〔5/25の支出記録より〕

ネットカフェ Rs.155
リンゴ(1Kg) Rs.90
ランドリーサービス(Tシャツ、短パン、ズボン) Rs.65
ホテル代 Rs.1,375
______________________________________

合計 Rs.1,685

【以下の解説は2009年11月4日のものです】

6時頃目を覚ましましたが、マトンコルマによって呼び戻された下痢のために体がずしりと重く、そうこうしているうちちにまたお腹が痛くなって来ました。
昨夜から何べんもトイレに掛け込み、もう出す物などないはずで、実際なにも出ないのですが、時折襲う腹痛にはあらがえず、そのたびにトイレに行かざるをえないというのは、なんだか自分の意志に反するようでいやなものです。

今朝は朝食を取らずに行動開始です。

まずはデリーにもあった国営のお土産屋「セントラルコテージ」に行き、しばらく店内をぶらつきましたが、特にこれといったものもなく、また旅の途中なのでお土産を買うわけもなく、セントラルコテージのそばで見つけたネットカフェに行きました。(写真はイメージ)天下の大都会ムンバイとはいえ、この頃のインターネットの接続状態はすこぶる悪く、なんと2時間以上もかけて書いた記事が一瞬にして消えてしまいました。しかもムンバイの物価の高さはネットカフェの料金でも同じで、2時間半で155ルピーもするのです。それでなくても下痢で体が弱っているというのに、まったく泣きっ面に蜂とはこのことです。

さらに両替で寄ったアメックスのオフィスは大変込み合っていて、こんな体力ではとてもじゃないけど待つ気にはなれません。

結局この日は、リンゴとバナナというはなはだオーソドックスなフルーツの組み合わせの昼食を取り、午後は特にたいしたこともせずに、ほとんどホテルの部屋でぶらぶらと過ごしました。

サイクロンの影響はこの日にも及んでいて、午前中はそれほどでもなかったものの、午後になるとまた波が高くなって来ており、そんな光景を部屋の窓から眺めているというのも、なかなかいいものでした。なにしろ昨日はタージマハルホテルの前にしかいなかった高波見物の人たちが、今日はこのホテルの前にたくさん出ており、それというのもこのすぐ前の岸壁から突き出ている堤防に、どっかんどっかん大きな波が次々に打ち寄せているのです。そりゃあそんな光景誰でも見たいでしょう。その点この部屋は、さしずめ高波見物のVIPルームみたいなものなのです。

おお!ついに波がコンクリートの柵をなぎ倒したぞお!ひゃっほお!*一部破壊行為に賛同するかのような表現がございますが、当時の高ぶる気持ちをそのままお伝えするため、あえて「ひゃっほお!」と言っております。何卒ご了承下さい。

リンゴと梅干の夕食も済み、テレビを見ながらくつろいでおりますと、突然部屋の電話が鳴りました。
なんだろう?と出てみると、それはフロントからの電話で、内容はパナジ(ゴア)行きのバスの売り込みです。私は今回の旅では、なるべく列車を利用しようと思っていましたので、その提案を丁重に断ったのですが、相手はそんなのお構いなしに、しきりにバスを勧めて来ます。いったいいつからインドは、こんなにバスを勧めるような国になったのでしょう。もっと早くこうなっていれば、沢木耕太郎も苦労せずに済んだことでしょう。
なおも続くしつこいセールスに辟易していたところに、とどめとも言える「ちょっと下に降りて来い」の言葉でついにカッとなった私は、声を荒げて「なんでオレがそっちにいかなきゃならないんだ!」と叫び、かといってあちらがこの部屋に来るのはもっといやだなと思ったものですから、「とにかく今はいそがしいんだ!」と付け加えたのでありますが、さすが交渉事に長けたインド人、すかさず「私は特に忙しくない」とすまして言うのです。まったくおそれいりましたでございますよ。

とまあ、この日はマトンの呪いか、何事もうまくいかない、実に脱力の日だったのであります。

つづく

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インドの南京錠