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インド・時の流れは歴史的事実を風化させてゆく・ラージガート

         
  • 公開日:2008年1月23日
  • 最終更新日:2022年6月30日

今年もまた「偉大なる魂」M.K.ガンディーの命日がやってきます。

ガンディー暗殺に関しましては昨年簡単に書きました(その1その2)ので、今年はもう書きません。

今回ご紹介するのは、ガンディーの遺体を荼毘に付した場所「ラージ・ガート」です。

ガンディーの遺体は、彼が人生最後の時を過ごした場所であり、また暗殺現場となったビルラの邸から、デリー市内を流れるヤムナー河のほとりまで大葬列で送り出されました。それは質素を旨としたガンディーの人生とはかけ離れたものであったようです。

さて、ガンディーの遺体を荼毘に付したヤムナー河畔は、その後記念公園として整備され、「ラージガート」と呼ばれるようになりました。この写真はそのラージガート内にある、まさしくガンディーを荼毘に付したその場所でありまして、そこには四角い大きな石が安置され、その背後には「荼毘に付した時の火」とされるものが灯されています。ガンディーの死後、残念ながら彼の掲げた運動は次第に衰退して行きましたが、今もインド全土からたくさんの人々が連日このラージガートを訪れています。

ただ、それはもはや慰霊、巡礼的なものではなく、ひとつの観光スポットとしての賑わいなのかもしれません。

たとえばこんな風に、団体旅行の人たちが記念写真の撮影に興じていたりするのであります。ちなみにインド国旗のTシャツ姿は私です。
ベタなインド土産を着ていたら、アーンドラ・プラデシュ州からやって来たという人たちに囲まれてしまい、記念撮影と相成った次第であります。

そんな歴史的偉人ガンディーが暗殺されて、今年でちょうど60年となります。
時に1948年1月30日だったのでございます。

じゃあその記念日の1月30日にこの記事を書けばよさそうなものなのですが、実はしばらくお仕事の関係でブログをお休みすることになり、本日前倒しで書かせて頂きました。

インドの南京錠