映画やドラマ、漫画などの無人島漂着を題材にしたものは、たいてい舞台が熱帯性気候の島で、そこにはたくさんの椰子の木が茂っていたりします。
主人公は打ち上げられた浜辺で意識を取り戻し、その辺に転がっている椰子の実を石で割り、貪るようにウゴウゴとジュースを飲み干すのですが、それがなんともうまそうで、子どもだった私は、「ああ、椰子の実のジュース、飲んでみてえなあ」などと思ったものです。
なにしろその頃は、実際に椰子の実なんてものを見たことがなく、それは遠い異国の手の届かないところにある存在でしかありませんでしたので、余計にそう思ってしまったのです。
それからかなり時は流れ、私はとあるイベント会場で、椰子の実のジュースを売っているのを発見しました。
それは小ぶりの椰子の実で、たしかひとつ5百円くらいだったと思います。もちろん迷わず買いましたとも。
さあ、待ちに待った瞬間です。 私は椰子の実に挿されたストローから、一気にジュースを吸い上げました。
ところが、
これがちっともおいしくないのです。
いえ、はっきり言ってまずいのです。
なんか味が薄くて青臭いような感じがして、一口飲んでいやになってしまいました。
こうして私の永年の夢は、あえなく壊れてしまったのであります。
そんなことがあってから、もう街で椰子の実ジュースを見かけても、決して飲もうとは思いませんでした。子どもの頃あれだけ輝いて見えたあの実が、まったく魅力のないものに見えるようになってしまったのです。
しかしそんな私に、椰子の実はもう一度微笑みかけて来たのです。
あれは、南インドのケララ州コーチン(コチ)でした。
雨季の晴れ間から降り注ぐ、強烈な南インドの日差しを遮るものなどまったくない小舟の上で、私は喉がカラカラになっていました。
そこで船頭にそのことを告げると、船頭は小さな島に舟をつけたのです。
島には小屋のような家が一軒だけ建っていて、子どもを含めた数人の家族がそこに住んでいるようでした。
で、その家の家長が写真のおっさんなのですが、このひとが椰子の実ジュースを飲ませてくれたのです。もぎたての椰子の実をナタ一本で実に器用に削って行きます。古いダジャレですが、これが本当のナタデココです。
椰子の実の頭の部分を尖らせるように削り、その先端あたりにぐるっと一周刻みを入れるとめでたく開通となるのですが、刻みの一部を皮一枚で残すことで、先端部分は切り落とされずにそのままフタとして利用されます。さらに削り落とした椰子の殻の一部でヘラを作り、それでジュースを飲み干した後、実の中に残ったコプラという油脂分を削ぎ取って食べるのです。
さて、それでは味の方はどうだったかと申しますと・・・
実においしかったです!
もちろん喉が渇いていたということもあるでしょうが、いったいなんなんでしょう、あのイベント会場で飲んだものとはぜんぜん比較にならないおいしさなのです。
これじゃあ浜辺に漂着した主人公がウゴウゴ飲むのもうなづけるってえもんです。
それからコプラもおいしかったです。
私は味の表現方法をあまり知らないので、うまい!としか言い様がないのですが、本当においしかったです。
「やはり野に置けレンゲソウ」みたいな感じで、椰子の実は熱帯地域で飲んでこそ、その本来のうまさが実感できるのかもしれません。
ああ、また南インドに行って、あのうまい椰子の実ジュースを飲みたいぞお!
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