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2001年7月13日(金)カルカッタ・2001年インドの旅第86回

         
  • 公開日:2010年2月8日
  • 最終更新日:2022年6月24日
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時Rs.1が約2.7円、3倍にして1割引けば簡単に計算できます。

7/13(金) カルカッタ うす曇り のち 晴 気温30℃

6時前に目が覚めてしまう。
洗濯物の乾きがいまいち悪く、一晩中クーラーをかけていたので寒い。

朝食を食べた後、Check Out の時間まで部屋でゴロゴロする。
11:30頃 Check Out。荷物を預けて外に出ると、青空も見えるほどの良い天気だった。

ハガキを出して、タクシーでカルカッタ大学まで行く。(Rs.80)
乗車の際ドライバーはRs.100を要求。あまりの高さに、距離からRs.30と言うと、話にならないといった素振り。リキシャのおやじが間に入りRs.80となった。

カルカッタ大学の周辺は古本屋街になっており、道の両側には小さな古本屋台が並んでいる。
しばらく古本屋を眺めた後、マハトマ・ガンディー駅(地下鉄)まで行き、エスプラネードまで3駅乗る。

ヴィックスドロップ5ケRs.6を5袋買う。
KHWAJAにて昼食。プロウンチョーメンとフレンチオニオンスープ、水、ミルクティー
ネットカフェで2時間ほどつぶして、辺りをうろつく。途中でトウモロコシRs.5食べる。
Hotel の前のチャイ屋でチャイRs.3。
西の空がきれいに輝いていたので、チョーロンギー通りまで出てみる。

6時に Hotel で荷物をピックアップして、サダルストリートよりタクシー。

ドライバーの言い値Rs70を60にして出発。
すさまじい渋滞の中をカーチェイスよろしくぶっ飛ばすドライバー。一見おとなしそうな痩せたおじさんが、パッシングとクラクションを繰り返しながらぐいぐい突っ込んで行く。
あの渋滞の中を20分で駅まで走ったのはキセキと言うほかないだろう。

さすがハウラー駅、すごい人。
プラットホーム8番に荷物を置き、家にTel.

出発時刻が19:20から20:00へ変更となっている。(事前に聞いていた通り)

7:30過ぎ、ようやく入線した列車からいち早く自分の車両を探し出し突入。
席に遠い方の入口から入ってしまったので、反対側から来る人をかき分けながらの本当の突入になってしまった。
なにしろ今回は3段ベッドなので、一つの席に3人、向かい側も合わせると6人が座る事になる。自分の荷物は一つだが、他の人が荷物をたくさん持っていたら、早く行かなければ置き場がなくなる可能性がある。
幸い席にはまだ誰も来ておらず、無事荷物を固定できた。
案の定、後から来たインド人はどんどん荷物を運び入れ始めた。小型のスーツケースを3個イスの下に突っ込み、箱型のスポーツバッグを3個足下に置いた。足を下ろせない向かい側の人は、クツを脱ぎアグラをかいた。なんだかくつ下が匂うような気がする。

定刻に出発すると、周りのインド人たちと話し始めた。時計を見ていくらするのか聞いて来る。正直に言うと大きな声で驚き、機能を説明すると更に大きな声で仲間に説明する。恥ずかしいし、そんな事で注目されるのは困る。
年齢の話になると、周りのインド人もみな同い年だった。もっと上かと思っていたので、何度も聞き返してしまった。
お茶をごちそうになる。

3段ベッドはやはり高さ方向が狭いが、それでも疲れからしばらくすると寝ついてしまった。
夜中、どこかの駅に着いたようで、辺りがやかましい。走り出してからも大きな声で話している。インド人は人が寝ていても平気で大声を出す。

【以下の解説は2010年2月8日のものです】

今日はコルカタを出発する日です。

ハイダラバードでは連日の晴とは打って変わった雨模様の出発となりましたが、コルカタは逆に青空まで出ています。そんな青空に釣られ、タクシーでカルカッタ大学(当時のメモの表記のまま)まで行くことにしました。私は学究の徒ではないので、特に大学に用があるわけではないのですが、大学界隈に広がる古本屋街を見たいと思ったのです。
実はそれも先日雇ったガイドのボース氏からの情報なのですが、彼曰く「日本人はカーリー寺院のようないわゆる『名所』に行きたがるが、欧米人は人々の生活を見たがる」とのことで、日本人なのに名所も見ずに農村を見たいという私を不思議がってそういう話をしたのです。
で、ボース氏はそんな欧米人の要望を満たすためにいつも案内するのが「ハウラー橋の花市場」と「カルカッタ大学の古本屋街」だということなのです。
じゃあいっちょその欧米人好みの「人々の暮らし」とやらを見てやろうじゃないかということで、先日は雨の中を花市場まで行き、今日は古本屋街に行こうとしているというわけです。

目指す古本屋街はカルカッタ大学の周囲にありました。
周囲というのは本当に周囲で、カルカッタ大学の塀に沿って小さな屋台形式の古本屋がぎっしり並んでいるのです。
そんな歩道にまであふれる古本の山と、それに集まる学生たち(この時は休みででもあったのでしょうか、あまり人数がいませんでした)を眺めながらぶらぶら歩いたのですが、当然扱っている本は英語またはベンガリー、ヒンディーといったインドの言葉で書かれたものばかりで、おそらくその内容も難しい学問的なものばかりでしょうから、ハッキリ言って私にはあまり面白いものではありませんでした。

今回乗る列車は20時出発の AMRITSAR MAIL です。

インド・列車のチケット私たちの乗車駅であるハウラー駅が始発となる列車ですが、今回は三段寝台ということで、いつも利用している二段寝台より同じスペースに2名多く乗車するのです。まあそれでも席やベッドはちゃんと自分の分が確保できるので問題はないのですが、荷物置き場が心配です。なんせインド人は、ものすごい量の荷物を持って旅行をするというのが普通ですので、早く行って自分の荷物を置くスペースを確保しなければならないのです。

そんな用心で素早く乗車したために、相席の人たちはまだ来ていませんでした。

さっそく荷物をシート下の床へ突っ込み、床に付いている鎖と自前の南京錠でがっちりと固定し、やれやれと一息ついておりますと、ほ~ら、来ました来ました、荷物を両手にぶら下げたインド人たちががやがや言いながら私たちのスペースにやって来ました。
インド人は男ばかりの数名のグループのようですが、荷物は今手にぶら下げて来た物だけではなく、次から次へと運びこまれ、ついには床が荷物でいっぱいになってしまいました。
私たちはそんなこともあろうかと、自分たちの足をしっかりと床に着けておりましたので事なきを得ましたが、荷物を運んで来たインド人たちは足を床に下ろすことができず、靴を脱いで座席の上にアグラをかいて座りました。

そんな一大騒動が治まり、列車がゴトリと動き出すと、誰からともなく話が始まりました。
長時間の列車移動は相席の人によって居心地が左右されてしまうのですが、この時は荷物の量を別にすれば、実に陽気で親切な人たちだったので、なかなか楽しい列車旅になり、ちょっと狭い3段ベッドでも、安心して眠りに就けたのでありました。

つづく

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