暦の上では・・・
いよいよ明日は4月1日、新生活のスタートを切る方も多いかと思います。
新入学や新社会人だけでなく、転勤や昇進で環境の変わる方もいらっしゃるでしょうし、お弁当を作るようになったり逆に開放されたりする主婦の方なんかもいらっしゃるでしょう。
そんなわけで新たな門出の季節であります。
張り切って参りましょう!
とは言ったものの、個人的にはおとといあたりから体の調子が芳しくないのであります。
なんかお腹が痛んでトイレに何度も何度も足を運ばねばならないのです。
おとといの夜中など4回もトイレに行きました。
歳をとると「頻尿」なんて言葉が気になりますが、私の場合は「頻便」です。
昔ドイツの飛行船にヒンデンブルクなんてのがありましたが、私の場合はヒンベンです。
競馬などでは雌馬のことをヒンバなんて言いますが、私の場合はヒン・・・
あー、もういい!もういい!
思えば今年のお正月、毎日朝から酒を飲んでおりましたら、今までにない体の疲れを感じました。
そこで「こりゃあ、いよいよ休肝日を作らなきゃいけないかなあ」と思い、一大決心の末「平日には一切酒は飲まん!」と決めたのです。
そしてついでに「現代において金曜日は平日には入らん!」とも決め、また「人に誘われた場合は例外として平日でも飲酒可!」と追加決定しました。
そんなわけで1月半ばから始まった週4日の休肝日は、私の体の復調とともに日数が減っていき、3月にはまた毎日お酒がおいしく飲めるまでに回復したのでありました。めでたしめでたし。
で、先週末あたりから少しお腹の調子が悪かったのですが、「病は気から」と「酒は百薬の長」の二大格言を胸に、いつも通りに飲んじゃったのね。
したらさあ、夜中に急にお腹が痛くなってさあ・・・
まったく子どもじゃないんだから、お腹なんか痛くなって欲しくないものです。
まあ日本ではこういう下痢・・・あっ、今まで遠まわしに「便」などという学術用語を使って品位を保ってきたのに・・・まあいいか、下痢は下痢だもんなあ。
とにかく日本では、ここまでの下痢はそんなにしょっちゅうあるわけではなく、たとえ朝の通勤電車の中で悶絶苦闘20分の戦いを強いられたあとでも、駅のトイレに駆け込めば、それはそれで一件落着になるという、急性下痢症または一過性下痢症など陽性のものが主流です。
しかしインドでは、そんなもんじゃあ済まされないのです。
今回はそこのところを、腹痛下痢腹を抱えての緊迫状況下で激白したいと思うのであります。
あっ、ここまで書いたらまたお腹が・・・
すみませんが、ちょっと待ってて下さい。
では、その時間を利用致しまして、以前書いたこの文章でも、おさらいのつもりで軽く読み直してみて下さい。
ここです→ インド腹
この学説は世界の下痢博士や下痢名人から絶賛された学説で、今久しぶりに読み返したら、あまりにもすばらしい事が書いてあったので、自分で感心してしまいました。
ほお、「ハラシン」って言うんだぁ・・・
あ、いたたたた・・・・
ではまた、後ほど・・・
*このメルマガの後半へ続く
〔本題〕実際のメルマガではここに新着情報などが載ります。
*このメルマガの前半からの続きです。
インドに下痢はつきものです。
こんなことを言うとインド人は怒るかもしれませんが、少なくとも私たち日本人にとっては、その感は強いかと思います。
実際長く日本に住んでいるインド人でも、故郷に帰ったときに下痢をしたりするそうです。
とにかく私は今でもインドに行くと必ず下痢をします。
まあ私の場合は、街角で売ってるクルミの剥き身を買って来て、それをつまみにビールを飲むものですから、インドでなくても下痢をしやすい状況にあるかもしれませんが、食べ物の種類が変わってそれに体が合わせようとする時に下痢をするように感じます。
つまり、胃から腸、肛門に到るまでの内臓から日本の食材が消え、代わってインドの食材で満たされるようになったときにそれが起こるのです。
その場合の下痢は、3日から1週間くらいで治ります。
その現象を分かりやすく日常のシーンで説明しますと、ある日突然お米が安いものに変えられ、味も落ちてしまったときのような感じです。
「あれ? お米、変わった?」
「えっ・・・そんなことないわよ」
「なんだかいつもと違う匂いがするんだけど・・・」
「やあねえ、気のせいよ。ちょっと体がお疲れなんじゃない?」
「そうかなあ・・・今夜は晩酌もやめておくかな・・・」
「そうしなさいよ」
などという夫婦の会話が交わされ、最初の2、3日は首をかしげながらご飯を食べていたお父さんも、次第にそれに触れなくなります。
こうして家計費からお米の出費が抑えられ、さらには副産物として晩酌の酒代も減り、めでたくお母さんの指には真新しい「自分へのご褒美」が光ることになるのであります。
ご飯のことだけに、まんまと策略にはまったと言ったところでしょうか。
まあそんな風に、インドへ行ったときの体も食の変化に対応するまでに時間がかかるのですが、一度それを通過してしてしまえば、また普通の状態に戻れるのです。
しかしインドには、通称「インド腹」というものがありまして、それにかかると本当に大変です。
お腹の痛みは言うに及ばず、全身悪寒が走り冷や汗が出まくり、本人もそれを見ている人たちも、「これはなにかとてつもない病気にかかったに違いない」と思うのです。
私のインド腹はインドではなくパキスタンで発症しました。
あれは3週間のパキスタン滞在の最終日でした。
滞在中は下痢こそすれど、それはいつものことなのでそれほど気にすることではありませんでした。
なにしろ私は学生時代よく下痢をしては、駅のトイレに駆け込むなどしており、友達から「ゲーリー・クーパー」と呼ばれていたほどなのです。
しかもゲーリー・クーパーは野球をテーマにした「打撃王」という映画の中で、主役の大打者ルー・ゲーリックを演じたのです。見事なまでのゲリつながりじゃないですか。
つまり私とゲーリー・クーパーとルー・ゲーリックは、国境を越えた友情で結ばれているのです。いわゆるゲリ友なのです。
さて、最終日私は早起きし、いよいよ最後となるパキスタンの地に別れを告げるため、ひとり散歩に出かけたりするほど元気ハツラツでした。
朝食もおいしく食べ、すっかり旅立ちの準備も済み、自分の部屋でくつろいでいると、それはやって来ました。
そいつはいつもの挨拶をするかのごとくやって来て、ごく自然にトイレへと私を導きました。
う~ん・・・少し下痢をしているようです。
しかし私は和製ゲーリー・クーパーと呼ばれた男です。なんだ下痢くらい。
特に気にすることもなく、部屋のベッドに仰向けになり、この3週間で体験したことなどに想いを馳せていると、またそいつはやって来ました。
しかも今度は少し強引でした。
あくまでも表面的にはやさしく近づいて来るのですが、一旦説明会場に入るとちょっと断りづらい雰囲気をかもし出す、羽根布団売りの人たちのようでした。
とにかくそのままベッドに横たわっていることが許されないような感じで、またトイレに行かざるを得ませんでした。
ふう~・・・かなり下痢してしまったようです。
少し疲れを感じた私は、またベッドの上に仰向けになり、これは早起きした疲れから来るのであろうなどと、自己診断をしたりしてみたのですが、そんな診断などクソの役にも立ちません。
ほ~ら、そいつはすぐにやって来ました。今度はかなり強引です。
航空券が当たったからと誘い出され、事務所に入ると30万円もする英会話のカセットテープを売りつけようとする人たちくらい強引でした。
はぁ~・・・これはひどい・・・
その時点ですでに体中から力が抜け、ふらふらとベッドに倒れこんでしまいました。
ところがそいつは、それくらいでは勘弁してくれないのです。
もう横になっていても体がだるいというのに、そこに強烈な腹痛を加えて来ました。もう痛くて痛くてじっと寝ていることもできないほどです。
それはまるで盲腸炎が悪化して最悪の状態で病院に担ぎ込まれ、名外科医の執刀で長い手術の末にようやく一命を取り留めたものの、お見舞いにもらった「笑い袋」で大爆笑してしまった時くらいの激痛なのです。たぶん。
とにかくベッドの上でのた打ち回ってはふらふらとトイレに行き、またベッドに戻ってはのたうち回るという無限地獄の苦しみよう。
こうなるとラッパのマークも無力に等しく、ただいたずらにパッパラパッパと頭の中を飛び回るのみ。あわれ若き命は異国の地に下痢と散り、荼毘にふされるその体を、たわむれに背負ってみれば、あまりの軽さに三歩歩めず。
とまあそんな苦しみの中、それでも予定通りその夕方の飛行機で帰国の途に就いたのですが、機内でも絶えず悪寒に襲われた挙句、入国時にその症状を正直に訴え出たものですから、紋章入りの書面を戴くとともに地元の保健所にも通報され、しばらくは「要監視」の人となってしまったのであります。
今回はちょっと汚い話になってしまいましたが、少しでも多くの人にインドの下痢の怖さを知ってもらい、できれば同じような苦しみを味わって頂くことにより、お互いの共通話題で盛り上がれたらなあとの思いで書かせて頂きました。
集え! 世界のゲーリー・クーパーたち!
では、また来週!
うっ・・・お腹が・・・