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ついに堪忍袋の緒は切って落とされたのだった:ジャグダルプル

         
  • 公開日:2011年3月28日
  • 最終更新日:2022年6月3日

しばらくぶりの更新(初出では東日本大震災を挟んでおりましたので)ですので、まずはあらすじから始めさせて頂きます。

【これまでのあらすじ】

インド先住民族の伝統工芸を見るために、勇躍ジャグダルプルまでやって来た私でしたが、頼りにしていた「名ガイド」とは巡り会えず、その半額でパテルという名のガイドを雇うことになりました。
 しかしパテルが案内するところは、なんだかどうも私の求めるところとは違うものばかりで、さらにパテルのガイドとしての知識や気配りの欠如に、次第に不信感を募らせていく私でした。
そして先住民族の開催する「ハート」と呼ばれる市場では、自家製酒の回し飲みでわれわれの関係も少し和んだかに見えたのですが、直後パテルは謎の疾走をするに至り、私の不信感は最高潮に達し、今にも爆発寸前になってしまったのであります。

はたしてパテルはいずこに?

危うし!パテル!

先住民族の文化や暮らしぶりが手に取るようにわかるハートは実に楽しいところでしたが、そう何べんも同じところをぐるぐる回ってもいられません。そこでパテルに代わってガイドをしてくれていたドライバー氏を促して、車に戻ることにしました。

道のわきに停めておいた車の近くまで戻ると、助手席のドアが大きく開け放たれているのが見えました。

おやおや、なんて不用心な・・・

と思いながらさらに車に近づいて行くと、なんとそこにはリクライニングシートをいっぱいに倒してパテルが寝ているではありませんか。

パテルはわれわれの気配に気付いて背もたれを戻し、寝起きの顔で実にあいまいな愛想笑いなど浮かべてこちらを見るのですが、とても勤務中とは思えぬその夢見心地の表情は、すでにもうほんの少しのきっかけでぶち切れそうだった私の堪忍袋の緒を切るには充分過ぎて余りあるほどでした。

それでも私は極力平静さを装い後部座席にどっかりと座ると、ドライバー氏にひとこと「ホテルへ帰って」と静かに告げました。
するとパテルはちょっと意外そうな顔をして、「これから先住民族の村に行こうと思うのですが・・・」なんてことを言うのです。
確かにその前のやりとりで、ハートの見学で今日はおしまいというパテルに、私はそれでは半日観光ではないかという不満を漏らしておりましたので、パテルは急きょ新たなオプションを組んだのでしょう。

しかし時すでに遅く、完全に緒が切れぽっかり開いてしまった私の堪忍袋の口からあふれ出るものは、「もう何も案内しなくていい!このままホテルへ直行しろ!」という言葉であり、「お前はいいガイドじゃない!お前はさっき滝のところでずっと誰かと携帯電話で話していただろ!それに知識もまったくない!こんなんじゃどうせ私の見たいものなどなにも案内できないだろ!」という罵声だったのであります。

そりゃあ私だってパテルはおそらく夜勤明けの寝不足で、そこに自家製酒をたくさん飲んで(飲まされて)しまっての失態だということくらいは想像ができ、まあかわいそうといえばかわいそうだと思わないわけでもないのですが、いかんせんその前の彼の勤務態度があまりにもよろしくなかったわけです。まるで「ガイド」という仕事を舐め切っているとしか思えないのです。私にしたらようやくたどり着いた地で、しかも限られた時間でどこまでできるのかということが常に頭にあって少し焦り気味でもありましたので、洞窟に滝にと連れまわされ、しかもそれらに関する解説がほとんどなく、挙句の果てに酔っぱらって寝られてしまっては、よもや仏様でもご容赦なさるまい。いわんや生身の私においてをや! やっ!やっ!やっ! なのです。

寝起きで酔いざめの顔を青くして黙り込むパテルに、私は追い打ちをかけるように、「ドクラを知ってるか?ん? じゃあロストワックス法は?あん? ほらみろ、そんなことも知らないで、明日からのガイドができるわけないだろ!」とたたみかけました。

するとそれまで黙って運転していたドライバー氏が、完全に青ざめてしまったパテルになにやら耳打ちしました。それに対しパテルはなにやら言葉を返し、すこし逡巡したのちに恐る恐る後ろを振り返ると、「これから博物館へ行きます」と震えるように言いました。

もういいからホテルへ帰れの一点張りの私を無視して、車はジャグダルプル郊外にある人類学博物館の庭に入って止まりました。自分の意思を無視された形になり、私はかなりへそを曲げておりましたが、「とにかくここを見て下さい」という二人の言葉に、それならここで私の求めるドクラの鋳造工芸品を見つけて、「ほら!これだ!これがドクラだ!おまえはこれを知らなかったのか? はん? くぉ~のぉ~、たわけものめぇ~!」と一気に打ちのめしてやろうと、勇んで中に入って行ったのであります。

博物館は昔の学校のような作りで、正面の入り口を入ると左右に廊下が伸びていて、それに面していくつかの小部屋があり、そこが展示室となっていました。

最初に入った展示室には、この地域に住む先住民族たちが祭りの時などに身に着ける装身具や槍のようなものが飾ってありましたが、今はそんなものはどうだっていいのです。
とにかく私は真鍮製の像を見つけ出し、それとパテルの顔を交互に指差し、「この、たわけものめ!」と言わなきゃならないのです。

それは再び正面玄関まで引き返し、もう一方へと続く廊下に面した小部屋に入った時でした。

薄暗い展示室の粗末なガラスケースの中に、私がずっと見たかったものが静かに鎮座していたのです。
見ればその表面にはドクラ独特のひも状の模様が見て取れます。これだ・・・これだよ、これ!

おい、パテル! これが「ドクラ」だ!これが「ロストワックス法」で作られた真鍮細工だよ! おまえはこれを知らなかったのか? はん? くぉ~のぉ~、たわぁ~・・・

「知ってます」

興奮して自然と大きくなって行く私の声を遮るようにパテルが言いました。

「これなら知ってます。これはベルメタルと言います」

ん? ベルメタル?

どうやらこちらではこの真鍮工芸品のことを「ベルメタル」と呼び、「ドクラ」という言葉と結びつけては考えていないようで、だからパテルはドクラと聞いてもピンと来なかったということのようです。

私としてはちょっと切っ先を制され、思わず前につんのめったような形となってしまいましたが、それより私が一番見たかったものをようやくパテルに正確に伝えることができたことが嬉しくて、今朝から続いていた欲求不満は一気に解消し、急に満ち足りた気分になって行きました。

じゃあパテル、お前はこの「ベルメタル」の工房を案内できるのだな?

そうか、それはよかった・・・本当によかった・・・すっかり状況が変わって博物館の外に出ると、心なしか外の風も心地よく感じられ、それとともに忘れていた便意が急速に頭をもたげ始めたため、今度は心底正直な気持ちとして、車をホテルへと向かわせた私だったのであります。

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