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第7回:アーマダバード / ダーダーハリーの階段井戸

         
  • 公開日:2014年2月14日
  • 最終更新日:2022年6月16日
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時の1ルピー(Rs.と略す)のレートを約1.7円とお考え下さい。

2013年11月12日(火) 晴 アーマダバード 33℃くらい

アシュラム前からオートリキシャでダーダー・ハリーの階段井戸まで Rs.70
最初はRs.80の言い値だったが、こちらが立ち去ろうとするとRs.70に下がり、こちらがRs.50と言うと「それじゃ話にならん」という顔をしていたのでRs.70で乗ることにした。

ダーダー・ハリーで階段井戸を一通り見て上に戻ると、ここの掃除をしているという男が案内を始める。
ムスリム寺院(ライヘリマと言うらしい)の案内が中心で、屋根の上にも登らせてくれた。

途中やはり寺院の世話をしているらしいじいさんが、各国のお札を持って来て交換してくれと言う。
中にボロボロの千円札があったので、少し迷ったのちRs.100と交換することにした。
レートからするとRs.100は低すぎるが、あまりにもボロボロだったので、あくまでも好意としての交換ということで。
ガイド役の男は「Rs.200くらいしないか?」と怪しむが、「ボロボロなので誰も受け取ってくれない」と言うと納得していた。

ガイド役もRs.100を要求して来たが、Rs.40渡す。
おそらく十分過ぎると思うが、屋根にも登れたということで。

井戸前のチャイ屋でチャイ 2杯でRs.10

先ほどの「ガイド」もやって来て何やら仕事をしていた。チャイ屋なのか?
横にいた男が「こいつにいくら払った?」と聞くので、ガイドの胸ポケットを指差して「ビッグマネー」と言うと、札を取り出し確認していた。

〔以下メモに解説を加えて〕

2013年11月12日(火) 晴 アーマダバード 33℃くらい

アシュラム前からオートリキシャでダーダー・ハリーの階段井戸まで Rs.70
最初はRs.80の言い値だったが、こちらが立ち去ろうとするとRs.70に下がり、こちらがRs.50と言うと「それじゃ話にならん」という顔をしていたのでRs.70で乗ることにした。

通常ほとんどダマシのないアーマダバードだが、ガンディー・アシュラムという「観光地」の前から乗ろうとする「外国人」には、やはり少しは上乗せしたいという気持ちが湧く可能性もある。
はたして70ルピーが距離に見合う料金なのかどうかはわからないが、ダーダー・ハリーの階段井戸は観光客も少なく、帰りに客を拾える可能性が低いので多少の上乗せは仕方ないのかもしれない。
ダーダー・ハリーで階段井戸を一通り見て上に戻ると、ここの掃除をしているという男が案内を始める。

ダーダー・ハリーの階段井戸もちゃんと見て回ったが、前回(3年前)から特に変化もないのでメモ書きがまったくない。
なのでダーダー・ハリーの階段井戸の詳細は以前の記事(別ウインドウで開きます)に任せてしまい先に進むことにする。
ムスリム寺院(ライヘリマと言うらしい)の案内が中心で、屋根の上にも登らせてくれた。

階段井戸の奥には古いモスクがある。
なお「モスク」は礼拝所であり、偶像崇拝が禁じられているイスラム教では神様を安置した場所を持たないので、はたして「寺院」という呼称がいいのかどうかわからないのだが、宗教施設という意味で「ムスリム寺院」と表記させて頂くこともある。そこは何卒ご了承頂きたい。で、この「ライヘリマ」というモスクに関する詳細はよくわからない。
なにしろガイドをしてくれた男は、ただ単に先に立って歩くだけで、この建物の歴史的背景などは一切説明しない(できない)のである。

見たところ中央入口の両脇にはミナレット(尖塔)があったものと思われる。
たいていミナレットの内部には螺旋階段があり、塔頂まで登れるようになっているのだが、やはり中央入口両脇の柱は元々はミナレットだったらしく、ガイドの男はその中の階段を登り始めた。
しかしミナレットは途中から上の部分を失っているため、今はモスクの屋根に上がるだけの階段になってしまっていた。屋根の上からの見晴らしはなかなかよかったが、本来信者が神様への祈りを捧げる場所のその頭上に、こうして上がってしまってもいいものなのかちょっと心配だった。
そしてそれはガイドをしている男も同様らしく、先ほどからやけに辺りの様子をうかがっているし、なんだか早いとこ降りようとしているようにも見える。
本当は上っちゃいけないんじゃないの?ここ。

モスクに向かって右手の建物は廟であるらしく、中には棺を模したモニュメントが並んでいた。ここでもガイドからの説明はまったくないので、これが誰のものなのかなど詳細はわからない。
こうしたモニュメントには遺体が収められているわけではない(なので「模棺=cenotaph」と呼ばれる)のだが、この形できらびやかな布が掛けられたりしているといかにも棺、さらには遺体そのもののように思えてしまい、ちょっとドキドキしてしまうのである。
アーマダバードでは町中(たとえば歩道の脇とか)にもこうした模棺があり、歩いていていきなりそういうものに遭遇すると、本当に驚いてしまう。

途中やはり寺院の世話をしているらしいじいさんが、各国のお札を持って来て交換してくれと言う。
中にボロボロの千円札があったので、少し迷ったのちRs.100と交換することにした。
レートからするとRs.100は低すぎるが、あまりにもボロボロだったので、あくまでも好意としての交換ということで。
ガイド役の男は「Rs.200くらいしないか?」と怪しむが、「ボロボロなので誰も受け取ってくれない」と言うと納得していた。

インドに限らず外国の観光地では、こうした外国の通貨=使えないお金を、現地の通貨=使えるお金に替えたいと思っている人が結構いる。
つまり外国人観光客がチップのつもりで自国の通貨をあげたというわけで、あげた観光客に悪気はないのだろうが、それが母国ではそれ相応の価値があったとしても使えないのではただの紙切れである。

そのじいさんがこの千円札をどれくらいの間持ち続けていたのかはわからないが、本当にボロボロで紙幣の周囲の余白がほとんどなくなっていた。
また折り目の傷みはかなり激しく、特に肖像画の左目を通る折り目はほとんど裂け目のようになっていて、まるで大槻ケンジのようである。もしかしたら日本インド化計画となにか関係があるのかもしれないが、とにかくつながっているのが不思議なほどの状態だった。インド、アーマダバードで両替してあげた千円札インドでは切れたお札は穴の開いたお札より始末が悪く、たとえセロファンテープなどで補修しても受け取ってもらえない。なのでこの「紙一重」ならぬ「繊維一本」でかろうじてつながっている奇跡のような状態は、このじいさんの執念の賜物に他ならない。

確かに千円を100ルピーと交換するのは悪徳両替商でもしないかもしれない。なにしろこの時のレートで千円は600ルピー弱に相当していたからである。
しかし私もこの千円札を日本に持ち帰って使おうなどとは思わなかった。
このじいさんはいつ来るともわかなない日本人観光客を来る日も来る日も待ち続け、その数少ない機会をとらえてはそいつをポケットから取り出し、交換してくれと言っては断られ、ということを何度繰り返して来たのだろうと考えると、とてもこれを使ったり(さすがにこの状態では日本でも受け取ってもらえないだろうが)新券に交換してもらおうなどという気にはなれない。
じいさんの汗と涙と手垢の染みついたこの千円札は、もはや千円という貨幣の価値を超えあらたな価値を創出し、私のインド土産のひとつとなったのである。

さらに言えばこの件はかの大岡裁きと同じなのである。
どういう事かといえば、最初にじいさんに千円をあげた観光客はその時点で「千円を失い」、じいさんは今回本来の価値よりずっと低い金で「千円を失い」、そして私はその札を決して使わないことで「千円を失う」ということになる。
つまりこれは「三方千円損」ということになるのである。

これにて一件落着!

なのでもうこれ以上私のことを「業突く張りの悪徳商人」などと責めてはいけないのである。

ガイド役もRs.100を要求して来たが、Rs.40渡す。
おそらく十分過ぎると思うが、屋根にも登れたということで。

こうした急造ガイドは料金相場などない。なにしろろくなガイドもしていないのだから、一銭もあげなくてもいいのである。
でもまあ本来なら入れない場所(いくら廃墟同然の場所でも、やはりよそ者は勝手にどんどん入ってはいけないと思う)にも入れたということで、ガイドの背中を眺めながらいくら渡そうか考えていた。
ガイドの方でも案内しながら「こいつはいくらくらい出すかな」などとこちらの値踏みをしていたのだろうが、私がじいさんのボロボロ千円札に100ルピー出したのを見て腹が決まったようであった。
しかしいくらなんでもこんなガイドに100ルピーも出せない。
そこで二人分(私とY棒)として40ルピーあげたのだが、ガイドは一瞬不服そうな顔をして見せたものの、この臨時収入を結構喜んでいるというのが目元から見て取れた。

井戸前のチャイ屋でチャイ 2杯でRs.10

チャイの値段も年々上がって来ており、デリーなどでは一杯10ルピーすることもある。
しかしここでは5ルピーと安かった。
チャイの値段はその土地の物価水準を知るひとつのバロメーターなのだ。

先ほどの「ガイド」もやって来て何やら仕事をしていた。チャイ屋なのか?
横にいた男が「こいつにいくら払った?」と聞くので、ガイドの胸ポケットを指差して「ビッグマネー」と言うと、札を取り出し確認していた。

チャイを飲んでいると先ほどのガイドがやって来て、われわれを見てちょっと気まずそうにしていた。
常連客らしき男も、その男が急造ガイドとなって小遣い稼ぎをしていることを知っているようで、私が払った金額が気になるようである。
その男とガイドの男の力関係はよくわからないが、ガイドの男は自分の胸ポケットからお札が引っ張り出されることに特に抵抗しなかったのが不思議だった。それにしても粗末とはいえ店を構え、材料費や燃料費を使って出したチャイが5ルピーだということを考えれば、ガイドのもらった40ルピーは実においしい臨時収入なのだろうなあ。

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木彫りのガネーシャ