インド:2001年6月3日(日)パナジ→バンガロール・2001年インドの旅第37回

この記事は2001年にインドを旅した時のメモを元に、遠ざかりつつある記憶を引き戻し加筆、補足したものです。つまりこのブログを利用してもう一度旅をなぞり、記録を整理しようというわけなのであります。なので最新のインド事情ではありませんので、参考程度(まあ他の記事も同じようなものですが)にお読み下さい。 尚、記事は概ね時系列で書き連ねて参りますので、「あれ?これ前にどこかで見たなあ」というものも出て来よーかと思いますが、そこらへんはどうぞご了承下さいませ。
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時Rs.1が約2.7円、3倍にして1割引けば簡単に計算できます。

6/3(日) パナジ 晴 気温32℃

遅い昼食をパナジの Sheer-E-Panjab で食べ、店を出たのが15:30。バスの時間にはまだ相当時間がある。
市民公園へ行き、ベンチに座りボーと青空をながめる。
日曜日ということもあり、とても静かな午後である。
公園の脇の建物から、少年少女合唱団の歌う鎮魂歌のような歌が聞こえて来る。ここはキリスト教の多い町なのだ。

4:50 バスターミナルに向かう
ポップコーン 5ルピー

6:05 バス発車

7:50 小さなレストラン(?)で休憩
ホタルを見る

8:30 出発

〔6/3の支出記録より〕

朝食(トースト、コーヒー) Rs.35
ネットカフェ Rs.88
リムカ Rs.12
バス Rs.7
リキシャ Rs.140
昼食(チキンムグアイ、ライス、水) Rs.83
トイレ Rs.1
ポップコーン Rs.5
バス(長距離) Rs.303
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合計 Rs.674

パナジに着くとすぐレストランへ向かいました。

入ったのはパナジに着いた日にも食べたレストランで、しかも宿泊していたホテルアロマに入っているのも同系列の店なので、結局パナジでも同じ店ばかりで食べていたことになるわけです。

午後3時半に店を出ましたが、バスの出発時刻は午後6時ですので、まだずいぶん時間があります。今日はなんだか一日、時間をつぶしてばかりいます。

特にすることもないので、パナジ教会のすぐ近くにあるさほど大きくもない公園で、昼寝でもしようと思います。

パナジはただでさえも静かな街なのですが、今日は日曜日とあっていつにも増して(?)静かです。
インド・パナジ教会誰もいない公園のベンチに座り、どこからか聞こえて来る子どもたちの歌声を聞きながら、どこまでも青く広い空など眺めていると、自分はこんなところでいったい何をしているんだろう?と不思議な気持ちになってしまいます。日本は今頃日曜日の夜で、また明日から始まる新しい一週間を迎えるために、それぞれがそれなりに準備をしたり身構えたりしていることだと思うのですが、自分はこうしてただボーとバスの時間を待っているだけなのです。本当にこんなことをしていていいのでしょうか。

ようやく5時少し前になり、バスターミナルへと向かいました。

バスターミナルまでは歩いて15分くらいでした。時刻は5時を過ぎていましたが、チケットを見るとバスに乗り込めるのは5時半のようで、バスもまだ来ていないようです。

これから一晩狭いバスの中で過ごさなければなりませんので、まずはしっかりトイレに行き、夕食代わりというわけではないのですが、たまたま売りに来たポップコーンを買いました。

やがてやって来たバスは大型のもので、シートもリクライニングタイプのものが付いていて安心しました。なんたってランクは「ラグジュアリー」なのです。まっ、その上に「エアコンクラス」というのがあるのですが。

インド・バスのチケットホテルの部屋の場合は、窓側のベッドをMくんと順番に使うことにしていましたので、それをバスにも当てはめると、今回は私が窓側になるはずです。しかし、はたしてそのルールをバスにも適用すべきかどうか迷った私は、一応Mくんに「どっちの席がいい?」と聞いてみたところ、「できれば窓側がいいなあ」という答えが返って来てしまいました。

むむむ、私も窓側がよかったのに・・・なにしろいくらリクライニングシートとは言え、窓に寄りかかった方が寝やすいに決まっているのです。

こうなると先に希望を言った方がだんぜん有利で、後から「おれも窓側がいいな」などと言うと、なんだかワガママを言ってるみたいになってしまいカッコ悪いのです。
そこで仕方なく、私は通路側に座ることにしました。

ほぼ定刻通りにバスは出発しました。
エアコン車ではないので窓はすべて全開なのはもちろんのこと、前方の乗降用のドアも開けたまま猛スピードで走るものですから、車内はすごい風が通り抜けて行きます。私は食べていたポップコーンが、風に飛ばされないようにするのが大変でした。
バスはマンドーヴィー河沿いの道をしばらくつっ走ると、ついに行くことのなかったボン・ジェズ教会(たぶん)が見えて来ました。そしてその時になって初めて、ああ、なんでこんなに近くまで来ておきながら、オールド・ゴアまで足を延ばさなかったんだろう・・・今日だって時間は持て余すほどあったのに・・・と悔み出し、それは日本に帰ってからも、この旅に於ける最大の後悔となってしまったあります。チャンスはよく見極め、それを確実に利用しなくてはいけないということなのです。

やがてバスは山道に入り、いくつかの集落を通り抜けて行きました。次第に辺りは暗くなり、道も険しくなって来ているのですが、相変わらずすごいスピードで突っ走ります。

すでに日もとっぷりと暮れた頃、バスは真っ暗闇の中で停車しました。
窓の外を見ると、向こうに灯りのついた大きな建物が見えます。どうやらここはドライブインで、夕食のための休憩を取るのでしょう。

さっそく私も席を立ち、降り際にドライバーか助手に出発の時刻を確認しようと思ったのですが、彼らは乗客を差し置いていち早く休憩に向かってしまっていてすでにおらず、いったい何分の休憩なのかがわかりません。まあ乗客の誰かの顔を覚えておいて、その人と同じ行動をすればいいのでしょうが、あいにくこう暗くては顔を覚えることなど不可能です。

そこで私は、バスからあまり離れないことにしました。幸いお腹もそれほど空いていませんので、なにもおいてけぼりの危険を冒してまでレストランに入らなくてもいいでしょう。
それでもトイレだけは行っておこうと、レストランの外の暗闇にうっすらと見えるそれらしき建物に近づいて行ったのですが、その建物は灯りがまったくついていないために、近くに行っても良く見えません。
仕方なく私は、男の特権である立ちショ・・・えー、ワイルド・ライフで済ませてしまおうと、近くの草むらにガサガサと入って行きました。そして、この辺でいいだろう、というあたりで用を足していたのですが、私の見つめる前方に、なにやらぼぉ~と小さな光が見えたのです。
なんだろう?とよーく目を凝らしてみると、その光はひとつだけではありませんでした。向こうにもひとつ、こちらにもひとつ・・・目が慣れるに従い、その数はどんどん増えて行き、それらがみんな点滅しているというのがわかりました。

あっ・・・ホタルだ・・・

予期せぬ場所での予期せぬホタルとの出会いに、私はしばし放尿しながら放心してしまいました。

しかしここのホタルは、日本のホタルより点滅が早いようで、なんだか見ていてせわしない気持ちになってしまいます。

そこでハッと気が付き、バスの方を振り返ると、まさしくバスは今走り出すところ・・・のわけもなく、止まったときと同じ暗闇にじっと止まっておりました。どうも私の性格の方がよっぽどせわしないようです。

乗客が全員揃うと(はたしてちゃんと助手が人数を確認したかどうかは定かではないのですが)、再びバスは真っ暗な山道を突っ走り始めました。

どれくらい走ったでしょうか。私も時折ウトウトしていたため、時間の感覚がなくなっていたのですが、おそらく夜中だったのではないでしょうか。バスがまたしても暗闇の中で止まったのです、あたりには灯りが見えないので、街中でないことだけは確かです。
私はまたトイレ休憩なのかと思い、それなら降りて手足を伸ばそうかと準備を始めたところ、前方の乗降口からライフル銃を持った男が3人ほど乗り込んで来たのです。
暗闇で見る武装した男たちは実に不気味で、私はとっさに「ゲリラだ・・・外国人は真っ先に引きずり出されるぞ・・・通路側の席だとなおさらだ」と思い、この時は本当に窓側を取ったMくんを恨みました。

そんなことを思っているうちにも、男たちは左右の乗客を観察するようにしながら、ゆっくり近づいて来ます。

男が私の横を通り過ぎる時は、冗談ではなく本当に生きた心地がしませんでした。
しかし男たちが何事もなく私の横を通り過ぎ、バスの後ろまで行き(怖くて振り向くことなんてできませんでしたが)、再び戻って来ると、男たちと一緒に乗客の一人が荷物を持ってバスを降りて行きました。

それだけでした。
その後すぐにバスは走り出してしまいましたので、それだけしかわかりません。
もちろんあの武装した男たちはゲリラや山賊などではなく、検問の警察か軍隊だったのでしょう。
でも、あのバスから降りて行った人はなんだったのでしょう。あそこは検問とともにバス停にでもなっていたのでしょうか。それとも急に便意を催してしまい、あそこでバスを降りて行ってしまったのでしょうか。いえ、それとも・・・

まあ謎はいろいろ残るのですが、とにかくはっきりしていることは、この出来事で私は心底震え上がってしまい、本当の危機の時にも映画のヒーローみたいな立ち回りは決してできないだろうということと、ちゃっかり窓側に座ったMくんに、ほんの一瞬とはいえ殺意を覚えたことなのであります。

バスは何事もなかったようにまた暗闇をひた走って行きましたが、私はそれ以降ほとんど眠ることができず、窓側を取っておきながら、体をこちら側に倒して来るMくんの肩を、少し乱暴に押し戻しながら、もう二度とインドの夜行バスには乗らないぞと誓ったのでありました。

つづく

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