マハーバリプラムで1週間滞在した宿の主人は、基本的には「いい人」なのかもしれませんが、どうも口先三寸のところがあって、出発前夜に開催すると言っていた「家族総出によるお別れパーティー」も挙行されず、出発前最後の昼食に腕によりをかけて作ってくれると言っていた「特性ビリヤーニ」の振る舞いもなく、おまけに餞別としてくれると言っていたマハーバリプラムの名産品「ガネーシャの石像」ももらえませんでした。
まっ、石のガネーシャは荷物が重くなるからもらえなくてホッとしましたけど・・・
で、チェンナイへの移動の足として宿の主人に強く勧められ手配してもらったアンバサダーも、「3時出発だから」という言葉はいずこへやら、やって来たのは3時半でした。実はこの日の移動はチェンナイ止まりではなく、夜行バスに乗り継いでヴィシャカパトナムまで行くことになっていて、それにはチェンナイに5時半までには着かなければならないのです。
まあマハーバリプラムからチェンナイまでは距離にして70km足らず、乗り合いバスでも2時間ほどで行けるのですが、今回はその後の夜行バスでの長距離移動のことを考えて、体力温存のために贅沢にもアンバサダーをチャーターし、すいぃ~とチェンナイまで行ってしまおうと思っていたのです。
なのでまだまだ時間はたっぷりあるのですが、なにぶんここはインドですので、そこはやはり充分過ぎるゆとりを持って行動したいところなのであります。
とにかく到着したアンバサダーに素早く乗り込み、一路チェンナイのバス乗り場までまっしぐら! と思ったら・・・なぜかドライバーは携帯電話でなにやら話しながら、ものすごくゆっくりとマハーバリプラムの町中を進んで行き、さらにメインロードに出たところで車を路肩に寄せて停め、ついに本格的に電話で話し始めたではありませんか。そりゃまあ「携帯電話をご使用の際は、車を安全なところに停めて」という安全基準に合致した行動ではありますが、こちらとしてはすでにスタートの時点で30分遅くなっていて少し心の余裕がなくなっているのです。そこに来てこの全面的にやる気のない態度に、ついに私は自ら堪忍袋の緒を切って怒鳴ろうと思ったその時に、ドライバーがこちらに振り返ってこう言うのです。
「非常事態です・・・」
いったい何が非常事態なのかはよくわかりませんが、どうも先ほどからの電話でのやりとり(の声のトーン)を聞いていると、なにやら身内に病人か怪我人でも出たような深刻さが漂ってはいました。
だからと言ってさ、あんたもプロのドライバーならここは往復2時間頑張るしかないんじゃない?
そしてもし本当に今すぐ自分が動かなきゃならないんだったら、誰か別のドライバーに代わってもらうしかないでしょ。
で、ドライバーが取った行動は、「代わりの車を探す」でした。
沿道で休んでいるタクシーを見つけ、ドライバーは交渉に行きました。しかし車の中からその様子を伺っただけでも、そのタクシードライバーは難色を示しているというのがよくわかりました。
こちらとしては「とにかく誰でもいいから早く確実に目的地に連れてってくれ!」というところなのですが、いやはやどうなることか・・・
結局代役を断られたことで踏ん切りがついたのか、ドライバーは車に戻ると「OKサー!ちょうどいい時間です」と自分の腕時計を見せて笑ってみせるという変わりようで、まったくどの程度の「非常事態」だったのかさっぱりわからないのですが、ようやくアンバサダーは国道を出て快調にスピードを上げていったのでありました。
それでもそのドライバーはチェンナイの街に入る手前でまたまた車を止め、「薬を買って来るので5分待ってくれ」と言い残し、かたわらにあった薬屋へ行ってしまったりするのです。結果的には5時10分には目的地に到着しましたので、まあ問題はなかったのですが、快適と思われたチャーター車で、こんなにもハラハラドキドキさせられるとは思ってもみませんでした。これなら乗り合いバスで行った方が楽だったかもしれません。
とまあ、いくらお金を出しているとはいえ人の車に乗せてもらうということは、所詮受け身の立場でしかないのだなあということが、この一件でよくわかったのでありました。
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