日本を発って約9時間、機は高度を下げながらインディラ・ガンディー国際空港への着陸態勢に入ります。右手はるか遠方には、ニューデリー中心部のビルが霞んで見えています。
さらに高度が下がり、赤土の目立つ大地にレンガやコンクリート造りの家がはっきり見え始めると、「またインドに戻って来たな」という気持ちが湧き、そして同時に「今回は決してだまされたりしないからな、なろー!」という、果敢な闘志と臆病な警戒心が混ざり合って、自然と腹に力が入り、ついでに尻の穴がすぼむのであります。
そんな気持ちと腹持ち尻持ちで外を眺めておりますと、おやおや?あれはなんだろう?
そこには純白の蓮の花のつぼみが見えるではありませんか。
おおっ、こんな地獄のようなところに、なぜ、かように美しいものがあるのだろう・・・
というわけで、その「蓮の花」を見て参りました。
これです。
実はここはバハーイー教という宗教のお寺で、「バハーイー寺院」またの名を「ロータス(蓮)テンプル)と呼ばれているものなのです。
バハーイー教というのは、イランが起源のイスラム系新宗教で、どの宗教に属する人でもここで祈ったり瞑想したりしてもいいという、実に太っ腹な宗教なのです。
そんな場所ですので、正式にはテンプル(寺院)とは言わず「Bahai House of Worship」というのであります。
「Worship」というのは「崇拝」とか「礼拝」という意味なのですが、私は最初「Warship(戦艦)」かと思ってしまい、「世界中の『悪』を相手に戦うハス型戦艦」という意味かと思ってしまいました。
そしてさらに、カツオノエボシという電気クラゲの英語名「Portuguese man of war」と言葉のイメージがかぶってしまい、あのエイリアンのようなクラゲ相手に戦うハス型戦艦を想像してしまい、まったく崇高なる宗教に対して失礼だったらありゃしないのであります。
私が訪れたのはすでに夕刻といってもいい時間帯だったのですが、建物の正面に続く通路(やはり「参道」というのでしょうか)には、社会科見学といった感じの小学生がたくさんいました。
いやあ、どこの国でも子どもは同じで、これだけいると必ずいうことを聞かない子どもなんてのもおりまして、引率の先生の叱責がビシビシ飛んでおりました。
きっとその子の通信簿には「落ち着きがなく勉強に身が入らない。忘れ物が多く、忘れたことさえ忘れてしまう。そのくせくだらないことはよく覚えている」などと書かれていることでしょう。
「カツオノエボシ」なんて英単語覚えててもねえ・・・「礼拝」知らなきゃねえ・・・
さて、そんな暗い思い出なんかで落ち込んでいてはいけません。
さらに先に進みたいと思います。
ここはハス型戦艦の機関室・・・ではありません。「Warship」ではなくて「Worship」なんですから。
えーと、ここは靴を預ける所なのです。
ここから先は土足厳禁になっておりまして、かならずここで靴を脱いで預けなければならないのです。
いくらスーパーのレジ袋を持参して「靴の預かり賃」を浮かそうとしてもダメなのです。
この先にはちゃ~んと番人がいて、たとえビニール袋に入れた靴であっても、そこから中に持ち込むことはまかりなら~ん!のであります。
それでは私もおとなしく指示に従って靴を預けることに致しましょう。
「この靴お願いします。 えーと、いくらですか?」
「いえ、お金は結構です」
おおっ!なんて立派な宗教なんだ。
しかもよく見りゃ、一段低くなった建物の中で下足番をしているのは、なかなかの好青年ではありませんか。
そんな好青年は私の靴を受け取ると、代わりにこんなものを手渡してくれました。
どうやら「預り証」のようなのですが、厚手のボール紙をコイン大にして文字を手書きしただけのものです。
これはタージマハルの下足番がくれた紙切れよりはマシですが、なぜこんな変な形なのでしょうか?刃物を使わず手でちぎったとしか思えません。とても不思議です。
でもインドではあらゆるところに謎が満ちあふれていますので、あまりひとつのことを不思議がってばかりいてはいけません。
さあ、靴も預けて身軽になったことですし、どんどん中に進みましょう。
ここまで来てようやく「本堂」はかなり高い位置にあるんだなあということがわかりました。
さあ、あの高みを目指して一歩ずつ上りましょう。
しかし今回は秋の夕暮れ(すんません。かなり前に行ったことをいまさら書いています)に訪れたからいいようなものの、もし灼熱の季節の日中にこの赤茶色の石の上を裸足でこれだけ歩いたら、きっと水虫などは完全に死滅したことでありましょう。
いえ、それどころか水虫の棲む足の皮自体が、焼ける石の床でべろべろにはがれてしまうかもしれません。あなおそろしや。
と、そんなことを言ってる間に、階段を昇り終えました。
そして後ろを振り返れば、あーら、もうこんなに歩いて来たのね。
思えばあなたに寄り添って50年、辛いこともずいぶんあったけど、今こうして振り返ってみればまんざらでもない人生だったようね。
ありがとう。あなた。
これからもよろしくね。
微笑ましい夫婦愛に包まれながら、いよいよバハーイー寺院の本堂的建物である、ハス型ドームに近づいて参りました。さあ、あと一歩です。
しかし、本堂の前には深い堀があり、私の行く手を阻むではありませんか!
というのはうそで、これは単なる池です。
池の水はなぜか青白色に着色されていて、まるで源泉の枯れてしまった温泉旅館苦肉の策といった雰囲気をかもし出しています。
じゃぶじゃぶと池に足を踏み入ることもなく、池を回避する通常のコースで無難に本堂の入り口にたどり着きました。
入り口の前にはたくさんの人が列を作っています。どうやらここで係の人から入場に際しての注意事項などを聞かなければならないようです。
ふむふむ、中では一切おしゃべりをしてはいけないのか。そりゃそうだろうな。
それから・・・
えっ? 内部の写真撮影はしてはいけないって? マジっすか?
と言うわけで、せっかくここまで話を引っ張って来たというのに、ここから先の写真はないのであります。
あっ、だからと言って私を責めてはいけません。
私だってフラッシュを焚かなければ一枚くらい撮っても大丈夫かなあと思ったのですが、なにしろ係の人が撮影禁止の説明をした後に、私に向かって「いいですね。わかりましたね」と念押ししたのです。つまり私は目をつけられている可能性があるので、そんな危険は冒せないのです。捕まってカツオノエボシ毒針の刑なんかにされたらたまったもんじゃありません。
そんな厳重な監視の下、足を踏み入れたドームの内部は厳粛に静まり返っており、ドーム中央から同心円状に配されたベンチには、人々が思い思いに座り瞑想にふけっていました。
さて、私も瞑想してみるとしましょうか。
私は空いているベンチに腰掛け目をつぶり、神経を集中させていきました。
そしてそこで私が、神に世界平和なんかを祈ったということは、わざわざ言うまでもないことなのであります。
ホントですってばあ。