【前回までのあらすじ】
飛行機の遅延とホテルの予約トラブルで、疲れ果ててたどり着いたのは工事中のホテル。そんなホテルで一夜を過ごし、翌日移動したホテルはエレベーターがない上に、与えられたのは最上階(5階)の部屋だった。
それでもようやく確保した冷蔵庫に、大量のビールを保管することで、なんとか心の平穏を取り戻した私であった。
翌朝は、外から聞こえる変な鐘の音で目覚めました。
窓から顔を出し、隣の建物との隙間から通りを見ると、おばさんの団体が行進していました。
おばさんたちは横断幕を掲げたり、小さな鐘を打ち鳴らしたりしながら、ぞろぞろ歩いて行きます。
いったい何の団体なのでしょうか?インドの中ピ連でしょうか?
さて、その日はジャイプールへ向けて出発することになっていましたので、いつまでもそんなことにかまってはいられません。早く仕度をしなければなりません。
予約した車は8時半に来ることになっていましたので、すぐに朝食を注文することにしました。
私は朝食付きのプランで宿泊しているのですが、昨日のホテルみたいに朝食代を請求されることにならないよう、そこのところをちゃんと伝えなければいけません。しかし、だからと言って「飯はタダだよな?」などということを、あまりくどく言っては「卑しいやつ」と思われてしまいます。そこはさらりと言わなければならないでしょう。
私はルームサービスに電話をし、「あー、おっほん。私は朝食付きプランで泊まっている者だが、どんな朝食がタダで食べられるのかな?あん?」と、あくまでも上品に聞きました。そして「ちゃんとタダで食べられる朝食」を注文することに成功したのです。いいですか、ここは重要な点ですので、みなさんよく覚えておいて下さい。
朝食も済み、ジャイプールに持っていく荷物だけをリュックに詰め、そして飛行機のチケットを手配した大手旅行会社からもらった、普段は小さく折りたため、広げるとなかなか収容能力のあるナイロン製布袋に、虎の子の缶ビール12本を入れました。
なにしろ私が今まで泊まったジャイプールのホテルは、ビールが飲めないところばかりで、特に前回の酷暑季に泊まったホテルではひどい目にあったのです。
またまたビールの話で恐縮ですが、そのときの話をしていなかったことに今気づきましたので、ここでお話しさせて頂き、あの辛さをみなさまと分かち合いたいと思います。
では、カレンダーを半年戻し、6月にして下さい。
えっ? 6月のカレンダーなんてすでに破り捨ててしまった?
あー、いけませんねえ。裏の白い紙はちゃんととっておかなきゃ・・・
では、頭の中のカレンダーを、6月に戻してください。
6月、日本でも暑い季節ですが、インドの6月はハンパじゃありません。
連日気温は40度を超え、45度もざらにあり、50度に達することさえあるのです。もしそれがアルコール度数だったら、一口飲んだだけで、鼻から息がトゥーン!トゥーン!と突き抜けてしまうことでしょう。それくらいすごいのです。
とにかく、その酷暑季のインドで、アグラからジャイプールまでの約240km の道のりを、5時間ほどかけて移動しました。
途中での休憩は一切なく、私は極限状態にまで達した喉の渇きと戦いながら神に祈り続けました。
「おー神よ、われにビールを与えたまれ。さもなくば発泡酒を与えたまえ」
そして夕刻、ようやく目指すホテルに到着し、旅装を解くのももどかしく、屋上のレストランへと、階段を一段飛ばしで駆け上がったのでございます。
実はそのホテルには一階にもレストランのスペースがあったのですが、従業員の「屋上レストランではパペットショーが行われます」との案内で、どうせならそいつを見ながら飲もうじゃないかと、最後の力をすべて使って一気に階段を駆け上がったという次第なのです。
ジャイプールでは伝統的に糸で操る人形のショーが行われていて、それはなかなか有名なのですが、私は今まで一度も見たことがなかったのです。
それを今宵は間近で鑑賞し、冷えたビールとタンドーリチキンに舌鼓を打とうではないか!よぉ~ぉ、ぽんっ!ってなわけですぜえ、だんな!
夕刻とはいえ、夕陽に照らされた屋上は、まだむわっとした空気に包まれていました。
しかしこの暑さが、ビールのうまさをさらに引き立ててくれるかと思えば、自然とほほの緩む私だったのです。
ここがパペットショーの舞台になるのかな?といった感じの、天蓋のついた小さな壇の近くに席を取り、さっそくボーイを呼びました。
ボーイがやってきて、私にメニューを渡します。
そこで私のいつものセリフの出番です。
私はどこへ行っても、メニューを見る前にビールを注文してしまうという、あっ、あんたビール好きだね。ねっ、そうでしょ?隠したってダメダメ、ちゃ~んわかっちゃうんだからあ!というくらいのビール党なのです。
「まずは、ビールを持ってきてくれ」
よっ!待ってました名ゼリフ! ビール大王! ノド越しの魔術師!
ところが、そんな心地よい掛け声とは裏腹に、私は予期せぬ言葉を聞いたのです。
「ビールはないんです・・・」
その声は、あくまでも控えめな、申し訳なさそうな声だったのですが、私には閻魔大王の、「地獄行き!」という宣告に聞こえました。
「えっ・・・
ないの?
ビールがないの?
・・・・・
じゃ・・・
何ならあるの?
ハッポーシュ?
ねえ? ねえってば?」
「お酒を取り扱うライセンスがないんです」
「・・・」
言葉を失うとはこのことです。
それでなくともノドが乾き切っていて、先ほどから気管がくっついて、ひたひた音を立てているというのに、そこにトドメを刺すその言葉。
私はその事実を、にわかに受け入れることができませんでした。
だって、ここはインドなんです。何でも「ノープロブレム」で押し通し、金さえ払えば結構融通の利く国なんです。
私はテーブルの上で指地団太を踏みながら「何とかならんのか?あん?」と言い、暗に「じゃあさ、お前近くの酒屋に買いに行ってくれよ」とほのめかすのですが、そのボーイは真面目なのか気が利かないのか閻魔大王なのか、困った顔で立っているだけなのです。
あー、いつからそんな優等生になったんだよ! インドわあ!
ビールもなしにタンドーリチキンやシシカバブ、カライゴーシにマトンコルマを食えっつーのかよお!
私は体全体に「すっげー、不機嫌!」という雰囲気を漂わせ、さらに改善策を要求するのですが、ボーイは半歩後ずさりながらも、決して「私が酒屋に馳せ参じましょう」などとは申し出ないのでした。 もおおお!おまえ地獄行き!
しかし、憤懣やるかたなく怒りのマナコで眺め始めたメニューには、幸か不幸かベジタリアン料理ばかりが並び、おかげさまでビールなしでスパイシーなお肉料理を食べなくても済んだでござーますよ!
完全に脱力状態でミネラルウォーターを飲みながら、イモやホーレンソーの料理を食べていると、どこかで花火が上がりました。しかも一箇所ではなく、何箇所からも上がり始めました。何でしょう?
やがてどこからか楽隊の音楽が風に乗って聞こえて来ました。
音は次第に大きくなり始め、このホテルの近くに来ているようです。
ボーイが私のところに来てこう言いました。
「結婚式です。今日は日が良いのです。下にそのパレードが来ていますよ」
屋上の手すりから身を乗り出すようにして下を眺めると、すぐそこの角をにぎやかなパレードが通り過ぎて行くところでした。
楽器を演奏する人たちや、くるくると回り踊る人たち、そしてそのパレードを照らし出す照明を持つ人たち。
すでに闇に包まれた街路に突如現れた一団は、それはそれは幻想的でした。
そんな不思議な風景を見ながら私はこう思いました。
「神様は私の体を気遣ってビールをお与えにならなかったのだな。
そしてその代わりに、この光景をお与え下さったのだな」
と・・・
まあ、そうやって無理やり自分を納得させたのですが、わざわざボーイが結婚式のパレードの通過を教えてくれたのは、なにも親切心からだけではなく、いつまで待っても一向に始まる気配のないパペットショーのことをごまかすためだったということは、どうにもこうにも納得できないのでありました。
なろー!
とまあ、前回のジャイプールではそんなことがあったのです。
そんな悲劇を二度と繰り返してはいけないのです。
ノー、モア、ビア!なのです。
あっ、それだと「もうビールはいらない」みたいになっちゃうな。
じゃあ、
ノー、モア、ノー、ビア!
で、いいのかな?
まあとにかくそんなわけで、今回は12本の缶ビールを携えてのジャイプール行きとなったわけです。
ジャイプールには2泊して、またデリーに帰って来ますので、必要でない荷物はすべてスーツケースに入れ、このホテルで保管してもらうことにしました。
エレベーターがないホテルですので、とりあえず手荷物だけ持ち、フロントへ降ります。
フロントでチェックアウトをすることを伝え、部屋に置いたままになっているスーツケースを、明後日の夕方まで預かってくれるように頼みました。
実はデリーに戻って来ても、もうこのホテルに泊まるつもりはなかったので、少し後ろめたい気もしましたが、不要なスーツケースをジャイプールまで往復させることはありません。ここはさも泊まるようなふりをして、「明後日また戻って来るから、それまで置いておいてくれ」と念を押したのです。
フロントの男は承諾しました。
ところがその男は「朝食代を払え」と寝ぼけたことを言うではありませんか。
私がいくら「朝食代込みの値段で泊まっている」と言っても聞き入れません。
しかたなくその場でエージェントに電話をしました。朝早くから食事代のことで電話なんかしたくありませんでしたが仕方ありません。
結局フロントの男とエージェントが話し合い、食事代は払わずに済みました。
まったくどいつもこいつも、どーして食事代食事代とがめついのでしょう。
そう思ってるうちにフロントの男は、次なる宿泊客と税金のことで口論を始めましたので、私は近くのソファーに座り、車の到着を待つことにしました。
車は快調にジャイプールへ向け疾走します。
デリーからジャイプールへ向かう道は、昔から比べると格段に良くなり、ほとんどが中央分離帯のある片側2車線の道路です。
途中で通り過ぎる街の周辺や、道を横断しようとするヒツジの群れをやり過ごす時以外は、時速100km近いスピードで走ることができます。
そんな道を、今回チャーターした車「インディゴ」は快適に走ります。
空は晴れ上がり、気候は良く、しかも車のトランクには、12本もの缶ビール「キングフィッシャー」が、私の着替えとともに積まれているのです。
なんて素敵なんでしょう!ワッタア、ワンダフォー、デー!
そんな幸せな気分に浸っていたときでした。
ばぁーん!
と轟く爆発音!
うーん、こう普通サイズの文字で書くと、その音のすごさがイマイチわからないですね。
でもその音ときたら、車の中にいる私の腹に響くほどの音だったのです。
爆発音は右の後輪のあたりからしたように思いました。
インドでは最近大きな爆弾テロがあったということもあり、もしや外国からの要人(私のこと)を狙っての犯行かもしれません。
すぐに車を路肩に止め、ドライバーと私は外に出て、タイヤや車体の下を点検し始めました。もちろんその間も、私は遠くからライフル銃で狙撃されることを警戒していました。
しかしタイヤはなんともありませんし、ボディーに損傷もありません。
ツーリストタクシーとして使われる車ですから、整備不良ということも考えにくいです。
結局原因がわからぬまま、車は再び走り始めました。
いったい何だったのだろう?
原因がわからぬ気持ち悪さから、そんなことをしばらく考えていたのですが、はたっ!とある可能性に思い当たりました。
もしや・・・ビールでは?
ビールは前日から冷蔵庫でかなりキンキンに冷やされており、それをナイロンバッグに入れてトランクに放り込んでいるわけです。
気候が良い季節とはいえ日差しは結構強烈ですので、トランクの中はかなりの温度になっていると思います。
そして、いくら昔に比べて良い道になったとは言え、スピードを上げて走るインドの道はかなりの振動を与えますので、それらの要因が重なり、しかもアルミ缶のどこかにキズなどがあったとしたら・・・
ばぁ~ん!
あわれキングフィッシャーアルミ缶330ミリリットル30ルピーは砕け散り、本来私の口に入るはずだった黄金色の液体は着替えのパンツを濡らし、私はビールを失うとともに、着替え用のパンツもおしっこもらしみたいにされてしまうという二重苦に見舞われるのであります。
私はドライバーに、「トランクにビールが入ってんだけど・・・」と言うと、ドライバーも合点がいったようで、うなずきながら車を路肩に寄せました。
恐る恐る開けたトランクの中は、意外なほど平穏な状態で、ナイロンバッグは濡れてもおらず、ビール臭も漂っていませんでした。
私は安心するとともに、再び原因がわからなくなったことになぜか胸騒ぎを覚えたのですが、実はまさにその頃、爆弾に関しての恐ろしい事件が勃発していたとは、まだ知る由もなかったのであります。
はい、どうでしたか?(今回も淀川長治風に読んで下さい)
またまたビールの話、してましたねえ~
あれほど、あれほど、「ビールの話をやめろ!」言われてますのに、この男、また、やってしまいましたあ~
でもみなさん、もう少しの辛抱ですねぇ~
もうすぐ、この男に、バチ、当たりますよぉ~
怖いですねぇ~、恐ろしいですねぇ~、いい気味ですねえ~
では、次回まで、さいなら、さいなら、さいなら