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2006年1月6日:インド出張レポート・その5

         
  • 公開日:2006年1月6日
  • 最終更新日:2022年8月5日

【前回までのあらすじ】

日本出発からして飛行機が2時間の遅延となり、宿泊も工事中のホテルや、5階の部屋なのにエレベーターもないホテルになるなど、まったく快適とは程遠い環境に置かれた私でしたが、明日という日を信じて、ジャイプールへと車を走らせていたその時、突然響き渡る「バァーン!」という爆発音!  爆弾テロか!タイヤのバーストか!はたまたトランクの缶ビールの炸裂か!
憶測が憶測を呼び、奥様が奥様を呼び、茶飲み話に花が咲き、あぁ~ら奥様、すてきなお洋服ですこと!おほほほほ、ほんの寝巻きですのよお。あら?寝巻きのまま来てしまったんでございますの?なぁ~んて事を言ってる場合ではありません。はたして私の運命やいかに!

運転手とともに子細に車を点検しても、爆発音の原因はわかりませんでした。

タイヤも無事ならトランクの中の缶ビールも無事。ボディーにキズや焦げ跡、銃撃の弾痕もありません。道路やその周囲にも、砲撃、爆撃、突撃の跡や、隕石の衝突でできたクレーターやクレクレタコラもありません。

結局我々は何もわからないまま、首をかしげながら再び車に乗り込み、首をかしげたまま一路ジャイプールへと進みました。

ジャイプールでのホテルは、小さいけれど比較的きれいなホテルでした。

でも、私の最大の関心事は「そこでビールが飲めるのか?えっ?どーなんだ?おい?なんとか言ったらどーなんだ、こら!」というもので、見た目のきれいさとかはあまり問題にしないのです。外見の美しさにとらわれず、心の美しさを追求する男といったところでしょうか。

なにしろ前回のジャイプール滞在では、あろうことか一滴のビールも飲めず、天よりも高い怒りと海よりも深い絶望に打ちひしがれ、通りを行く結婚式のパレードでさえ、涙にかすんでぼやけて見える上に、怒りに震えてぶれて見えたほどだったのです。
しかし今回は、事前にこのホテルのホームページを調べ、部屋に冷蔵庫があるということをちゃぁ~んと突き止めていたのです。

なので、12本の缶ビール持参なのです!
なので、大ビンと同じ値段のする缶ビールをわざわざ買ったのです!
なのでもう、怒りや悲しみ、絶望やあきらめ、そして禁断症状とはおさらばなのです!

チェックインのとき、フロントの男に部屋の冷蔵庫のことを聞いてみました。
事前にホームページで調査済みだというのに、なぜか聞いてしまったのです。

虫の知らせって・・・本当にあるんですね。

なんと、フロントの男は「冷蔵庫はありません」と言うではありませんか。

私はしばし絶句しましたよ、ええ、七言絶句ですよ、もう。
一杯一杯また一杯、われ酔うて眠らんと欲す、ですよお!

「ホームページには冷蔵庫があるって書いてあったぞ」という言葉が通用する国ではありません。

失望とビールの重みで肩を落とした私に、フロントの男はこう言いました。

「もし何か冷やさなければならないものがありましたら、厨房の冷蔵庫で保管させて頂きます」

意味ねーべ。それじゃあ意味ねーべ。
せっかく持って来た缶ビール12本、帰りまで冷やしててもらってもしょーがねーべ。
ビールは飲まれるために生まれて来たんだよお。

もうその時点で完全にあきらめムードで頭の中が真っ白だった私ですが、溺れる者はワラをもつかむの心境で聞いてみました。

「えーと、このホテル、ビール飲めますう?」

「はい、レストランで飲めますし、ルームサービスでも飲めます」

なんだ、あるんじゃん、ビール。

と言う訳で、ジャイプールではめでたくビールも飲め、肝心の仕事もなかなかスムーズに進み、2泊3日の滞在は夢のように過ぎて行きました。

無事デリーに到着したのは、もう日も暮れかけた頃でした。

まず向かった先は、先日宿泊していたエレベーターのないホテルです。
そこに預けてある、私のスーツケースを受け取らなければなりません。
実はその晩からは、また別のホテルへ移ることになっていましたので、いわばそのホテルは3日間もタダでスーツケースを預かっていたことになるのであります。
なのでここは、思いっきり愛想良く突入し、サンキューなどという言葉も連発し、相手に文句を言うスキも与えず素早く立ち去るというのが得策です。

フロントいたのは、先日のチェックアウトの時に朝食代を請求してきた男でした。ちょっといやな感じの男です。
でもそんなことは言っていられません。なにしろタダでスーツケースを預かってもらっていたのですから、もう飛びっきりの笑顔で向かうしかないでしょう。

私は満面に笑みを浮かべ、元気良く「ハッロー!」と言いながらフロントに進んで行きました。

するとどうでしょう!
フロントの男も、はちきれんばかりの笑みで「ハッロー!」と返して来るではありませんか!

ああっ!人種は違っても同じ人間。やはり通じ合うものがあるのです。
こちらが笑顔で挨拶をすれば、あちらも笑顔で挨拶を返してくれるのです。

先日は朝食代請求のことで強く抗議をして悪かった!

そんな反省の心も芽生え、フロントの男が急に「とてもいい人」に見えてくるから不思議です。

私は、「スーツケースを取りに来ました」と言い、フロントの男は、「ああ、あそこにあります」と後方を指差します。
それは、人種を越えた友情が結ばれた瞬間でありました。

フロント後方のスペースは荷物置き場になっていて、いくつかのスーツケースが並んでいます。

さて、私のスーツケースはどこだろうと見てみますと、通常は立てられた形で保管されているスーツケースとは違い、ひとつだけ床に寝かせた形で置かれているスーツケースが目に入りました。
そしてそのスーツケースは、なぜか異様に盛り上がっており、周囲からいろんなものをはみ出させています。

なんだ、ありゃ?

ずいぶんだらしないスーツケースだなあ・・・

・・・・・・

!!

わ、私のだ・・・

なんということでしょう!

ほんの3日前まであんなに元気で丈夫そうだった私のスーツケースが、見るも無惨に変わり果て、床に横たわった姿でだらしなく口を開け、さらにそこから全方位にいろんなものをはみ出させているではありませんか。
まるで具だくさんのハンバーガーのようです。

一瞬の沈黙ののち、私は血相を変えてフロントの男に詰め寄りました。もう私の顔面には笑みのカケラも残っていません。そしてそれは、フロントの男も同じでした。

「なんだ?なんだ?なんだ? あれはいったいどーしたことだ?」

興奮して叫ぶ私に、フロントの男はなだめるように言いました。

「ちょ、ちょっと待て、説明するから話を聞け。

いいか、あんたはチェックアウトの時、自分の荷物を部屋に残したまま出て行っただろう。だから、部屋に残された荷物を発見した者が不審に思い警察に連絡したんだ。なにしろデリーでは1ヶ月前に大きな爆弾テロがあり、たくさんの人が死んでいるんだ。あれは警察がやったんだ。仕方がないんだ」

男の言うことは正論かもしれません。
確かに私はチェックアウトの時に、ホテルに預ける予定のスーツケースを、部屋に残したままフロントに下りて来ました。
でもそれは、エレベーターがなかったからであり、わざわざ電話でボーイを呼びつけるのも面倒だったからであり、なので部屋のドアには鍵をかけず、フロントに下りて来たときに真っ先に「部屋にスーツケースがあるから、預かっておいてくれ」と、その男に、まさしく今正論らしきものを吐いているその男に!おまえに!おまえにそう言ったじゃねーかよお!

私がそう言うと、男は「私はもう3年もここで働いているが、チェックアウトの時に荷物を部屋に置いて来たヤツは一人もいないんだ!」と言いました。

お初ですか? 私は世界初の快挙を成し遂げたのですか?

私はもちろん、「お前に言ったよな?『部屋にスーツケースがあるから、それを預かってくれ』って。そう客が言えばボーイにでも荷物を取りに行かせるのがホテルマンの常識だろう!」と言い返しました。

しかし、その後はもう「言った」「聞いてない」の水掛け論です。
いくら怒鳴りあってもらちがあきません。

さらに男が言うには、スーツケースの持ち主を特定するため、あちこちに問い合わせ、私の宿泊予約を入れたエージェントの男にも連絡をしたとのことです。

そこですぐにエージェントの男に電話をしました。

「ひどいことになりましたよ・・・確認の電話があなたのところに行ったそうじゃないですか?
なんでわからなかったんですか? いったいどうなってんですかあ!」

「えーと、ホテルから連絡があって、確認のためにホテルに行ったんですが、すでに警察が周辺を取り囲んで立ち入り禁止になっていたもので、それで近づけなかったんですね・・・爆弾処理班が来ていたみたいで・・・」

えっ・・・

そんなに大変なことになっていたんだ・・・

そんな事情を聞き、私はあらためて我がスーツケースを眺めました。

ああっ、きっとデリー警察爆弾処理班は、ホテル宿泊客及び全従業員、さらには付近住民などを非難させたのち、恐る恐る私のスーツケースに近寄って行ったんだろうなあ。もしかしたらほふく前進なんかで近寄って行ったのかもなあ。

その時警官は、ダイアナ妃が地雷埋設地帯の視察の時に装着していたような、透明の特殊防護マスクなどをかぶっていたのだろうか?体には、あのぼこぼこした防護チョッキとかを着ていたのだろうか?

きっと着用していただろうなあ。爆弾かもしんないんだもんなあ。

そして完全防備の警官は、マジックハンドみたいなものでスーツケースの鍵を壊したのだろうなあ。

でもって、スーツケースの中のものを1点1点、そのマジックハンドでつまみあげて、みんなでジロジロ見て、爆発物じゃないかどうかを判定していったんだろうなあ。「3対2で爆発物じゃないと決定!」とか。

あー、パンツなんかもつまみ上げられたんだろうなあ、マジックハンドで。

それからビールのおつまみに持って来た、カットよっちゃんの小袋なんかもつまみあげたんだろうなあ、マジックハンドで。

カットよっちゃんなんかを、デリー警察爆弾処理班、爆発物判定審査委員は、いったいどんな基準で判断したんだろうか? 僅差だったのだろうか?

そんな風に、しばし壊されてしまったスーツケースとその中身に思いを馳せていたのですが、いくら眺めていてもこの状況に進展はなさそうです。

ここは一旦今夜の宿に移動して、荷物に無くなったものはないかを確認し、また作戦をねってから出直した方がいいかもしれません。

私は中身がこぼれださないように注意しながらスーツケースを車に積み、新たなるホテルに移動して行きました。

新たなるホテルにチェックインした後、部屋でスーツケースの中身を点検したのですが、どうやら無くなったものはないようです。

あとは壊れたスーツケースの保障を、誰にどうやってするかだけなのですが、冷静になって考えてみると、下手にしつこく追求すると、逆にホテル側から営業妨害か何かで訴えられないとも限りません。
なにしろデリー警察が周辺を封鎖し、爆弾処理班が慎重にマジックハンドでパンツやらカットよっちゃんやらをつまみ上げ、爆発物判定審査委員たちがそれらをジロジロ眺めたのちに赤旗とか白旗をサッ!と上げたりしたのです。
そんな人件費や一時的にせよホテルが封鎖されてしまった損害などを請求されたら大変です。スーツケースより高くついてしまうでしょう。

う~ん、どうしたもんかなあ・・・

その時、私の脳裏にひらめいたのが「旅行保険」でした。

私は毎回、ちゃんと成田空港で一番安い旅行保険に入るのです。
もちろん今回も入ってきました。

契約書を確認すると「携行品」の損害に対しても保険金が支払われることになっていました。

仕方がない、あのフロントの男は許せないが、保険でまかなえるならそれでよしとするか。
どうせあの男は証人のところにサインしないだろうから、エージェントに書かせればいいか。そうしようそうしよう。

と、すでにシャワーを浴び、ビールをしこたま飲み、さらにはテレビでやっていた「風雲たけし城・ヒンディー語吹き替え版」を見て機嫌を直していた私は、保険を使うことで「自分の気持ち」の円満解決することにしたのであります。

〔追記〕

 旅行保険約款の携行品の項目には、保険金が払えない場合として、こんな
 ことが書いてあります。

 「差し押え、没収、破壊等公権力の行使による損害」

従いまして、デリー警察爆弾処理班並びに爆発物判定審査委員たちの行った、破壊活動およびマジックハンドによるパンツつまみ上げは「公権力の行使」であり、保険は一切おりましぇ~ん!

さらに、「携行品」とは身の回りに携えておくべきもので、ホテルに預けたまま別の街へ移動などしてしまい、その間に被った損害の請求は難しいそうで~す。

みなさんもご旅行の際には、どうぞ気をつけてお出かけ下さい。

私のインド滞在は、まだまだ続く。

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