結局バルメールはあまり見どころのない街でした。
しかしそれでも自分たちだけで歩き回るよりずっと充実した一日を過ごせたのは、やはりガイドの案内あってこそのものです。
で、この男がそのガイドなのですが、彼はなぜか本名を明かさず自ら「ガイド」と名乗っていましたので、ここでもそのまま「ガイド」で通して来たわけです。さてこのガイド氏、なかなか頭の回転が速く知識も豊富でした。
ただそれだけに自尊心が強く、うまくコントロールできないとちょっと面倒なことになる可能性もあります。
たとえば彼は私たちの昼食に当然のように同席して来ました。通常ガイドはこちらが誘わない限り同席することはありません。しかも彼は堂々と「ビールを飲みたい」と言ったのです。
そりゃあ私もビールは大好きです。ましてや気温も高く空気の乾いたバルメールでは、さぞかしビールはうまいことでしょう。しかし彼は今仕事中なのです。私だって飲んでしまっては午後からの見学が面倒になってしまいますのでここは我慢しているのです。それなのに客を前にしてビールが飲みたいなんて、いい気になるのもいい加減にして欲しいものです。私は彼を睨みつけながら「ノー!」と強く断りました。
さらに食事中に「タバコを吸ってもいいか?」と聞いて来たので、嫌煙家の私はそれも「ノー」とはねつけました。まあこれはちゃんとお伺いを立てて来たからいいのですが、どこぞへタバコを吸いに行って戻って来た彼は、あきらかに少し酔っていました。私は酒好きなのでそういうことは見逃しません。おそらく彼は見えない場所でビールを飲んで来たのでしょう。
次に彼は近くの席でわいわい楽しそうに飲食していた女子中学生らしきグループを一瞥し、「ああいう騒がしいのは嫌いなんだ。ちょっと行って黙らせて来る」と言い出しました。しかし私はそんなものまったく気になりません。そもそもそんなことされたらまるでこの外国人(私のことですね)がそうさせたと思われかねませんので、私はそれも強く押し留めました。
とまあ一癖も二癖もあるガイド氏でしたが、案内に関してはプロであったと言っていいでしょう。
すべての見学が終わり、バルメールの駅へオートリキシャを走らせながら、「本当はこの近くの村も案内したかったんだ。でももう時間がないから代わりにこの写真を持って行ってくれ」と、その村の様子を撮った写真の束を私にくれました。まったく油断も隙もない代わりに、気も良く利く男なのです。
バルメール駅から乗り込んだ列車はとても空いていました。おそらく一両に4、5人しか乗っていないのではないでしょうか。
列車は夜中にジョドプールに到着し、そこでジャイサルメールから来た列車に連結されるのですが、それまでこの列車はがらがらの状態で走って行くのでしょう。
そんな状態でしたから、物売りが一人もやって来ません。
私たちは列車の中で売りに来るお茶や弁当を当てにしていたので、食料なんて食べかけのビスケットと水くらいしか持っていないのです。
実はこの日は私の誕生日でした。しかも長い人生の中でも結構節目的な大台に乗る誕生日だったのです。そんな記念すべき夜が、こんなにわびしい状況になろうとは想像だにしていませんでした。薄汚れた車窓越しに砂漠に落ちる真っ赤な夕日を眺めながら、わずかな手持ちのビスケットを水で流し込み、ああ、こんなことなら昼飯の時にガイドと一緒にビールを飲んじゃえばよかったかなあ、なんてことを思いながら、一路デリーへと向かって行ったのでありました。
*情報はすべて2010年3月時点のものです。