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神に捧げる唄は東京五輪音頭に負けないくらい長く唄い継がれていた:2013年グジャラートの旅:エピソード編・第17回

         
  • 公開日:2014年1月31日
  • 最終更新日:2022年6月15日

ジャムナガルの人たちには大変申し訳ないが、私はこの町をただ単にドワルカからブジへ向かうための中継地としか思っていなかった。

ドワルカから乗ったバスはかなりの快速で、約140kmの道のりを3時間半で走り切った。

翌日は早朝の出発なので、バスターミナルに近い宿から当たってみると、なんと一発で部屋を得ることができた。この旅初の快挙である。

思ったより事がスムーズに運び時間ができたので、それなら少し町の見学でもと思ったのだが、あいにく私はジャムナガルのことをほとんど知らない。
ただ神に捧げる唄をずいぶん長い間唄い続けている寺があると、なにかで読んだ記憶があり、そんな有名な寺ならすぐにわかるだろうと歩き出した。

ところがこれがなかなか見つからない。
まあ考えて見たら、知らない町をやみくもに歩いて簡単に見つかる方が不思議である。

そこで道端で休憩していたオートリキシャのドライバーに尋ねることにしたのだが、こちらの英語もたいしたことないがあちらもサッパリなので、「ゴッドのソングをロングロングタイムシンギングしているテンプルにビジットしたいんだ」とルー語のように言ってもなかなか通じない。
さらに「ベリーフェイマスなテンプルだと思うんだけどなあ」と言うと、そこでようやく「もしかしたらバラ・ハヌマーン・テンプルのことか?」と聞き返して来た。
そう言われてもそもそも寺の名前を知らないから難儀しているわけで、とにかくまあそこに連れて行ってみてくれよと、素早くオートリキシャに乗り込んだ。その寺は湖沿いの道をしばらく走ったところにあった。
場所さえ知っていれば歩いても難なく来られる距離である。

私が当初想像していたよりずいぶん小ぢんまりした寺だったが、中では確かに神に捧げる唄(お経?)らしきものが朗々と唄われていた。

唄っている人たちは伴奏のハルモニウムと鐘を入れても5、6人程度で、その誰もがごく普通の服装だということに少し驚いたが、裏を返せばそれは本当に地域の人たちだけで続けられている行であるということの表れであり、私はそこで初めてしみじみと感動したのであった。許可をもらって中に入り、彼らの横を通って神前に進み、ほんの10ルピーではあったが喜捨させて頂いた。

狭い境内をぐるっと一周回って来ると、お堂でお祈りをしている若者がいたので、身振り手振りで話を聞いたら、どうやら彼らは先ほどまで唄っていた人たちで、他の人と交代して帰るところのようであった。なるほど、こうして老若男女を問わず交代でここにやって来ては唄うということなのだな。

この唄は1964年の8月から一度も途切れることなく唄い続けられていて、その事がギネスブックにも登録されているとのことなのだが、実際にこの目でその光景を見て、それを支えているのが専業のお坊さんではなく、ごく普通の人たちであると知れば、それがどれだけすごいことなのかがより深く実感できるというものである。そんな東京オリンピックの頃から延々と続く唄は、今後も世代を超えて唄い継がれて行き、ジャムナガルのバラ・ハヌマーン・テンプルの名は、やがて世界にとどろき渡ることであろう。

今回はほとんど何も知らずに来てしまって本当にすまなかった、ジャムナガルの人たちよ。

でも他にももういくつか、見るべきものがあるといいんだけどなあ。

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