グジャラートはガンディーゆかりの州である。
グジャラート州最大の都市アーマダバードには、インドに於けるガンディー最初の活動拠点であるサーヴァルマティ・アシュラムがあり、アーマダバードに隣接する州都ガンディーナガルは、そのままズバリ、ガンディーの名を冠した街である。またグジャラート州はインドでも珍しい禁酒州である。
これはジャイナ教徒が多いためであり、さらに一切の殺生を嫌うジャイナ教徒の影響で、圧倒的にベジタリアンが多い州でもある。
といったことで、グジャラート州は全体的に清く正しく美しくといった雰囲気に満ち溢れたところで、外国人旅行者であっても飲酒はもちろんのこと肉食ですらほとんどできない。(注:飲酒許可証を取得ののち、所定の店でならお酒を飲むことはできる。でも節約旅行ではそれもちょっとままならない)
実際私はデリーを発ってから一滴のお酒も飲んでおらず、大都市アーマダバードを出てからひとかけらの肉も食べていないのであった。
さて、今われわれのいるポルバンダールという町は、海辺にある静かな地方都市なのだが、実はここはガンディーの生まれた町なのである。つまりここはガンディーゆかりの州の中でももっともガンディーとゆかりが深く、清く正しく美しいグジャラートの中でも、さらに清く正しく美しいのではないかと思われる町なのである。
そんなポルバンダールで肉食をした。
きっかけは町の人に食堂の場所を尋ねたことであった。
私としてはまさかガンディー・オブ・ガンディーにしてホーリー・オブ・ホーリーの町でよもや肉が食えるなんて思わなかったので、ただ「この辺りに食堂はあるか?」と尋ねただけなのである。
そしたらその人は「ベジタリアンか?それともノン・ベジか?」と聞き返して来たのである。
私は一瞬耳を疑い、そして半信半疑で「ノン・ベジの食堂があるのか?」と確認したところ、その人は大きくうなづいたのであった。私は不覚にもこの思いがけない吉報に天にも昇らんばかりに喜んでしまったが、すぐに、大好きなガンディーの生誕地で肉を食べてしまってもいいものだろうかと悩んだ。
しかし悩んだ末に出した答えは、肉を食べようということだった。
でもそれは決して私が肉の誘惑に負けたのではないということを、ここに言い訳・・・説明しておく必要があろう。
それはガンディーもその青年期に於いて、悪友とこっそり肉食をしたというエピソードがあり、私はガンディーのそうした人間臭いところが好きなのである。
もちろんガンディーはその肉食に対して強い悔恨の情を抱き、深く悩んだのであった。
ならば私もこのガンディー生誕の地に於いて、ガンディーの味わった悔恨の情を味わうのもよかろうと思ったのである。別に肉なんか味わいたいと思ったわけではない。あくまでもガンディーと同じ悔恨の情を味わうのが主な目的で、そのためには肉を味わわねばならないので、それは避けては通れないことなので仕方ないのである。
時刻はすでに2時半を回っていたので私は焦った。2時から3時頃長い昼休みに入ってしまう店も多いのである。
急げ!急がねば肉、いや、悔恨の情が味わえなくなるぞ!
そんな私の焦りとは裏腹に、なかなかその店は見つからなかった。
しかしこんな清く正しく美しい町のど真ん中で、うっかり「ノン・ベジの食堂はどこですか?」などとは聞けない。なんたって圧倒的にベジタリアンが多い場所なのである。下手したら袋叩きにされるかもしれない。
ようやく食べ物のタブーが少なく、肉も食べるシーク教徒のおっさんに尋ねることで、めでたくノン・ベジ食堂に到着した。入ってすぐのカウンターに座っていた恰幅のいいあんちゃんに、ノン・ベジメニューがあるかを確認すると、奥の部屋に行けと言う。
その奥の部屋は窓がない分なんとなく陰気な雰囲気で、六つほどあるテーブルのひとつで、警察官とおぼしき男が連れの男と食事をしていた。
うん、さすがに肉食系男子だけあって顔の色つやがよろしい。
私と連れのY棒は、メニューをもらうやいなや必死の形相でそいつを眺め、チキン・アフガニーとマトン・カダイ、エビのフライドライスにチキンスープを頼んだ。
これだけ食べればガンディーの悔恨の情が痛いほどわかるであろう。久しぶりの肉はどれも非常においしく、あっという間に完食してしまった。二人ともまさしく貪り食うという表現がぴったりであった。
そして肝心のガンディーの悔恨の情が味わえたかと言うと、それはこの時点ではまだよくわからなかった。
しかしそれは次第にじわじわとわれわれの身に襲いかかって来る外的要因によって、やがて深く味わわされることになるのである。
天網恢恢(てんもうかいかい)疎(そ)にして漏らさず!
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