2001/06/18 リゾートライフ その1 コヴァラムビーチ
トリヴァンドラムまでやって来た。
コーチンからエクスプレスバスで5時間半であった。
エクスプレスバスは、コーチン・セントラル・バススタンドを、なぜか定刻の3分前に発車した。
このバスは指定席制ではないので、この3分の間に乗車希望者が来ないとは限らないのではないのか?
私も10分程前に到着し、窓口でトリヴァンドラム行きのバスを尋ねると、「とにかく、あの454と書いてあるバスに乗れ」とだけ言われたのである。
まあ、私はこうして席に着いているので問題はないのだが・・・
南インドのバスは窓にガラスが無い。
ただ、雨や日差しを避けるための蛇腹式シェードが窓枠の上部に収納されており、一朝有事の際には乗客が相互に連携しあい、素早くこれを閉ざすのである。
隣組のような感じなのである。
しかし私は天照大神のような存在なので、今日も空は晴れ渡り、セミなんかもしゅわしゅわ鳴いている。
さあ、シェードを上げて出発だ!
バスはクラクションを鳴らしまくりばく進する。
本当にうるさいのである。外で鳴らされた時もびっくりするが、中の乗客は5時間半これをずーときかなければならないのだ。
しかも私の席は、運転手の2つ後ろの席で、その上窓が全開なのである。
これじゃあ、耳無し芳一でもたまったものではないであろう。
しかしバスは早い。本当に早い。
アレッピーまで1時間足らずで着いてしまった。
先日2時間半かけてオートリキシャでアレッピーまで出かけた、シューマッハと私の苦労はいったい何だったのだろうか?
さてさて、そんなこんなでバスはぐーと南下して、トリヴァンドラムに着いたのである。
この街はケララ州の州都であるが至って地味な街で、主に旅行者などが行くのは、ここから更に南に16Kmほど行ったコヴァーラムビーチというきれいな海岸なのである。
私にとって今回の旅行は、国際派ビジネスマン候補として重要任務を帯びたものであるため、能天気な旅行者とは違い遊んではいられない。
しかし、日帰りならいいだろう。特別に許可する次第である。
こんな時「あー、サラリーマンじゃなくてよかった!上司の許可を仰いだり、稟議書なんかを重役会議に回したりしなくていいのだ!」と我が身の幸運を再確認することができる。
トリヴァンドラムに旅装を解き、翌日の早い市バスでコヴァーラムビーチへと私は向かった。
バスは30分程でビーチの上にあるバス停に到着した。
ビーチに続く坂道を下って行くと、目の前に青い海が広がった。
さすがに評判通りの美しさである。インドの自然美と日本の肉体美の出会いの瞬間が、一歩、また一歩と近づいて行く。
インドの美を踏みしめながら日本の美が歩いていると、一人のインド人が近づいて来て「ウニを食べないか?」と言う。
この男の「ウニ」という言葉は日本語である。それだけここでウニを食う日本人旅行者が多いということか。
しかし私は自然の美だけで満足なのだ。ウニなんかお金を出せば、いくらでも日本で食べられるのだ
・・・お金を出せば・・な・・・
男は更に「こーんなでかいウニだぞ」と言い、手の平をちょっとまるめて見せる。
お!かなり大きそうではないか。
「い、いくらだ?そのウニは」
「一個50ルピー」
なに!手の平大のウニが日本円に換算して150円足らずと言うことか!
「5個買ったらいくらにする?」
「5個なら200ルピー」
お!安くなったぞ。巨大なウニが1個120円足らずで食えるのか。
そこまで言われたら、上司のハンコなしで即決だ!
結局、超巨大ウニ5個とぷりぷりエビ4尾、それに30cmくらいのぴちぴちのお魚1尾での海鮮ランチという運びとなり、本日はお日柄もよく、遠路はるばるお越し戴きまことにありがとうございます。粗餐ではございますが、ヤシの葉陰でお召し上がり下さい、ということで青空ランチの始まりである。
私のためにヤシの林の中に用意されたテーブルは、男の家から持って来たきたない机にテーブルクロスをかけただけのものだった。
しかし美しい浜辺を見ながらの食事は、きっとすばらしいものになるであろう。
食事の支度をするのは、その男を含めた5人の男である。
なんだかみんな、飲食業は素人みたいな感じだが大丈夫だろうか?
まず男は私にウニを見せる。
ちゃんとまだ生きていて、トゲが動いている。たしかに大きなウニである。
しかし大きいことは大きいのだが、トゲがやけに太くて長い。日本のムラサキウニなどと比べ格段長い。
男の言っていた「手の平大」とはトゲを含めたものだったのだ。
まあ、問題は中身である。ウニ自身はトゲで勝負をしたいであろうが、私からすればやはり中身である。
次に魚を見せる。
魚は小振りのマグロのようである。
あら?2匹いる・・・サービスなのか?
男が言うには「今日はエビのいいのが無かったので、魚を2匹にしてフルーツも付けるから、それでいいだろ?」とのことである。
良いも悪いも、男はもう上司に何の相談も無しに、魚とフルーツを購入してしまっているではないか。
いやだと言ったら替えてくれるというのか?
いよいよ宴の準備が始まった。
ウニ担当の男は、大きい石の上にウニを置き、手に持った石で割り、貝殻を使って中身をほじくり出し始めた。とても地味な作業である。
一方、テーブルを挟んだ反対側では、男三人が魚を焼き始めた。
魚はあらかじめはらわたを抜き、アルミホイルにくるんである。
男たちはヤシの枯葉を集めて火を点け、魚をその中に投げ入れた。
一人の男が、火の燃やし方について口うるさく指導している。あとの二人もしきりに応戦する。
大の大人が魚を焼くのに言い争いをしながら、てんでにヤシの殻を投入したり、ヤシの茎を投入したりしている。
私の魚は大丈夫なのであろうか?
振り返るとそちらでは、相変わらずウニ担当が背中を丸めてほじほじしている。
別の男が皿代わりのバナナの葉っぱを持って来て、フルーツを並べた。
フルーツは・・・・・・バナナ2本だった。
インドでは、バナナは下等な扱いを受けていると聞くが、ぷりぷりエビの代わりがバナナなのだろうか?
そういえば、この辺りの店先には、黄色、赤、緑といった色とりどりのバナナが吊るされおり、その中の緑のバナナを「ロブスター」と呼ぶらしい。
洒落と魚の煙で私を煙に巻くつもりなのか?
男たちが言い争いを続ける中、魚を焼く火はぼうぼうと燃え上がり、後ろではウニ男がほじほじしている。
ようやく魚が焼き上がる。心配していたような黒焦げではない。
しかし魚はやはりマグロらしく、焼いてあるのでぼそぼそしてあまりおいしくない。
これを二匹食べるのはかなりつらい作業である。
そしてついに、ほじほじを終えたウニが皿に盛られてご登場である。
テーブルの上に置かれたウニは、なんだか想像よりかなり少ない。ほじほじ男がつまみ食いしたのではあるまいか?それにぐちゃっとした黒いものついているではないか。
まあ、それでもさっきまで生きていた正真正銘の「生ウニ」である。まずかろうはずはない。
私はウニの、あのほのかな甘みと、その舌触りを想像しながら手を伸ばした。
ところがそれより一瞬早く、男がウニにぎゅっとライムをかけてしまった。
しかもタネがぽろぽろ落ちるくらい、むぎゅむぎゅ絞るのである。
あー、もうやめてくれー
待望のウニはすっぱい味しかせず、時折混じるウニの殻が口の中でじゃりじゃり音を立てるだけであった。
食事の間中5人の男たちは、私の動作を見つめ、交代で「どうだ、うまいか?」と聞いたり、魚を食べる先々にライムを絞ってくれたりと世話を焼く。
私はこの5人のプレッシャーの中、海を眺める余裕もなく、「グッド」と「サンキュー」を連発しながら、もくもくと食べた。
少しでも早くこの場から開放されたかったのである。
インド二回目の豪華シーフードランチは、一本のバナナを食べきれぬまま幕を閉じたのであった。