2001/06/14 雨に濡れても コーチン
またしても列車は遅れていた。
まあ、インドの列車なのだから、一晩走って20分の遅れなら、合格点と言ってもいいだろう。
私の計算だと、あと30分ほどでエルナクラム・タウン駅に着くはずである。
しかし、前回のこともある、インド国鉄の底力はおそろしいのだ。突然目的地に到着することだってあるのだ。
私は自分のベッドを、そーと椅子に直した。
なぜ、そーとかと言うと、上に寝ているインド人に気付かれないようにするためである。
あと30分くらいなので、いまさら仲良くなって話に花が咲いては、乗り過ごす危険がある。
それに、昨夜私は早くベッドにして横になりたかったのに、あのインド人たらまったく察しが悪く、私が2回も「ベッド作るの手伝いましょうか?」と水を向けたにも関わらず、「私はまだ眠くない」などと言っちゃって、私のベッドになるはずの椅子に座ったままであった。
その後私は、これ見よがしにあくびをしたりして、やっとの思いでそのインド人を上の段に押し上げたのである。
そんな見えない努力をして勝ち取った私の席に、そう易々と下りて来てはいけないのだ。
もう少し上でおとなしくしていて欲しい。
さすがモンスーン真っ只中のインドである。外は雨が降っている。
しかしモンスーンとはすごい名前だ。日本の梅雨とは迫力が違う。
日本のは「つ・ゆ・・・」である。
インドのは「モンスーン!」である。
もう一度言う、日本のは「っ…ゅ…」で、インドのは「モオーンスウーン!!」である。
むかしピンクレディーもそんな歌を歌っていた。
格が違うのだ。
車窓からは、水分をたっぷり吸った緑あふれる風景が見える。
線路の中にも緑が生い茂り、まるで廃線跡のようである。
大丈夫か?インド国鉄。
一台の壊れたオートリキシャが、側面にブルーシートをかけて修理の時を待っている。
ひとときの安息の時なのだろう。
今度はブルーシートを付けたまま走っているオートリキシャだ。修理工場に向かうのだろう。
おやおや、見ればオートリキシャはみんな側面にブルーシートを張っている。
どうやら雨対策のようだ。
客の乗り降りする左側にはブルーシートは無く、右側だけに張っている。
しかし左側から吹き込む雨はどうするのだろうか?
横殴りの雨の時は、雨に対しいつも右側を向けて走るのだろうか?
すると西から吹き込む雨の日は、オートリキシャは全部南へ向かって走ることになり、そちら方面にたくさんオートリキシャが溜まってしまうではないか。
元の場所に戻るには、東から吹き込む雨の日を待つしかない。とても不便な生活だ。
そういえばここコーチンは、バスコ・ダ・ガマゆかりの地なのである。
昔の船は帆船なので、貿易風にのってやって来て、風が変わる季節を待って帰って行ったのだ。
その伝統が、コーチンのオートリキシャに脈々と受け継がれているのであろうか。
すごすぎる・・・
そんな難しいことを考えているうちに、列車は目的の駅に到着した。
外はまだ雨模様である。
私はオートリキシャではないので、行き先を雨に任せるわけにはいかない。
しかたなく傘を買うことにした。
さすがに雨の多い土地であるらしく、そこら中で傘を売っている。
一軒の店に入り、傘を見せてもらうと、それは折りたたみのオートマチック傘だった。
ボタンを押せば、シャフトが伸び、傘が開くというものである。
これは便利だ。見習え、オートリキシャよ。
いろいろな傘を見せてもらい、一本の花柄の傘を買うことにした。
黒い傘ばかり見せられた後だったので、それが新鮮に見えたのだ。
外はまだ小雨が降っていた。
私はさっそく買った傘をさそうとしたのだが、あらためて冷静に周りを見渡せば、インド人は女性も含めてそんな花柄の傘なんかさしてるやつは一人もいない。
急に恥ずかしくなった私は、せっかく買った傘を隠すように小脇に抱え、雨の中をホテルへと急いだのであった。
これならブルーシートの方がましかもしれない・・・