【前回のあらすじ】
値段優先主義で選んだエア・インディアは2時間遅れの離陸となり、座った席は映画も見られない位置であり、さらに読書灯も点かないという状態であった。
そして唯一楽しみにしていたヒマラヤの雄姿も、出発遅れに起因する日没であえなく撃沈!
エア・インディアとチケットを手配した旅行社の担当者をうらみつつも、機は着実にインドに近づいて行ったのである。
出発が2時間遅れたので、到着もやはり2時間遅れてしまいました。
さすがにこの遅れを取り戻すのは、インドヨガの奥儀「空中浮遊術」を使っても無理なのであります。なんせ飛行機はもともと空を飛んでるわけですから。
飛行機がターミナルビルの前で停止するやいなや、私は席を立ち出口に向かいました。もはやビジネスクラス優先なんて掟は無視です、ムシ!
おかげさまでかなり早い位置で機外へと出られたのですが、なんと入国審査には長蛇の列ができているではありませんか。
かつては長時間待たされたインドの入国審査ではありますが、最近は並び方も「公衆便所方式」(あの一列に並んで、空いたところへ順番に収まるという方法ですね)になり、わりと短時間で通過することができるようになったというのに、今回はなぜかすごい人数の入国希望者がおり、その長い列がうねうねとインドニシキヘビのように蛇行しながら続いているのです。いつの間にか、インドの人気がブレークしたのでしょうか。
私もしかたなくインドニシキヘビの尻尾となり、やがては立派な蛇頭にならんことを心に誓い、辛抱強く順番を待ったのであります。
そして1時間後私は無事入国を許されたのですが、いつもなら自分の荷物が出て来るまでさんざん待たされるバゲッジクレームの、すでに動きを止めて久しいベルトコンベアーの脇に自分の荷物を発見し、「おー、今回は荷物の出を待たずに済んでラッキーだなあ!」などと、なるべくポジティブ・シンキングで自分を励ますのですが、すでに夜9時(日本時間0時半)を回り、疲れきった体はいまひとつ元気になれなかったのであります。
それでも迎えの車の後部座席に収まったときには、
「あー、あとはホテルでゆっくり休むだけだぞお」
と、すでにくつろぐ体勢になっていた私でした。
でも、インドはそんなに甘くないのです・・・
すでに夜もふけた道を、車は空港からデリー市内へと向かいます。
走り出してすぐ、ドライバーが私に「今夜宿泊のホテルは、予約していたホテルとは変りました」と言いました。
事前の現地エージェントからの連絡では、「新しくてきれいなホテル」ということだったのですが、ドライバーの話によれば「同等のホテル」への変更とのことでしたので、まあそれはそれでいいでしょう。
とにかく今日は早朝に起き、6千kmを超える長距離移動で疲れていますので、早く部屋でゆっくりしたいわけです。ホテルの違いなど、大した問題ではありません。
やがて車は目的のホテルに到着し、ドライバー氏とともにホテルのフロントに行きました。
ところがフロントでは、
「ようこそいらっしゃいました!」
の挨拶もなく、なにやらいやな雰囲気・・・
それもそのはず、ホテル側は満室の客を抱え、私の予約など受けていないというのです。
すぐにエージェントに電話を入れ、「どうなってんですかあ?」と聞いたのですが、答えは「確かに予約を入れたのですが、ホテル側が別の予約を入れてしまったらしいです」とのこと。しかしホテル側は「いや、予約は受けていない」の一点張りなのです。
もうこうなると大事なのは「いったい誰が悪いのだ?あん?」ということではなく、「今夜私はどこで寝たらよいのでしょうか?」ということになるわけでありますよ。
これは後で知ったことなのですが、この時デリーでは、なにやら大掛かりな展覧会のようなものを開催していて、インド各州の芸能・文化・物産などの展示のほか、諸外国からの参加などもあり、そのためにデリーは時ならぬ「観光ラッシュ」に沸いていたようなのであります。
なので、ホテルはどこも満室状態で、言わば「売り手市場」だったわけです。
さて、そんな状況説明や責任追及はどーでもいいのです。
まずは、一夜の宿を、いえ、この際、一夜の寝床を!確保しなければならないのです。
結局そのホテルの紹介で、「同じ系列のホテル」というところに部屋が取れました。
話によれば(まったくこればっかです)「すぐそこで、すごく新しいホテル」とのことです。
こんな風に「すぐそこ」なんて聞けば、日本的感覚では10m先の角を右に入った所くらいに思うのがフツーでありますが、私はすでにインドの達人補佐くらいの人物ですから、そんな表現には騙されません。この場合100mくらい離れていると考えるのが正しいのです。
車で移動したのですが、すでに軽く500mは走ったでしょうか、ゴミゴミした地域ですので、土地勘のない人なら「おいおい、いったいどこへ連れてくのだ!」と、パニック状態のひとつやふたつ引き起こすところですが、そこはインドの達人補佐である私ですから、だいたいの位置は分かります。
ただし、知っているからこそ湧いて来る不安というのもあるわけです。
「あっ・・・もしかしてこの辺は、この5月に爆弾テロがあった映画館に近い場所では・・・」
それでもやがて目指すホテルへ到着しました。
結局「ホテルはすぐそこ」という言葉は、日本的解釈ではウソでした。
でも具体的な表現ではないので、裁判所に訴え出ても負けるかもしれません。
ここは「無事に今夜の宿を確保できた」ということに免じて、許してあげることに致します。
さて、ではこのホテルのもうひとつの説明でありました「すごく新しいホテル」ということに関してはどうなのでしょうか。
先ほどの「すぐそこ」がこのざまですから、「すごく新しい」はどういうことになるのでしょうか?
もしかしたら「ちょーすっげぇー新しい!」くらいに変化するのでしょうか?今日オープンしたばかりとかね。
ホテルは、「ちょーウルトラすっげぇー新しいスーパー!」でした。
どういうことかと申しますと、まだオープンしてなかったのでございます。
もちろん一応客を受け入れるからには、完成している部屋もあるのですが、まだ工事中で、その時間(夜の10時ですよ、じゅーじ!)もガリガリゴンゴン工事をしてました。
まあものは考えようです。
薄汚いホテルが多い中、こんなにちょーウルトラすっげぇー新しいスーパー!な部屋に泊まれるというのは、とてもラッキーなことなのです。
ええ、ええ、そうですとも、間違いありません。私はシアワセものなのです。
とは言え、与えられた二階の部屋に上がる階段は、まだ手すりも完成しておらず、部屋の大理石張り(インドでは普通の仕様です)の床は土ぼこりでザラザラしており、バスルームのバスタブには防水工事用のシールドテープが貼られ、洗面台はまだバーコードシールが貼られたままでした。
当然タオルやマットといった、基本的なアメニティーグッズといったものの準備は整っておりませんから、部屋に入ってからいろいろ指示を出し、ようやくなんとかくつろげるだけの体制を整えられたのは、すでに11時を回ってからのことだったのであります。
そして時を同じくして、あちこちから聞こえていた工事の音も、ようやく止んだのであります。
まあ、ものは考えようです・・・
あまり早く準備が整っても、どうせ工事の音がうるさくてくつろげなかったわけで、こうして静かにくつろげるなんて、私はどこまでラッキーな男なんだろうね・・・ははっ・・・
こうして長い長い第一日目がようやく終わり私は眠りについたわけですが、先ほどまでの工事音が消えたホテルには他に泊り客とてなく、不気味な静けさが重苦しくのしかかり、私の悪夢を誘うのでありました。
そして寝静まった深い闇の中からは、インドの悪霊が、
ふふふ・・・本当の「悪夢」はこれからだぞ。
と、不吉な予告をしているのでありました。
はい、いかがでしたか、今回のお話。(あっ、淀川長冶風に読んで下さい)
まあかわいそうですねー、気の毒ですねー、おいたわしいですねー。
これからいったい、どんな悪夢、襲って来るんでしょう?
楽しみですねー、所詮他人の不幸ですねー、おもしろいですねー。
では、次回まで、さいなら、さいなら、さいなら・・・・