2001/07/11 水の都 カルカッタ
あーあめぇがぁー、ふぅーりまぁーぁすぅーあーあめがーふーるぅー
カルカッタは実に雨がよく降るところである。
ここカルカッタは、西ベンガル州の首都である。
「西ベンガル州」なのである。
地図を見て頂くと分かると思うが、「西」はあるが「東ベンガル州」は見当たらないであろう。
実は「東」はバングラディッシュにあたるのである。
毎年この時季には、バングラディッシュの洪水のニュースを耳にするのだが、一衣帯水の関係にある西ベンガル州で雨が降らない訳がないと言う事である。
雨雲には国境なんか関係ないのだ。
そんな事が分かっていてもやはり雨は困る。
なにしろコーチンで買った花柄の傘を差さなければならないのである。
しかしカルカッタの薄汚れた街に、私が一輪の傘の花を咲かせて歩くと、人々の心に潤いと生きる勇気を湧き上がらせる。
マザーテレサの再来と、もっぱらの噂である。
さすがにここではインド人も傘を差している。
骨の折れた傘も多く、街角には傘の修理屋もいる。
それほど傘が必需品なのであろう。
まあ、中には相変わらずビニール袋をかぶったとぼけたやつもいるのだが、それはそれでちゃんとフチを折り曲げてかぶっており、サンダーバードの帽子みたいでなかなかかっこいいのである。
このビニール袋の角は、当然前後に来なければならないのだが、どうかすると角が両脇にきてしまい、ねこちゃんのようになっているかわいいインド人のおじさんなどもいて、たいへん微笑ましい。
さて、雨が降っているからといってなにも行動せず、じっとお部屋の中で絵など描いているわけにもいかない。
そこで私は財布と相談し、車をチャーターすることにした。
もう一度言おう。自動車をまるごと一台独占的に使用するのである。
もちろん運転手付きである。
私のチャーターした・・・あー、なんていい響きなのだろう。
私のチャーターした車は、インド国産の名車「アンバサダー」である。
イギリスから製造ライセンスを受け、綿々と生産され続けてきた高級乗用車なのである。
これを私が、個人的、独占的にチャー・・・くどいのでよそう・・・
エアコン付きは高いので、エアコンなしのアンバサダーではあるが、ホテルまで迎えに来てもらうこととなったのである。
当日も朝から雨が降っていた。
しかし今日はアンバサダーである。これくらいの雨はへっちゃらなのだ。
フロントから「お車が参りました。くすくす」という電話があった。
「くすくす」と言うところは気になったが、私はすぐさま階下に降りて行った。
なにしろうれしくて2時間前には出動態勢が完了し、あとはアンバサダーの到着を待つばかりになっていたのだ。
外は先ほどまでの雨とは打って変わっての大雨であった。
私の門出を祝福しているようであった。
なんだこれくらいの雨!今日の私にはアンバサダーが付いているんだわさ!
ホテルの前には何台かのアンバサダーが停まっていた。
なにしろ超ロングセラーなので、町中アンバサダーだらけなのである。
どれが私のアンバサダーなのだろうか?
すると私の姿を見て、一台のアンバサダーがゆるゆると動き出した。
すごくぼろい・・・
色もなんだかチャイみたいな汚れたベージュである。
それでも水の溢れる歩道に横付けされたアンバサダーに乗り込んだ時にはうれしかった。
外はどしゃ降りの雨なのだが、私はこのアンバサダーのおかげで今日一日を快適に移動できるのである。車の色くらい贅沢を言ってはいけないのだ。
後部座席の中央にでーんと座り、「きっと昔は金持ちがこうやってアンバサダーにふんぞり返って乗ったんだろうなー」と思い、フロントガラスを見やると、そこにははがしきれずに残ったライオンズクラブのステッカーがあった。
本当に金持ちがふんぞり返って乗っていたアンバサダーの中古車らしい・・・
前が見えないほどの雨の中を、元ライオンズクラブのアンバサダーは走り出した。
本当に前が見づらい。
運転手が手でフロントガラスを拭いている。曇り止めのデフレクターが付いていないようだ。
きゅっきゅっと拭かれたガラスは曇りも取れて、ガラスに当る雨の粒がよく見えるようになった。
車はスピードを増し、車で溢れる大通りに出ようとしている。
どしゃ降りの雨はワイパーなどまったく無いのも同然に視界を遮る・・・
無いのも同然・・・?
無いのである。
二本とも無いのである。
ワイパーが二本ともそっくり無いのである。
ただ、かつてライオンズクラブだった頃にはワイパーが取り付けてあったのであろうと思われる場所に、ななめ上方に向かい短い金具が突き出ているのみであった。
それを指摘された運転手は、自分の足元に置いてあったワイパーを取り出し、照れくさそうに私に見せるのであった。
なぜ雨季の前に修理しておかないのだ・・・
今まで幾多の困難を乗り越えてきたインド人は、こんな逆境にもなんのその。モザイク模様の前方を凝視しながら、事故も起さず混雑した道路を進んで行くのである。
きっとこのインド人にはモザイクなんか意味がないのであろう。全部見えてしまうのである。
それはそうと、さっきから気になっているのが、運転席の横の窓に垂らした赤い布である。
前方もよく見えないのに、これでは横もよく見えないであろう。
しかも雨がこんなに降っているのに、窓を全開にしたままである。おかげで私は中央にでーんと座っていたのを、吹き込む雨を避けるために助手席側で小さくなって座らなければならなくなっているのだ。
運転手は信号待ちで停車した際に、ガラスの上部を両手でつまみ、一生懸命持ち上げ始めた。
どうやら一旦開けるとハンドル操作では閉まらないらしい。
運転手は雨に濡れたガラスを悪戦苦闘の末に引き上げることに成功し、ようやく本来車の持っている雨よけの最低限の機能を取り戻した。
こうして私のアンバサダーは、ハンディキャップを抱えながらも一路東へと突き進んでいったのである。
しかし東の空には更なる雨雲が待ち構えており、「来るなら来い!エアコンの無い車内に缶詰にしてやる!」と、意地悪そうに睨むのである。