バンコクから乗り込んでくる乗客の大半はインド人です。
例によってたくさんの手荷物を持ったインド人たちが、ぞろぞろ入ってきて空席を埋めて行きます。
なにしろ「荷だくさん」のインド人が大量に乗ってきたわけですから、全部の荷物が棚に収まるわけがありません。
自分の頭上の棚をあきらめて、他の棚まで出張するインド人で通路は混乱を極めます。それはあたかもインドの雑踏を再現した「リトル・インディア」のようです。
やがて不思議なことに、あれだけあった荷物もどこに収まったのやらきれいに消え、インド人たちも席に着き始めました。
そしてあなたの横にもインド人が座りました。
インド人は靴が嫌いなのか、すぐに靴を脱ぎます。その辺は日本人とよく似ています。
さらに日本人と似ているのは、椅子の上にあぐらをかいて座ることが好きだということです。それは飛行機の中でも例外ではありません。
ところがヨガで鍛えたインド人も、さすがに狭いエコノミークラスの席ではあぐらをかくことはできず、しかたなく片足だけ反対側の足の太ももに乗せます。しかもあなたの方に足の裏を向けてです。
自分の領域である「席のはば」を越え、あなたの領域を侵犯した足のつま先は、今にもあなたのひざにくっつきそうな感じでリズミカルに揺れたりなんかしています。たまに足首をぐるんぐるん回したりもしています。それはとても横柄な態度に感じられます。さて、どうしたものでしょうか。
そうこうしているうちに、インド人を満載したエアインディアは、1時間半のバンコク滞在を終え大空高く飛び立ちました。あとはインドへまっしぐらです。
再び水平飛行に入った機内では、乗務員の「やっつけ仕事」飲み物のサービスが始まり、次いで食事が配られます。
通常あまりお酒など飲まないかに見えるインド人なのですが、こういう時にはがんがん飲みます。
それでなくてもテンションの高いインド人なのに、お酒が入るともうそれはそれはすごい盛り上がりようになります。
特に団体でタイ旅行に行ったと思われる人たちなどは、座席がばらばらに座らされているハンデを乗り越え、大声で縦横に会話を飛び交わしています。
するとその中のひとりが突然立ち上がり、スチュワーデスに向かって大声で何事か叫びはじめました。
どうやら何かサービスに不満があるようです。
一応最低限のサービスをしているエアインディアに、何の不満があるというのでしょう。だいたい言っても無駄だと思うのですが。
そのインド人が、彼の要求らしきものを手振りを織り交ぜながらとうとうと演説し始めると、あちこちの席から賛同の叫びが上がり、彼の演説の声はさらにさらに盛り上がって来ました。
ところがスチュワーデスも負けじと、「大声で叫ぶんじゃない!」と叫び返しています。
なにしろ天下のエアインディアのスチュワーデスなのです。なめてはいけません。
そのうち気流が悪くなったのか機体がやけに揺れ始めました。
シートベルトの着用サインが点くと、あれだけ騒いでいたインド人たちもおとなしく席に着き、カチャッ、カチャッとシートベルトを締め、今度は揺れるたびに「オー!」とか「ホー!」とか叫び出しました。遊園地じゃないんですからやめてもらいたいものです。
あっ!子供が青い顔をして通路を急ぎ足で移動して来ます。
どうやらこの揺れで気持ちが悪くなってしまったようです。
しかし飛行機はまだかなり揺れています。この状態で席から離れるのは危険です。
おっ!スチュワーデスが子供を制止しました。自分の席に戻れと叫んでいます。とても怖い顔です。
子供は悲しそうな顔をしてすごすごと引き返しました。
あ~ぁ・・・スチュワーデスはその子供を席に戻しましたが、今度はその子供が戻してしまいました。
えっ?何を戻したかって?そんなのはっきり書けません。私だってこの揺れで少し気持ちが悪く、決して他人事じゃないのです。あまりそのことを深く考えていると余計に気持ち悪くなってしまうじゃないですか。なにしろ私の胃の中には、あの子供のと同じ「材料」が入っているのですから。
そんな状態で、通称「エチケット袋」の使用も間に合わず、床に戻してしまった子供を、「エチケット違反」と誰が非難できるでしょうか。彼は危険を冒してトイレに駆け込もうとしたのです。いわば私たち「気持ち悪くなりかけている乗客」の代表者、ヒーローじゃないですか。
とは言ったものの、もう戻してしまったのでは仕方ありません。その子供の親は、小さなヒーローが汚してしまった床を隠ぺいするために、その上に毛布をかぶせてしまいました。もちろんエアインディアの機内用の毛布です。ちょっと次に使う人がかわいそうな気もします。
さて、気が付けば飛行機はすでにバングラディッシュの上空を越えたようです。
眼下に広がるのはインド亜大陸です。
もうすぐあなたはインドの大地を踏むわけですが、あなたは自分でも気が付かないうちに、もうすでに機内で「インド」に深く入り込んでいたのです。
何も恐れることなどありません。インドと言ったって、今あなたの周りで騒いでいるような人たちが10億人住んでいるというだけですから・・・
さあ、疲れている余裕はありません。いよいよインドの本陣に突入です!
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6回にわたり書いてきました、「インド初めの一歩」はようやくこれでおしまいです。
どうです。ただ飛行機に乗ればインドに行かれると思っていた人、驚いたでしょう。
別に私がネタの引き延ばしを図って6回に分けたわけではありません。むしろまだ書き足りないほどなのです。
インドの空港に着いてからの「インド次の一歩」は、また別の機会に書こうと思います。
あまり続けてこんなのばかり書いていると、ホテルのチェックインの話あたりで私の寿命が尽きそうです。
次回からは再びインド及びインド人に関する話題に戻り、「インド地獄の身の処し方」や、前回登場した「澤井君のその後」などを書いていきたいと思います。