ここはムンバイ・チャーチゲート駅です。
ここで私はちょっと恐ろしい目に遭ってしまいました。
ムンバイ・セントラル駅から近郊列車で意気揚々とここに到着した私は、すぐにこの体重計を発見し、計量の前にまず体重計の写真を撮っておこうと、何気なくカメラを向けてシャッターを切ったのですが、その瞬間、「おいこら!写真を撮るな!」
という大きな声が私に浴びせられたのです。
ギクッとして声のする方を見ましたら、そこには怖い顔をした4、5人の警察官が私を睨みつけて立っているではありませんか。
実はインドには撮影禁止場所がいくつかあり、軍事施設や橋などと並んで鉄道施設もその対象のひとつになっているのです。
私はそのことを知っていましたので、駅構内や列車内での撮影には常に細心の注意を払い、カメラの設定に関してもフラッシュの発光停止はもちろん、シャッター音を始めとするありとあらゆる音量をオフにしていたほどなのです。
しかし今まで行った駅や乗った列車では、外国人観光客だけでなくインド人でも平気でパシャパシャ撮影しているのを見て来ていたので、つい気持ちが緩んでしまっていたのです。
まあこれは心構えがどうこういう問題ではなく、国の決めた禁止事項ですから本来守らなければならないことなわけです。しかもここムンバイは、2008年11月の同時多発テロで鉄道駅も攻撃を受け多数の死傷者が出ていることもあり、なおさら神経をとがらせ警戒も厳重になっているのであります。
なので少なくともこの一件で私が警察官詰め所に連行され、カメラのメモリーを消去もしくは押収されてしまっても文句は言えないのです。しかも私はこの前にも駅のホームや電車の写真などを撮ってしまっていたので、そんな画像を見られたらスパイ容疑で逮捕という事態だってあるかもしれないのです。
私は一瞬にして尻の穴が縮こまり、「コレハマズイコトニナッタゾ・・・」と思いながらもなんとかこの場を切り抜けようと、「えーと、この機械をね、これが好きなんでね、私ね、だからこれのね、写真をね・・・」などとしどろもどろになりながらもあくまでも純真無垢な一体重計ファンを演じながら、努めて平静を装ってみたのですが、警官の中でも一番偉そうな人が、「とにかく駅構内は撮影が禁止なんだ」と言いながら、今にも私の手からカメラを取り上げようとする気配がむんむんなのであります。
「うわあ~、参ったなあ~、このままでは今まで撮った写真がすべてパアで、下手すりゃしばらく身柄拘留なんて可能性もあるぞ・・・とほほ」
と、半ば観念しつつも元来あきらめの悪い性格なのか、とにかくやるだけやってみようと思った私は、警官には一応「どうもすみません」と一言謝り、さも「そんなことより体重測定、体重測定。これがこの世で一番重要なことなのよね」といった雰囲気を全身から発しながら、まずこの右側の体重計に乗って1ルピーコインを投入したのです。
するとどうしたことか(まあウダイプールでも体験済みなのですが)、体重計は私の1ルピーを飲み込んだままピクリとも動きません。
いつもならこうなると即座に逆上して、なろー!と機械にすごんで見せたりする私なのですが、この時はちょっと違いました。逆にこれはチャンスだ!これで勝機が見えて来たぞ、と思ったのです。つまりこの不運で警官の同情を引こうという作戦なのです。
私はちょっと大げさに「あれ?」という顔をして見せ、本来ならカードがポトリと落ちて来る取り出し口に指を入れてみたり、コインの返却ボタンを押してみたりしながら、何度も首をかしげて見せました。
そんな私の動作をしばらく見ていた警官たちでしたが、ついに見るに見かねて私の代わりに返却ボタンをガチャガチャ押したり、機械を軽く叩いたりし始めました。
そして「こっちでもう一度やってみろ」と、左側の体重計を指さしたのです。
こうなりゃもうしめたものです。警官たちもだいぶ「この外国人にちゃんと体重を量らせてあげたい」と思って来たはずなのです。
私はまだ先ほどの1ルピーに未練があるような風を装いながらも左側の体重計に乗り直し、今度は祈るような気持ちでもう1度コインを投入しました。なにしろ私の計算では、今度は機械がちゃんと動いてくれ、そのカードを手にした私の喜びを見せることで、警官たちにも達成感を味わってもらわなければならないのです。つまり私と警官たちは、一度目の失敗、二度目の成功という体験を共有することで確固とした連帯感が築かれ、おれたちはこの困難を一緒に乗り越えた仲間じゃないか!卒業してもずっと友達でいような!という関係になり、笑顔でそれぞれの道に進んで行くことができるというものなのです。
そんな私の願いが通じたのか、はたして機械は投入したコインに反応して所定の動作をし、体重計の刻印されたカードをぽとりと落として来ました。
その後はほぼ私の想像通りでした。
私は本当に嬉しそうな顔をして警官たちに体重計のカードを見せると、警官たちも思わず顔をほころばせたのであります。やっぱり同じ血の通った人間だものね。
ただ初めに警告を発して来た警官だけは、まだ釈然としない顔をしていましたので、私はなおも満足そうな顔で手元のカードを眺め続け、「私は本当にこの体重計が大好きなんですよお」という演技を続けなければならなかったのであります。
とまあ、そんなやり取りがあってようやく無罪放免になった私なのですが、その時の「命のカード」がこれです。
ほら、この一件で私はさらに体重を1kg落としてしまって68kgになってしまいました。
なお、ここで体重計の管理会社が変わったようで、今までのNORTHERN SCALE CO.からEASTERN SCALESになり、カードのデザインも映画スターシリーズではなくなってしまいました。
せっかくインド映画の一大制作地であるムンバイだというのに、ちょっとがっかりなのであります。
あっ、もしかしたら映画産業のおひざ元だけに、肖像権に配慮してのことかな。
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