フォート・コーチンから船が離れても、私の心はまだもやもやしていました。そのもやもやというのは、桟橋の位置が変わって・・・じゃありません。そんなことはもうどうでもいいのです。なんだったら次に来る時にまた変わっていたっていいくらいです。いえ、むしろ変えちゃって下さい。
そうじゃなくて、私のもやもやと言うのは「待ち人来たらず」というものなのです。
私は今回再びインドをぐるっと回るに際して、9年前の足跡をたどりその間の変化を見る、なんて建前を掲げながら、その実思い出探訪みたいな気持ちでいたのです。
で、その中でも最大の楽しみであり、あの青春の日よもう一度!みたいな気持ちで心から再会を願っていたのが、かつてフォート・コーチンで出会った「シューマッハ」と名乗るオートリキシャのドライバーだったのです。
その出会いの話はこのブログのここらあたりにも詳しく書いてありますのでそれをご参照頂き、また当時現地のネットカフェから発信していたこんなものにもやや大げさに書いてありますのでよかったら話半分に修正してお読み頂くとして、ここでは割愛致します。
とにかくかなりの期待を持ってフォート・コーチンに乗り込んだ私だったのですが、特に何か事前に準備をしていたわけでもなく、まあ出会いの場所であるチャイニーズ・フィッシング・ネットの所に行けばバッタリ出会うだろうくらいに思っていたのです。そもそも偶然出会った相手ですので、今回も偶然に出会うというのが感動を呼ぶというものなのです。
私の頭の中にはこんなシーンが出来上がっていました。
***** 以下妄想 *****
チャイニーズ・フィッシング・ネットの前を私が何気なく歩いていると、向こうから一台のオートリキシャが近づいて来ました。
オートリキシャのドライバーは私をただの観光客だと思いカモにしようと思って近づいて来たのですが、それが「私」だとわかると、少し戸惑うようにしながらオートリキシャを停めました。
そう、シューマッハもまさか9年前のあの男がこんなところを歩いているとは思わなかったのです。
驚くシューマッハに、私は一言「よっ!」とだけ言いました。
それはまるで昨日別れたばかりのような軽い挨拶でした。
そしてシューマッハも余計なことはなにも言わず、「さあ、早く乗りな」とだけ言うのです。
私とシューマッハの友情は、長い年月を経てもなんら変わることがないのです。
***** 以上妄想 *****
ところがチャイニーズ・フィッシング・ネットの前にシューマッハはいませんでした。
そこで私は、不本意ながらその辺にたむろしているオートリキシャのドライバーに尋ねてみることにしたのです。同業者ならシューマッハのことを知っているに違いありません。
案の定彼らはシューマッハのことを知っていましたが、彼は今別の地域でドライバーをしているとのことでした。
あのバカ、それじゃあ感動の再会なんて望めないじゃあないか。
オートリキシャのドライバーたちは、シューマッハに連絡してみると言ってくれましたので、私はそれに一縷の望みを賭けることにしたのでありました。
結果から言うと、滞在中(たった2泊でしたが)にシューマッハが私の前に現れることはありませんでした。
で、私はと言えば、どこを歩いていても突然シューマッハが声を掛けて来るのではないかと期待してしまったり、なにを見ていても視界の端っこにシューマッハのマシン(彼は自分のオートリキシャをそう呼ぶのです)を探していたり、なにを食べてもシューマッハの味を・・・いえいえいえいえ、それはないです、そんな危険な関係では決してないのですが、とにかくフォート・コーチンにいる間、常に彼の影を探していたのは事実なのでありました。
とまあ、それが私のもやもやの原因なわけだったのですが、それでもいよいよ船がエルナクラムに到着し、コーチンを離れるバスに乗ってしまえば、もう諦めるしかありません。
だいたい過去の楽しい思い出を再現しようと、同じ場所で同じ事をしたって過去は決して戻らないわけで、ただ虚しさだけが残るだけなのです。それはさだまさしの「縁切寺」をよく聴いているので私もわかっているのです。
ということで、今回のインドの旅ではもう二度と過去を振り返ることはやめよう!と、今さらながら誓った私だったのであります。
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