みなさんは落語の「時そば」というのをご存知でしょうか。
ちょっと簡単にご説明させて頂きますと・・・
その昔、屋台のそば屋でそばを喰った男が、そばの代金十六文を一文銭で払います。
なんせ銭がこまかいですから、間違えないように声に出して数えながら渡して行きます。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ」
そこまで数えるとその男はそば屋に時刻を聞きます。
「今、なんどきだい?」
そば屋は答えます。
「へえ、ここのつです」
「とお、じゅういち、じゅうに・・・・・・はい、じゅうろくもんっと」
男はまんまと9枚目の一文銭を抜いて数え、そのまま帰ってしまうというお話。
これはまあ落語の中のお話ですが、お金に関してはインドでは気が抜けません。
まずは空港内の銀行での両替からしてそうです。
計算よりも少なく渡してくることがあるのです。
この時、その場を一旦離れてから金額を確認し、間違いに気付いてクレームを付けに行っても取り合ってもらえません。
必ず受け取ったその時に、相手が見ている目の前で数えなければなりません。
後に人が並んでいようが、相手が不愉快そうな顔をしようが、そんなことにかまっていてはいけないのです。
一枚一枚お札を繰りながら数えましょう。
そしてその結果、10ルピー札が一枚少ないことが確認されたりすると、相手は憮然とした表情で10ルピー札を投げてよこしたりします。
この場合一番確実な確認方法は、最近日本でよく見かけるお釣りの返し方のように、相手の目の前にお札を突き出して、「まずは100ルピー札から、いち、にい、さん・・・」と大きな声で数えることかもしれません。
買い物などをして、お釣りをもらうときも要注意です。
こちらがお金を渡すと、なんだかんだと話しかけてきて、お釣りのことを忘れさせようとします。
それは小さな商店だけの話ではなく、駅の切符売り場や郵便局などでもそうなのです。
とある駅の切符予約センターで、わりと地位の高そうなおばさんが対応してくれたときのことです。
普段はおそらくふんぞり返っていそうなそのおばさんが、すごく親切に接してくれ、チケットの見方の説明などを懇切丁寧にしてくれました。
でも私はそのおばさんの親切な説明も上の空で聞いていました。
なぜなら、そのおばさんは20ルピーのお釣りをまだ返してくれていなかったからです。
そしておばさんは長い説明を笑顔で締めくくると、「それではOKですね?」と言ったのです。
ぜんぜんOKじゃありません。20ルピー返して下さい。
怒り出すとすごく怖そうなおばさんの、せっかくの笑顔を崩させるのはちょっとためらったのですが、意を決して言いました。
「20ルピーのお釣りを下さい」
するとどうでしょう。さっきまで饒舌に話していた口が堅く閉じ、引き出しから不愉快そうに20ルピーを出して返してくれました。
私はあの時、20ルピーでそのおばさんの笑顔を買っておけばよかったのでしょうか?
そうすればあの日一日そのおばさんは機嫌よく過ごせ、おそらくおばさんのご亭主も平穏な夕餉を取ることができたかもしれません。
さらに気をつけなければならないことに、お金の「単位」があります。
タクシーやオートリキシャに乗るときの料金交渉は、数字だけで決めてはいけません。
「50」と言われて50ルピーだと思ったら、降りる時に「50ドル!」と言われることだってあるのです。
ですから料金交渉の時には必ずはっきりと、数字の後に「ルピー」「ルピー」と、ばかの一つ覚えのように繰り返しましょう。ルピールピー。
その他にも、勘定書きをよくチェックしたり、お金を先に払うときは必ず領収書や受取のサインをもらっておいたりと、細心の注意で臨まなければならないのです。
ここに書いた話は日本人の感覚からすればどれも少額であり、「詐欺」なんて大げさに言うほどのものではないかもしれません。
しかし彼らインドの一般庶民にしてみたら、決して少なくない額なのです。
彼らも一生懸命にあの手この手を繰り出して来るのですから、私たちだって本気で臨まなければ、彼らに対して失礼というものです。
日本では「大して価値のない」という意味で「二束三文」なんて言葉を使います。
インドには「2セット3ルピー」という言葉があるかどうかは知りませんが、私たちも先人の知恵「時そば」を教訓に、一文でも大切にして行こうじゃありませんか。ルピールピー。