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先住民たちの眠る場所:ジャグダルプル郊外

         
  • 公開日:2011年4月6日
  • 最終更新日:2022年6月3日

インドの人口の8割を占めるヒンドゥー教徒は基本的にお墓を持ちませんが、元来アニミズム信仰(精霊信仰)であるこの地方の先住民たちはお墓を造ります。

郊外の道を車で走っていると、時折林を切り開いた場所や荒野にぽつんとある木陰に彼らのお墓を見ることがあります。お墓は家の形を模したものが多いようですが、某ガイドブックには、車を持つことが夢だった老人の、車に似せたお墓の話が紹介されていますので、特にこれといった決まりはなく、予算の許す限りで故人の喜びそうな形にするのかもしれません。私はジャグダルプル滞在中、二度お葬式(正確にはそれに参列する人の列)に出会いました。

一度目はコンダガオンからジャグダルプルに帰る途中で出会った、道をこちらに向かって走って来るおびただしい数のオートバイでした。
私は一瞬暴走族かなにかかと思ってしまいましたが、それはお葬式に参列する人たちだということで、良く見ればオートバイ以外にも自転車や徒歩の人たちが、次々と同じ小道に入って行くのが見えました。

二度目はチトラコートの滝に行く途中で、おそらくは普段よりいい服を着ているのであろうたくさんの人たちがぞろぞろ歩いており、その先の道端では何人かの人がのんびり焚火などをしておりました。
その時は「この暑いのに焚火なんかして大変だなあ」くらいにしか思っていなかったのですが、帰りに同じ道を通った時道端にお墓があるのが目に入り、次にそのすぐ脇の地面が黒く焼け焦げているのが見えました。
私はそこでようやく、もしかしたらあの焚火は遺体を焼くためのものだったのかも、ということに思い至ったのです。

ヴァラナシ(ベナレス)では毎日たくさんの遺体が焼かれているということは日本でもよく知られており(私も実際に見たことがあります)、インドは日本に比べて人の死が身近に感じる国だとは認識しているつもりでしたが、まさかこんな道端で(しかもおそらく自分たちの手で)荼毘に付すとは思ってもおらず、その想像以上の身近さにあらためて驚かされたのでありました。

しかし考えてみれば日本でも家のすぐそばにお墓があることなど特に珍しくもなく、私の父の郷里でも家から見下ろすなだらかな畑の中の小さな墓地に埋葬されたりしますし、さらにわりと最近(といっても実際に私が知っているのは十数年前)まで土葬が行われており、その埋葬はすべて近所の住人たちの手によって行われる(もちろん僧侶はいますが)というものでした。

とまあ、ほんのちょっとすれ違っただけのお葬式(へ向かう列)ではあったのですが、インドの他の地域で見るものよりなんだか身近に感じたものですから、ちょこっとご紹介させて頂いたというわけです。

私たち日本人もかつては自然の中に神を見て来た民族ですので、アニミズム信仰のインド先住民の人たちとは、どこか共通する感性があるのかもしれません。

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