鍾乳洞の次は滝でした。
ここは最初に山道の途中から見たあの滝で、ティーラトガルの滝といいます。雨季には水量が増えてすごく迫力がありますが、今は水が少ない季節なので・・・
と言うが早いかパテルは先に立ってどんどん行ってしまいます。おいこら!パテル!
まだ写真を撮ってないんだから、先に行くなばか!
ほらあ~、お前が入っちゃっただろ~だいたい観光客というのは写真を撮りたがるものなのだ。
だから良いガイドというのはその辺をちゃぁ~んと心得ていて、自分がフレームに入らないようにすることはもちろん、時には絶好の撮影ポイントを教えたりもするのだぞ。
まああまり「はい!ここに立って写真を撮って下さぁ~い!あっ、だめだめそこじゃ。こっちこっち!ここからこお~んな感じで!」などと立ち位置からアングルまで指示して来るようなガイドも困りものなのだが、パテル!お前はちょっと気が回らな過ぎだぞ!
しかしそんなことをここで言うのも面倒ですし、パテルの前に行けばやつが写り込む心配もないということで、私はパテルを追い抜いてどんどん先に行くことにしました。
するとパテルは今度はガイドの仕事そっちのけで、携帯電話を取り出して誰かと話し始めました。
その一部始終は後から来るMくんが目撃し、こうして証拠写真も撮ってあるので言い逃れはできないのです。パテルを追い抜いたおかげで視界が開け、滝の全貌がよく見えました。なるほど、今でも結構水は落ちていますが、雨季ならこの石のむき出しになったところ全部が滝になるのかな?
しかしガイドのパテルは電話で誰ぞと話しながら後からぶらぶら歩いて来るので、それを確かめようにも確かめられないのです。日本とは違いインドは安全基準があまりうるさくないというか、あくまでも危機管理は各自に任せているというか、とにかくこの滝でも滝壺やその周辺を誰でも自由に歩くことができます。
しかし実はこの場所は、滝全体からしたらまだ途中の踊り場的位置づけのところで、滝壺に落ちた水は再び岩の上を流れ、さらにこの下の崖へと落ち込んでいるのです。それにこの岩肌は石が幾層にも積み重なったような構造のため、シロウトの目にもいかにももろく崩れ落ちそうに思われ、実際階段の降り口に立っていた看板にも「岩がもろい」とか「急な落石に注意」とかそういうことが書いてあったようなのです。まあパテルがどんどん行ってしまったのでちゃんと読めなかったのですが・・・つまりここは常に落石や転落事故が予想される場所という事であり、ガイドとしてはまずそういう諸注意をしっかり与えるとか、常にそばに着いていて、危険そうな箇所に近づかないよう目を光らせるとか、そういうことが必要だと思うのですよ。いくら自己責任とは言ってもです。私が死んじゃったら困るでしょ?ガイド料もらえなくなっちゃうから。
なのに振り返ってパテルを見れば、やつはまだ携帯電話でなにやらお話の真っ最中です。
そして私と目が合うと、通話をしながら空いた手で、辺り一帯をゆっくり指し示し、「どうです、素晴らしいでしょ!」みたいなポーズをするのです。
この辺で私の堪忍袋の緒はかなり危険な状態になって来ました。
そんな怒りのパワーに任せて、私は先ほどの階段を足早に登り、この滝の一番上、つまり川が落ち込んでいる場所に行ってみました。
もうガイドなんてあてにせず、自分でどんどん行ってしまうのです!さすがに上から見ると滝は高く、高所恐怖症の私はとても滝の際まで行くことができませんでした。
そこで目を転じ、この水が流れて来る方を見てみることにしました。
滝に流れ込んでいる川は思いのほか穏やかでした。川の浅瀬では若者がバイクを洗っています。
これが雨季になると大量の水を運んで来る川になるとは、にわかには信じられないゆるやかな流れです。
そんなのんびりとした風景を眺めていると、私もようやく穏やかな気持ちになって来た・・・・
ところへパテルの登場です。
さすがにパテルはもう電話はしていませんでしたが、いっちょ前のガイド面で近づいて来ると、「滝はどうでしたか?」なんて言うものですから、私はそれには答えず、「この滝の高さは?」と質問してみました。そもそも滝の高さなどというのは滝見物においては基本的な情報であり、こちらが聞かなくてもガイドがしょっぱなに教えてくれてしかるべきものであり、それをしなかったということは、おそらくパテルはこんな初歩的なことも知らないはずなのです。
案の定パテルは一瞬とまどいの表情を見せ、私は「おし!これでこいつをとっちめる切っ掛けができたぞ!」と、まるで何かの証拠をつかんだ野党議員のように一挙に攻勢を強めようと身構えたのであります。
ところがパテルはバイクを洗っている青年の所に行き、戻って来ると「150mです」と答えました。
うぬぬぬぬ・・・おのれパテル、それはあのバイクのあんちゃんの知識ではないか・・・ガイドならこんな基本情報はバイクのあんちゃんやヤフー知恵袋に聞かなくても答えられなくちゃいけないんじゃないのか?ん?
パテルはその場をうまくしのいだように思ったようでしたが、野党議員の追及はそんなもんじゃないのです。
私は次に、「この滝の水は一分間にどのくらい落ちる?」と少し難易度の高い質問をしてみました。これはもう京大クラスの問題なので、そう簡単には答えられないでしょう。
やはりパテルは答えに窮し、正直に「わかりません・・・」と弱々しく答えました。
その答えを聞いた時の私の顔は、おそらく悪魔のようないやらしい表情を浮かべていたことでしょう。
しかし私はこの地に、「工芸品の制作過程をつぶさに見る」ということを第一目的としてはるばる日本からやって来ましたので、そういう専門的な知識のあるガイドが必要だったのです。
それがこんな初歩的な観光ガイドもできないような男が、鉄の鋳造や鍛造技術のことがわかるとは思えません。そんな私の不満をパテルも少しは感じ始めたようで、急に「ほら、あそこの木の赤い実は『レダル』と言います」とか、「あのトカゲは『ギルギット』と言います」などと、自分の持ちうる知識を総動員して積極的に教えてくれるようになったのですが、すでにかなりの不信感を抱いてしまった私は、「ああ、さっきお前が石を投げつけてたやつね・・・」などと、実に気の無い返事をするだけなのでした。さらにパテルは、「あの二匹のトカゲはメスで、今オスを賭けて争っているところです」と、ちょっと突っ込んだ情報などを盛り込んだりして私の気を引こうとするのですが、見れば争っているのは色の鮮やかなトカゲで、おそらくパテルの情報はオスとメスが逆なんじゃない?と突っ込みたくなりましたが、私はもうそんな気力も失せ始めていたのであります。
滝の上の駐車場には小さな売店があり、そこで一服することになりました。
階段の上り下りで喉が渇いていたようで、あまり冷えていないジュースもおいしく感じました。
と、ジュースをごくごく飲んでいると、ちょっとお腹が痛くなって来てしまいました・・・なにしろ昨日はかなりひどい下痢をしていたのです。
そこでパテルに「トイレはどこだ?」と尋ねたところ、パテルはその場に立ったままぐるりと周りを見渡すと、たった一言「ありません」と答えました。
あ、の、なあ・・・パテル、見渡して見ただけの判断なら私にもできるのだよ。
ガイドならなあ・・・トイレの場所くらい覚えておけよな・・・うう、いたた・・・
堪忍袋に代わって今度は別の袋の緒が切れそうな状態になってしまいましたが、とにかくこの後先住民族がやっている市に行くというので、なんとかそこまで我慢しようと、先ほどまでの怒りはどこへやら、おとなしく車に乗り込む私だったのであります。
パテルのせいで思わぬ長文になりましたことお詫び申し上げます。
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