「うちに来い」とそのじいさんは唐突に言った。
確かに私はその時、すでに数件の宿に断られ途方に暮れていた。
バスに乗り合わせた親切なジュナーガルの人から、「泊まるなら絶対にあのホテル!」と強く奨められたホテルを皮切りに、こちらがちょっと躊躇してしまうような宿にまで断られてしまい、目先を変えて裏通りに入ってみたものの、そこにはただ広々とした貯水池があるだけで宿らしきものなど何もなく、再び大通りに戻ったところでそのじいさんとすれ違ったのである。すれ違いざまに目があったので「ハロー」とあいさつして通り過ぎたのだが、なにげなく振り返るとじいさんが立ち止まっていて、こちらを見て「うちに来い」と言ったのであった。
もしかしたら私の顔に「宿なし」と出ていたのかもしれないが、とにかくこちらの現状など何一つ知らない見ず知らずの他人から、「うちに来い」と声を掛けられたわけである。なんとも不思議である。まあまさかほんの3秒前に出会ったばかりの人の家に、そう簡単に上がり込んだりはできないだろうが、私はその一言でぐっと気持ちが楽になった。
もしこのままどこの宿にも入れなかったら、そのじいさんの家でなくとも、頼み込めば誰かしら泊めてくれるのではないかと思えて来たのである。
なにしろバスに乗り合わせた人を始めとして、ジュナーガルの人たちはとにかく親切なのである。
だからそのじいさんの一言は、ジュナーガル市民を代表しての言葉のように思え、おそらく路頭に迷う外国人旅行者を放っておくことなどしないだろうと確信したのであった。
そうなると俄然やる気が出て来た。
やるだけやってダメなら、その時は第二、第三の「じいさん」を探し、そのご厚意にすがればいいではないか。
とにかくまずは宿探しに全力を尽くすのである。
私はじいさんにひとこと礼を言うと、あの立地じゃ絶対空き部屋などないだろうなあと、勝手に決めつけ諦めていたバスターミナル正面にそびえ立つ派手なホテルを目指し、足取りも軽く大通りを横切って行ったのあった。
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