2016年グジャラート再訪・第38回 / 聖地ドワルカ、朝の寺院

ドワルカのガートのすぐ後ろには大きなヒンドゥー寺院がある。
寺院の名前は「Dwarkadhish Temple」である。発音は「ドワルカディーシュ」であろうか、でも自信がないので以後ドワルカ寺院と呼ばせていただく。

ガートでご来光を拝んだ信者たちが次に向かうのはこのドワルカ寺院である。
ガートからは両側に土産物屋の並んだ石段を登って行けばそのまま寺院に入ることができる。しかしこちら側は裏門といった位置づけとなる。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

寺院の南側は門前市となっていてにぎやかである。

では正門のある寺院の北側に回り込んでみよう。

すると、おお、さすがにこちらの方が人が多い。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院Dwarkadhish Temple

さすが正門は人の数が違う。

寺院の本堂は高さが50m以上もあるとのことで、近くに寄ると大きすぎてその全貌がよくわからないほどである。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

見上げるばかりの大きな寺院である。

なので寺院の全貌を眺めたい場合は、ガートの反対岸に渡り、そこから眺めるのがいい。
なお、この画像は2013年のもので、時刻は夕方だったので左側から日が当たっている。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

寺院は河の対岸から見るのがいい。

河には対岸に渡る橋が架けられている。
この橋は2016年に開通した(つまりこの時はわりと出来立て)らしいが、いつでも渡れるというわけではなく、通行できる時間が決められておりしかも有料である。
でもこの河は海の潮が引く時間になると歩いても渡れる。(季節や天候にもよるだろうけど)実際3年前は歩いて渡った。
もっとも完全に水がなくなるわけではなく、ひざ下くらいまでは濡れることになるが、その代わりタダで渡れるので文句を言ってはいけない。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

インドの建築業界もずいぶんスピードアップしたものである。3年前は工事の気配すらなかったのにもう立派に完成している。

さて、正門の方に戻るが、門の前には神様に捧げる花輪を売る人がたくさんいる。そしてそれは買う人もたくさんいるということである。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

寺院の入り口には神様に捧げる花輪売りがたくさんいる。

寺院の入場は無料であるが、寺院内は土足禁止となっており履物を脱いで裸足で入らなければならない。
なおドワルカ寺院は開門時間が決められており、月曜から木曜日と土曜日は8時~12時、16時~20時の二回、日曜日は8時~14時の一回、金曜日は休みとなっている。

注:6時~13時、17時~21時30分と書かれている記事もあるので、いろいろな事情(季節や祭典、警戒レベルなど)で開門時刻を変えているのかもしれない。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

寺院内は土足禁止なので、信者たちはその辺に履物を脱いで行く。

この時は開門直前であったので入り口にはたくさんの信者が殺到していたため、私は入るのを遠慮した。
なお寺院内は撮影禁止で、カメラ類の持ち込みもできない。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

やはり朝の礼拝時間が一番込み合うのだろう。

今やインドに限らず世界的に「人の集まるところテロあり」なので、ドワルカ寺院にも機関銃を備えた監視所ができていた。しかし恐ろしい世の中である。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

信者たちは神様と銃口の二重に守られているのだ。

寺院の周りには巡礼者をあてにした土産物屋がたくさんある。
店にはもちろん宗教関係の商品もたくさんあるが、おもちゃなど普通の観光客向けの商品の方が目を惹く。旅行に出ると財布のひもが緩むのは万国共通なのであろう。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

たとえ「巡礼」といっても旅行は楽しいものなのだ。

小さな子供を連れた家族などを見ると、子供がなにか買ってもらえるといいなとつい思ってしまうのである。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

サルのぬいぐるみもじっと買われるのを待っている。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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2016年グジャラート再訪・第37回 / 聖地ドワルカ、朝のガート

昼間は河で水遊びをしたり泳いだりする人もいて、聖地というより観光地といった感じのドワルカであったが、さすが四大巡礼地に数えられるだけのことはあり、日の出の時刻ともなるとガートには大勢の人たちが集まって来る。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

さすが聖地、朝のガートにはたくさんの人が繰り出して来る。

さあ、いよいよご来光である。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

日の出はどこで見ても清々しいものである。

早起きして出て来た甲斐があったと言いたいところだが、実はもうインド標準時で7時10分なのである。なにしろここはインド最西端の地(領土としてはもっと西もあるし、この界隈でもここが最西端というわけではないけど)なので日の出も遅いのである。

とにかく今日もまた太陽は東から顔を出し、聖職者らしきおっさんは日の出に向かってラッパを吹くのである。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

高らかにラッパが吹き鳴らされる。

そしてまだ肌寒い中、果敢にも河に入って朝日に祈る敬虔な人々がいる。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

朝日に向かって祈る人々。

また河に燈明を流し、静かに祈りを捧げる人々もいる。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

燈明を流す人もたくさんいる。

でもここは河口なので、時折海から押し寄せる波がガートに激しくぶつかったりするので要注意なのだ。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

ここは海がすぐそこなので波も立っていたりする。

ガートには小さな祠があり、そこでも聖職者による祈りが捧げられる。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

ガートにある祠でも祈りが捧げられる。

いったいこの小さな町のどこにこれだけの人が泊まっているのかと不思議に思うほど、本当にたくさんの人たちがガートに出て来ている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

とにかくすごい人である。

そして牛もなにかおこぼれに預かろうと待ち構えていて、人懐こく近づいて来たり、ガートに供えられたお供え物を食べたりしている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

人のいるところ牛もまたいるのがインドなのだ。

またガートに続く道にはたくさんのサドゥーやサドゥーもどきが居座り、道行く人たちに施しを求めたりしている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

サドゥーも団体でいるのだ。

とまあ、朝のガートはこの町が一番活気づく時間なのである。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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ブロックプリントの版木

2016年グジャラート再訪・第36回 / 持ち金チェックと今後の方針

昨夜(2016年11月8日)の突然の高額紙幣廃止宣言から一日が経ち、外務省からのメールやテレビのニュースなどにより少しずつ状況がわかって来た。

インドの旧500ルピー札

一夜にして政府のお墨付きを外されたかわいそうなお札たち。

一応法律上は500ルピー札と1000ルピー札は通貨ではなくなったらしいが、年内は金融機関窓口での新札への交換ができ、さらに銀行口座への入金は可能であるらしい。
また本日金融機関は一斉に臨時休業となり、一般庶民は新札への交換もできず、とりあえず状況観察するしかないようである。

そのためか、はたまたここがインド西端の片田舎だからか、とにかくまだ500ルピー札は通用している。
実際早朝のジュナーガルのホテルでの支払いやバスの運賃、ここドワルカでの食事などで500ルピー札は特に問題なく受け取ってもらえた。
そのためお釣りでもらった100ルピー札や50ルピー札の「法定通貨」が増えた。お金を使うとお金が増えるなどというのは初めての経験である。

というわけで、9日夜の時点での手持ち金額は以下の通りとなった。

100ルピー札が18枚
50ルピー札が5枚
20ルピー札が3枚
10ルピー札が8枚

合計金額2,190ルピー(約3,500円)である。

やった! 朝より1,000円以上増えてるぞ!

とは言え、こんな金額じゃまだまだ心もとない。

今回のグジャラートの旅は、アーマダバードを起点とし目的地をカッチ地方のブジとする約2週間の行程である。

そのため帰路となるブジ―アーマダバード間の普通列車のチケットと、アーマダバード-デリー間の特急のチケットは事前に確保してある。
なのでそこまでなんとかたどり着ければ、デリーまでは帰りつけるということになるのである。
ただしブジの列車は11月16日発、アーマダバードの列車は11月17日発とまだ一週間ほど先であり、それまで食いつなげるかが問題なのだ。

はたしてこの先通貨問題にからむ状況はどうなるであろうか。
まあ金融機関が動き出しても、その窓口が大混雑することは確実であるので、そこで旧札を交換しようなどという選択肢はすでに考えていない。
とりあえずは500ルピー札を使えるだけ使うことだが、一般の人たちがいつこの問題の重大さに気付くかである。少なくともこの界隈の今日の時点では、みんなまだそれほど深刻に考えていないような雰囲気がある。たぶん新札に交換すれば済むことだくらいにとらえているのではないかと見受けられる。
でも相手はインド政府なのである。そうスムーズにはいかないであろう。なのでみんな誰かが慌て出すのを見て自分も慌て出し、それが連鎖反応を引き起こして大混乱となることは間違いないであろう。
そしてそれは金融機関が動き出した時であり、特に大都市から先に大混乱に発展するであろうと私は予想した。

なので一番いいのは早いとこド田舎のブジに行ってしまい、定宿のゲストハウスでのんびり過ごすことだと結論付けた。
予定ではラジコット(ラージコート)に寄って、ガンディーゆかりの地を訪れたかったのだが、ラジコットはそこそこの都会らしいので避けた方が無難であろう。下手をしたら暴動に発展する事態だって想定できるのである。

まずは明朝このホテルの支払いが500ルピー札でできるかであるが、それが今後の行動を決めるひとつの判断材料になるであろう。

テレビではアメリカ大統領選のニュースを伝えている。どうやらまさかの結果になったらしい。
まったく世の中一寸先は闇であり、だれにも予想できないのだなあ。

とにかくまあ明日は明日の風が吹く。成り行きに任せそれ次第でどうすればいいかを決めればいいやと思ったら、少し気楽になった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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2016年グジャラート再訪・第35回 / ドワルカのガートにて

インド国内にはヒンドゥー教の聖地というものがあちこちにある。
でまあ聖地に限らずそういうものの中から突出したものをひとくくりにして、三大〇〇とか五大〇〇とか呼んだりするが、ここドワルカもヒンドゥー教の四大巡礼地のひとつである。

インドの聖地と言えば階段状のガート(沐浴場)を思い浮かべる人も多いと思うが、ここドワルカにもちゃんとガートがある。
ここはアラビア海に面した河口にあたるので、一日のうちでも潮の満ち引きによって水量がかなり変わり、向こう岸に歩いて渡れる時間帯もある。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

この沐浴場は海の干満により水位がかなり変わる。

日の出の時刻ともなると、このガートは祈りを捧げる巡礼者でいっぱいになるが、昼の日中の間抜けな時間だと、水遊びに興じる若者などもいてとてものどかな雰囲気である。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

昼間は沐浴より、明らかに楽しんでいる人たちが目につく。

そんなガートの傍らで、なにやらせっせと粉を練っているおっさんがいた。
まさかこんなところで陶芸でもあるまいし、いったいなんだろうと思っていると、おっさんは練った粉をこぶし大の団子にして並べ始めた。ははあ、あれは魚の餌なのだな。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

おっさんはその場で商品を製造する。これも地産地消と言うのだろうか。

確かにこの河には魚がたくさんいる。
すぐそこが海なのでボラなのかもしれない。とにかくなかなか大きな魚が群れを成してガート付近をウロウロしている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

魚もこれほどいるとちょっとなあ・・・

おっさんはそんな魚にあげるエサを売っているのである。
動物にエサを与えるのはなかなか楽しいことであるが、巡礼者は功徳のつもりでエサを与えるのだろう。
おっさんの団子は二つで10ルピー(約16円)のようである。材料は粉と水だけとはいえ、結構一生懸命練った産物にしてはちょっと安過ぎるような気がする。私はここに一時間以上座って見ていたが、その間客は二人くらいしか来なかった。まあここが一番にぎわう朝には、きっともっと売れるのであろうが、あまり儲かる商売とは言えないであろう。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

恋人たちは魚の群れに何を願うのか。

と、そこに袋いっぱいのパンを持った少年がやって来た。
どうやらパンは少年が食べるためのものではなく、魚にやるつもりで持って来たようであった。実際少年はパンをちぎっては河に投げ込んでいる。
う~ん・・・功徳もいいがちょっともったいない気もする。私も日本で友人が川の鯉にあげるために買ったパンを、つい我慢しきれずにもらって食べたことがあるが、腹をすかせた人が見たらどう思うであろうか。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

インドもついに飽食の時代に入ったのか。

まあそれでも自分のパンを誰に食べさせようと少年の勝手であるので、それはまあそれでいい。
しかしこの少年はついに大量のパンを持て余し、こともあろうかおっさんの傍らに来て、エサを買いに来たと思われる人に自分のパンを配り始めたのである。これは完全に営業妨害である。しかも無料という大幅なダンピングによって、おっさんのシェアを根こそぎ奪っているのである。ここはすぐさまセーフガードを発令し、少年のパンに200%の報復関税をかけるべきである。 あー、元がタダだからいくら掛けても0のままか・・・

インド、グジャラート州ドワルカのガート

少年よ、君はまだ生きる苦しみというのを知らない。

見れば少年は金持ちの子供丸出しのふくよかさで、頬のこけたおっさんに比べて偉そうである。
そこにカーストなどの諸事情や客商売ならではの低姿勢が絡んで来るためか、おっさんはただ苦笑いを浮かべて弱弱しく「勘弁してくださいな、坊ちゃん」というようなっことを言うのが精いっぱいなのである。

私はそうした光景をずっと見ていて非常に腹立たしく思ったのだが、部外者である私が出て行って少年の頭をポカリと殴るわけにもいかず、せめて懇親の力を込めて、少年がガートで滑って河に落ちてしまえと祈るしかないのであった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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動物の鈴・アニマルベル

2016年グジャラート再訪・第34回 / ドワルカの食事

時刻は午後1時を回り、だいぶ腹が減った。

前回来た時に入った安食堂で食べようと思い、記憶をたどって歩くがこれが一向に見つからない。わりと人通りの多い道に面した店で、しかもその店先のかまどで調理しているので、見逃すはずはないのにそれが見つからない。
まさかこんな裏路地のわけはないというような小道にも入り込んで探したが、その安食堂は忽然と(まああれから3年もたってるんだけど)姿を消したようである。

歩き疲れたので小さな店でインドの炭酸飲料サムズアップ(25ルピー、約40円)とポテトチップス(10ルピー、約16円)を買い、海の近くで食べる。

インドのコーラ、サムズアップとポテトチップス

インドにいると食事代わりにこういうもので済ませてしまうことも多々ある。

日本ではまず炭酸飲料も飲まなきゃポテトチップスも食べないが、インドに来るとついこういうものを飲んだり食べたりしてしまう。それでもちゃんと健康には気を付けて、クリーム&オニオンというのにした。これならタマネギ効果で血液がサラサラになるかもしれない。

少し休んで元気が出たので、再び食堂を探すことにする。
しかしもうあの安食堂にはこだわらず、どこか良さ気なところに入ろうと思い歩いていると、道端にいたおっさんが何やら声を掛けて来た。言ってることは現地の言葉なのでほとんどわからないのだが、おっさんの発する言葉の中から「チャイニーズ」という単語をキャッチしたので聞き返すと、すぐ後ろの建物を指差しうなずく。
食堂はその建物の二階部分のようである。そしてここにはチャイニーズ・メニューがあるようである。
これはもうここに決めるしかない。なにしろ時刻はもう午後2時なのだ。

インド、ドワルカのレストラン

やはり声掛けとか呼び込みというものは効果があるのだ。

この店は最近オープンしたばかりなのか、店内はわりときれいで内装もこじゃれている。
でも私はこういう雰囲気が苦手である。しかも店内には他の客はおらず、大きなガラス窓のそばに座っているのは、おそらくこの店のオーナーなのだろう。男は何も食べずに本だか手帳だかをしきりに眺めている。とにかくまったく活気のない店で、大丈夫なのかよと思ってしまう。

インド、ドワルカのレストラン

なんだかガランとして淋しいレストランである。

まずはミネラルウォーター、もとい、パッケージド・ドリンキング・ウォーターを頼み、喉の渇きを潤す。

インドのペットボトル入り飲料水

ちょっと小ぎれいなレストランでも、どんな水が供されるかわからないので、安全を確保するため水にもお金を払う。

疲れていたところにおっさんの「チャイニーズ」という誘いに負けてうっかり入ってしまったが、やはりメニューは高めの設定である。この料金にはこの趣味の悪い(あくまでも私の感覚だけど)内装代も入っているのかと思うと嫌になる。ああ、あの安食堂で食べたかったなあ。

無難そうなところで、ベジ・フライドライスを注文する。
入ってる具は少々のキャベツだけと貧弱だが、値段は100ルピー(約160円)と立派である。

インド、チャイニーズメニューのフライドライス

そんなにうまくもないが特にまずいというほどでもないフライドライスである。

味は特筆するほどのことはなく普通である。つまり可もなく不可もなく具もないという、三無主義的フライドライスなのだ。
でも取り分け用にきれいな白い皿が供され、私は小ぎれいな店内で一人お上品にフライドライスを食べた。

インド、チャイニーズメニューのフライドライス

取り分け用の皿よりボウルのままの方が食べやすいだろうなあ。

そもそもフライドライスなんてものは大したものではないので、こんなエアコンの効いたきれいな店ではなく、開けっ広げの汚い食堂で汗を流しながら食べたほうが断然うまいのである。

なお、支払いは500ルピー札が問題なく使えた。(「インドのキャッシュクライシス」参照)
その点だけ見ると、もしかしたら安食堂より良かったのかもしれない。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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ブロックプリントの版木

2016年グジャラート再訪・第33回 / ドワルカのホテル

ドワルカも二度目と言うことで、勝手知ったる場所と舐めて歩き出したら道に迷い、だいぶ遠回りをしてようやくガートの辺りに出た。

できれば宿はこの辺りに取りたいと、まずは川辺の公園に面したホテルに入ってみた。

インド、ドワルカのホテル

この右側は川辺が整備されちょっとした公園になっている。

しかしこのホテルは満室であえなく断られてしまった。

そこでひとつ裏手となるホテル「GOMTI」に行ってみることにする。
実はここは前回泊まったホテルなのだが、とにかく手当たり次第に当たってみるのだ。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

別にホテルのコレクションをしているわけではないので、同じホテルでも特に問題はないのだ。

するとデラックスルームが一部屋だけ空いているという。
料金は1,800ルピー(約2,900円)とやや高めだが、ディウでの苦戦を思えば「空いててラッキー!」と思うべきであろう。

部屋は二階の103号室。
さすが「デラックスルーム」である。なかなか広い。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

一人で使うにはもったいない広さである。

エアコンと薄型テレビがある。
また最近リノベーションしたらしく、全体的にきれいである。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

何か操作を間違えたのか、テレビは途中で見られなくなってしまった。

なお、部屋は河口に面した南向きで大きな窓もあるのだが、目の前に別の建物(たぶんホテル)が立ちふさがっているため景色はぜんぜん見えない。

トイレと兼用のシャワールームにはバスタブはない。
ここももちろん改装されたのだろうが、床のタイルの目地は早くも黄ばんでいる。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

水回りはよほどしっかり掃除をしないとすぐ劣化する。

Wi-Fiは一階のフロント周辺でしか使えないが無料である。

前回も特に問題が無かったから今回も泊まるのだが、従業員は親切でなかなか居心地の良いホテルである。
なので特筆すべきトラブルもなく、残念ながら面白いエピソードはひとつもないのである。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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インドの南京錠

水分補給はわすれずに・インドの飲料水

日本でも「熱中症対策には適度な水分補給を」なんてことが盛んに言われるが(ちょっと季節外れな話題だけど)、暑くて乾燥しているインドではなおさらである。

でも日本とは違い、やたらな水は飲めない。
たとえ「Drinking water(飲料水)」なんてわざわざ書いてある水道でも、ましてや道端に置いてある施しの水などは、旅行者は避けた方が無難であろう。

インドの道端の水瓶

道行く人にふるまわれる水瓶の水はちょっと魅力的ではある。

ではどうしたらいいかと言えば、それはやはりお金を出して安全な水を買うことである。

で、そういう水をつい「ミネラルウォーター」と言ってしまうのだが、あくまでもミネラルウォーターは地下水を基にしたものということで、日本でもそうでないものは「ボトルドウォーター」と呼ばれている(らしい・・・実際にそう呼ばれているのを聞いたことないけど)。
でもって、インドではそういうのを「パッケージド・ドリンキング・ウォーター(Packeged Drinking Water)」として売られている。

インドのペットボトル入り飲料水

今やインドでもいろいろな種類の水が売られるようになった。

一昔前はこういうペットボトル入りの飲料水を買う時には、必ず栓の封印が切られていないか(つまり詰め替え品でないか)を確かめたをものであるが、今ではいろいろな種類のものがごく普通に売られるようになったので、よほど怪しいところで買わない限りまず大丈夫かと思う。

それでも心配な人には、詰め替えがまずできないビニールパックの水をお勧めする。

インドのビニール袋入り飲料水

袋詰めの飲料水は手軽で庶民の味方なのだ。

このビニールパックの水は飲み切りサイズで値段も安く(10ルピー、約16円ほど)、売る方もバッグに無造作に放り込んで売り歩けるので便利なのだ。

飲むときには袋の一部を歯で噛み切って穴を開ける。
私などはそのまま袋にしゃぶりついて飲むが、インド人の多くは大きく開けた口めがけて放水する。
ただし歯で開けた穴なので水が真っ直ぐに、また一本の放物線で放出されるとは限らないので、飲み始めは口の周りや服の胸元までも濡らすことがあるので要注意なのである。

旅の持ち物シリーズ・その29:タブレット端末、スマートフォン

時代の移り変わりによって、また技術や社会システムの進歩によって旅の持ち物は変わると思うが、小型の情報端末の登場は単に変化というより革命をもたらしたと言っても過言ではない。

タブレット端末

小型情報端末は旅のスタイルを大きく変える。

今までこのコーナーで28種類の「旅の持ち物」を紹介して来たが、そのうちの10種類もの「旅の持ち物」がこの情報端末でまかなえてしまえるようになった。

以下にその10種類を並べてみる。

◎ガイドブック
◎電子辞書
◎電卓
◎寒暖計
◎腕時計(標高計付)
◎方位磁石
◎音楽プレーヤー
◎カメラ
◎メモ帳
◎懐中電灯

最後の「懐中電灯」は実用にはちょっと無理があるかもしれないが、できないことはないだろう。
とにかく情報端末はこれだけのものをカバーできるほどの機能を持っている。さらに海外でも使えるスマホであれば、電話の機能はもちろんのこと、いつでもどこからでも各種チケットやホテルの予約ができてしまう。
また外国語の翻訳機能は会話だけでなく、カメラで撮影することで看板の文字まで翻訳してくれる。もう語学の勉強なんか必要ない。

しかしそれも情報端末がちゃんと機能していればのことである。
あまり機械を頼りにし過ぎると、ひとたび電池切れや故障などで動かなくなると一大事である。実際私のジャスト6,000円也!のタブレットは旅の半ばで突然沈黙した。

また何でも手のひらの上の画面で解決できてしまうと、その分周りの人との接点が少なくなるということもある。
たとえば見知らぬ異国の街で方角をすっかり見失ってしまったとき、宿の空き部屋を求めて手当たり次第に歩き回っているとき、次の街への移動手段がわからず右往左往しているときなど、普段の生活ではあまり味わうことのない無力感と不安感とで、恥も外聞もなく周りの人に助けを求めることになる。そしてそれがまた妙に気持ちが良かったりするのである。おそらく大人になるにつれ忘れてしまった「素直な気持ち」に立ち返ることができるからなのだろうと思う。

別に便利な道具を否定する気持ちはない。なにしろ私は子供の頃から算盤もできなければ字も下手だったため(今もだけどね)、電卓やワープロの出現には大喜びした口である。
でもせっかく旅に出て日常とは違う環境に身を置くのなら、少しは不便や不安な思いをして、人のありがたみを感じるのもいいんじゃないかとも思うのである。

2016年グジャラート再訪・第32回 / ジュナーガルからドワルカへ

まだ暗い中ホテルを出る。

インド、ジュナーガルのホテルハーモニー

煌々と輝く看板が返って淋しげである。

バススタンドはホテルのすぐ前なので、暗い中でもそれほど不安もなく行き着けるのがありがたい。
まるで夜中のような暗さだが、これで時刻は6時30分である。11月ということもあるが、インドの一番西に位置するグジャラートはインド標準時に対して夜明けが遅い。

インド、ジュナーガルのバススタンド

まだ辺りは暗いが、バススタンドにはもうたくさんの人がいる。

昨日このバススタンドでバスの時刻は調べておいた。
次の目的地は海沿いのドワルカという街であるが、7時発のドワルカ行のバスはすでに停まっていた。

インド、ジュナーガル発ドワルカ行のバス

バスはすでに乗客を待っていた。

まだ乗客は少ない。
ちょっと迷ったが、前から4番目の席に座る。

インド、ジュナーガル発ドワルカ行のバス

いろいろ考えた末に座る席を決めた。

問題はバス賃を500ルピー札で払えるかどうかである。
なんでも政府か国営企業運営のバスでは高額紙幣も使えるということではあるが、これはグジャラート州営のバスなので微妙なところなのだ。
それにインドでは店でもどこでも釣り銭の用意などしていないことが普通なので、いきなり500ルピー札を出されても困るだろうと考え、前から4番目の席にしたのである。それなら他の乗客の出した小額紙幣が少しは溜まっているだろうと考えたのである。

結果から言えば、500ルピー札はなんの問題もなく使えた。ちなみにドワルカまでのバス賃は149ルピー(約240円)であった。
お釣りに関してはやはりなく、他の乗客からお金を集めるまで待たされたが、ちゃんともらえた。ただし端数(?)の1ルピーははぶかれた。

とにかく500ルピー札は使えたし、売店で買ったポップコーン(10ルピー、約16円)と水、それに昨日買っておいたバナナ(黒いビニール袋)もあるので天下無敵の気分である。

インド、バス旅の食料

とりあえずこれだけあれば安心なのだ。

なお、今回のバスルートは以下の通りとなる。

定刻の7:00、バスは出発した。

インド、グジャラート州ジュナーガルのバススタンド

ようやく空も明るくなった。

7:25、バンタリ(VANTHALI)バススタンド到着。

インド、グジャラート州バンタリのバススタンド

VANTHALIバススタンド

バスはきれいな幹線道路を行く。やはりグジャラートのインフラ整備はかなり進んでいると実感する。
ちなみに白いタオルを頭に巻いてる男が車掌である。

インド、ジュナーガル発ドワルカ行のバス

バスは快調に走る。

7:49、マナバダール(MANAVADAR)バススタンド到着。

インド、グジャラート州マナバダールのバススタンド

MANAVADARバススタンド

8:02、バントヴァ(VANTVA)バススタンド到着。

インド、グジャラート州バントヴァのバススタンド

BANTVAバススタンド

8:37、クティヤナ(KUTIYANA)バススタンド到着。

インド、グジャラート州クティヤナのバススタンド

KUTIYANAバススタンド

9:09、ラナヴァブ(RANAVAV)バススタンド到着。

インド、グジャラート州ラナヴァブのバススタンド

RANAVAVバススタンド

料金所を通過し、高速道路のような道に入る。
これはラージコートとポルバンダールを結ぶ幹線道路である。

インド、グジャラートの有料道路

州営バスでも料金は払うようだ。

9:40、ポルバンダール(PORBABDAR)バススタンド到着。
このバススタンドは改修工事の着工が早かったのか、すでに新しいターミナルが運用を開始していた。

インド、グジャラート州ポルバンダールのバススタンド

PORBANDARバススタンド

バスは依然として空いており、席を取られる心配もないので下りてみることにした。
新しいバスターミナルの新しいトイレに入る。トイレの入り口にはちゃんとトイレ番の男がおり、料金を聞くとおしっこは5ルピー(約8円)とのことであった。残念ながらう〇こがいくらなのかは聞き忘れたが、まあ10ルピーくらいであろう。
それにしても自己申告で5ルピー払ってう〇こをしたらどうなるのだろうか。トイレ番の男はちゃんと大小を嗅ぎ分け、後から差額を請求するのだろうか。

インド、グジャラート州ポルバンダールのバススタンド

このバススタンドは他のバススタンドより一足早く完成していた。

5分ほどの休憩でバスは再び走り出す。
ポルバンダールはかのマハトマ・ガンディー生誕の地である。
確かこの商店街を真っ直ぐ抜け、少し右に入ったところに生家があるはずなのだ。

インド、グジャラート州ポルバンダールの街

ここがポルバンダールの目抜き通りなのだ。

ポルバンダールの街を抜けるとすぐに水辺に出た。
遠くにたくさんのフラミンゴが見える。インドにフラミンゴがいると言うと驚く人もいるが、本当にいるのである。

インド、グジャラート州ポルバンダール郊外

ちょっと街を離れただけでこの風景である。

前回来た時には超満員のバスで田舎道を立ったまま揺られて行ったが、今回はがらがらに空いたバスが海沿いの道(と言っても海は見えない)を快調に飛ばして行く。

インド、ジュナーガル発ドワルカ行のバス

海に近いからか河幅が広い。

途中バスは道を外れてなにやら観光地らしき場所に立ち寄った。
自家用車なども何台か停まり人もそこそこいるが、いったいここは何だろう。

インド、グジャラート州のとある観光地

わざわざバスが入って来るほどの観光スポットらしい。

バスはそこで折り返し、元来た道に戻る。
戻り際に近くの山を振り仰ぐと、山頂に寺院らしきものが見えた。
しかしそれがなんだかわからない。

インド、グジャラート州のとある観光地

振り返ると山の上に寺院らしきものがあった。

10:55、終点のドワルカまではもうそれほど距離もないはずなのだが、バスは休憩を取った。
外に出るとあらためて陽射しの強さを実感する。まさしく肌で感じるということである。

インド、グジャラート州ドワルカ近くの茶店

あと少しで到着するというのに、なぜここで休憩なのだろうか。

木陰で休んでいたおっさんが、ここに座れと言うので隣に座って休むことにした。もっともバスの中でもずっと座っていたのであるが。
おっさんは私に「チャイを飲むか」と聞いてくれた。ありがたい申し出だったが、いったいこの休憩がどのくらいのものなのかがわからないので、残念ながらお断りしてしまった。

インド、グジャラート州ドワルカ近くの茶店

おっさんは「チャイを飲むか」と言ってくれた。

結局休憩は5分程度であった。やはりチャイを飲んでる時間はなかったのである。

インド、グジャラート州ドワルカ近く

遥か向うにドワルカの街が見えて来た。

11:50、ドワルカ到着。
このバスの終点はドワルカのバススタンドだが、ドワルカの中心地に行くにはその手前で降りるのがいい。
3年前に一度来ているのでだいたいの様子はわかっているが、バスの運転手も車掌も行くべき道を教えてくれる。この道を真っ直ぐ、この方向にずっと進んで行けばいいんだと口をそろえて言う。

インド、グジャラート州営バスの車掌

運転手も車掌もとても親切なのだ。

もちろんその親切はとてもうれしく何度もお礼を言って別れたが、勝手知ったる道と高をくくって歩いて行ったら道に迷ってしまった。

何事も謙虚な気持ちで接し、人の言うことにはちゃんと耳を傾けなければならないということなのである。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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真鍮製のアンティーク弁当箱

オートリキシャの遺伝子を感じる車・TATA Magic Iris

デリーにはこんなかわいいタクシーが走っている。

インドのミニタクシー、TATA Magic Iris

なかなか愛嬌のあるかわいいフォルムなのだ。

これはタタモータース(Tata Motors)のマジック・アイリス(Magic Iris)という車である。

インド版軽自動車、TATA Magic Iris

これはインド版軽自動車といったところなのだ。

総排気量は611cc、全長2,960mm、全幅1,512mm、定員4名(メーカーサイトには「ドライバー+4名乗車」の記述もあるが、インドなので乗れるだけ乗るので「定員」はあってないようなもの)ということで、日本の軽自動車の最大規格である全長3,400㎜より短く、全幅1,480㎜よりちょっと広く、よって全体的にずんぐりした印象を受けるが、そこがまた愛嬌があっていい感じである。

そして一番私が気に入ったのが、後部(タクシー仕様の場合は客席)の窓が巻き上げ式の幌というところである。

インドのミニタクシー、TATA Magic Iris

この時代にこの方式というのが実に良い。

このゆるい解放感はオートリキシャから受け継いだDNAだろうか。メーカーサイトにもわざわざ「三輪より大きな収容力(capacity than 3-wheelers)」という売り込み文句が掲げられているところを見ると、やはりこの車はオート三輪ユーザーを意識した位置づけで開発されたものなのだろう。

はたしてマジック・アイリスはオート三輪に取って代われるだろうか。
それともその前に電動自動車の時代が来てしまうのだろうか。

インドのおもちゃ