これはインド人らしくないインド人によるインド伝統の技術なのだ・ドクラの真鍮製品

みなさんは「インド人」のイメージとしてどういうものをお持ちでしょうか。

私の子供の頃は、なんと言っても「ターバン」でした。
これは取りも直さず某メーカーのカレー粉(昔はカレールーなどと言わずあくまでもカレー粉でした)のテレビCMの影響であり、さらにはそのCMで使われた「インド人もびっくり」というフレーズまで、「インド人」とセットで覚えられてしまったほどでした。

ターバンのインド人

かつてのインド人のイメージはこんな感じだろうか。

もちろんこれはインド人に対する正しい認識ではなく、テレビCMという特殊な情報がもたらした、宣伝商品流布過程での副産物的固定観念化です。なにしろテレビCMは短い時間で、いかに視聴者の目を引き付けるかが勝負ですので、それに利用されたものまでが人々の脳裏に強く刻み込まれてしまうわけです。

しかしインド人はみんなターバンを巻いてびっくりしているのかといえば、決してそんなことはないわけです。七三分けで落ち着き払ったインド人もおりますし、禿げ頭で怒っているインド人もいるわけです。

そんな「インド人=ターバン」といったイメージも、今ではテレビの映像などでインドの情報がどんどん入って来るようになり、「おっ、案外インド人もターバンをかぶっていないのだな」ということが知られるようになりました。そしてあの「インド人もびっくり」というフレーズに至っては、日本通のインド人がシャレで使うのみとなったのであります。めでたしめでたし。

インドの街角

インド人でターバンを巻いているのは少数派と言っていいだろう。

で、インド人はなにもターバンを巻いた人だけではないぞというその延長線上に、インドには先住民族の人たちもいるんだぞというお話があるわけです。

彼らはアディヴァシーと呼ばれ、インド亜大陸の山間部(私が実際に行ってみたのはチャッティースガル州でした)に古くから住んでいた人たちです。もっとも初めから山岳地帯にいたのではなく、異民族の侵入でそこに追いやられたのかもしれません。

とにかく彼らは長い間深い森の中であまり外界とは接触せずに暮らして来ていたようで、インド政府がその存在を認識したのがイギリスからの独立後だったというから、これはまさしく「インド人もびっくり」だったわけです。

まあ「インド人=ターバン」というイメージはすでに過去のものとはいえ、初めて接する先住民族の人たちのその姿や生活文化は、それまで私が持っていたインド人のイメージとはずいぶん違っておりました。

インドの先住民族の人たち

先住民族の人たちのファッションは、男性より女性の方がより伝統色を残している。

そんな一般的な(大多数の)インド人とはだいぶ違う彼らですが、実は古くから受け継ぐ伝統技術があります。
それは金属の鋳造技術で、その起源は5000年前のインダス文明に遡ると言われており、その点でも彼らは正統な「インド人」の系統と言えるのかもしれません。

インダス文明の踊り子像

モヘンジョダロから出土されたこのブロンズ像が、インド先住民族の伝統技法「ドクラ」の源流といわれている。

つまり一見インド人らしくない人が実は真のインド人であり、そんな人たちが創り出すあまりインドっぽくないものが、実は昔からあるインドのものだったりするということで、こうなるともうなんだかよくわからなくなってしまうのであります。

でまあ、そんなアディヴァシーの人たちのことは、こちら「ドクラの工芸品」にもう少し詳しく書いてありますので、よかったらご覧いただきたいと思う次第であります。

そしてインドの先住民族アディヴァシーの作品は「ラクダ隊商パインズクラブ楽天市場店」にて販売しております。

トライバルアート、ドクラの真鍮作品

こちらにたくさん並べてあります。

*すでに売り切れている場合もございます。その際は何卒ご容赦願います。

2016年グジャラート再訪・第15回 / ウナからディウへ

ウナのバススタンドは改修中だった。

しかしどこにも工事車両や作業員の姿が見えない。もしかしたらまだディワリ休暇なのだろうか。
ディワリというのはインドの新年を祝うお祭り、つまりお正月ということで、インドの数あるお祭りの中でも最大のものである。
しかしそのディワリからそろそろ一週間になろうとしている。もっとも今日は土曜日なので、ことによると明日の日曜日まで休む人も多いのかもしれない。

インド・グジャラート州ウナのバススタンド

ウナのバススタンドは瓦礫の山だった。

とにかくディウ行のバスの時刻を調べなければならない。
遠くに人だかりのする小屋が見えたので、おそらく案内所だろうと思って行ってみるとやはりそうだった。

インド・グジャラート州ウナのバススタンド

案内所も掘立小屋のようなところである。ちなみに野豚の後ろに見えるわやわやは、コンクリートから取り出した鉄筋の山である。

ディウ行のバスは1時30分発とのことで、あと5分もない。なんというタイミングの良さだろうか。やはりここからディウへはバスが頻繁に出ているのだろう。

それにしてもこのバススタンドの現状はひどい。
まだ古い建物は壊している最中で、あちこちに瓦礫の山が築かれており、しかもあろうことかそれがバスの出入り口を狭めてしまっている。結構広い敷地なのだから、もう少し置き場所を考えたらよさそうなものだと思う。
また新しい発着所の建物も建設途上で使えず、バス待ちの人たちはバスが土ぼこりを舞い上げて行き来する狭い場所に居るしかない。せめてもの救いは、大きなひさしが日陰を作ってくれていることである。
まったく壊すか造るかどちらか一方を片付けてから次に進めばいいのに。

インド・グジャラート州ウナのバススタンド

そもそもバスの出入り口からして瓦礫で狭くなってしまっている。

ディウ行のバスがすぐ出るということはわかったが、それがどのバスなのだかわからない。字が読めない上に、ここには正式なバス乗り場もないので余計わからない。他の人たちはバスが来ると、それぞれバスに駆け寄り乗り込んで行く。私もその都度彼らの後を追い「これはディウ行か」と尋ねるのだが、答えはすべて「ノー」だった。

そこでまた親切そうなおじさんを探す。
まあ別におじさんでなくてもいいのだが、女性にはちょっと話しかけられないし、若い人より歳を経た人の方が総じて物をよく知っているので、自然おじさん頼りになるのだ。

ここにもそんな頼りがいのあるおじさんがいた。
そのおじさんもバーヴナガルのおじさん同様とても親身になってくれ、周りの人や停車中のバス、さらには先ほどの案内所にも行って情報を聞き集めてくれた。
それによると、ディウ行のバスは他の街から来るもので、到着が少し遅れているとのことである。

インド・グジャラート州ウナのバススタンド

ここでも親切なおじさんの登場で大いに助かった。

とにかくここで待っていればバスは必ず来ると言われ、静かに待つ。

しかしこれがなかなか来ない。
おじさんもどこかに行くためにこのバススタンドに来たのであろうが、私と並んでじっと待つ。
その間何台ものバスが来ては乗客を降ろし、そしてまた乗せて走り去って行く。時間がゆるやかに、しかし確実に過ぎて行く。

インド・グジャラート州ウナのバススタンド

ちゃんとした乗り場も待合所もなにひとつない場所で、ひたすらバスを待つ。

結局バスが来たのは3時を少し過ぎた頃だった。1時間半以上ここで待っていたことになる。
しかしおじさんも私に付き合ってずっと待っていてくれたので、何の心配もせず待つことができた。本当にありがたいことである。
それにしても、その間別のディウ行のバスが一台も来なかったということは、ウナとディウを結ぶバスの便はそれほど多くないということなのだろうか。

インド・グジャラート州ウナのバススタンド

おじさんはバスまでエスコートしてくれた。

おじさんも同じバスに乗り込んで来た。なんでも自分の家がその途中にあるのだという。
とはいえ、おそらく家に帰るバスはなにもディウ行でなくても良かったのだろう。いくらインドでも、日常使うバスをこれほど長時間待つはずがない。
だからやはりこれはおじさんの親切以外に他ならないのだ。

おじさんは若い頃ディウで働いていたとのこと。とてもいい所だと言う。
そして宿が決まっていなければここに行きなさいと、おすすめのゲストハウスまで教えてくれた。

インド・ウナ発ディウ行のバス

おじさんはディウでの宿まで教えてくれた。大変お世話になりました。

おじさんは木のたくさん生い茂る沿道でバスを降りた。降り際、ほんのお礼のつもりでメモ帳にはさんで使っていたシートレンズのしおりをあげると、ことのほか喜んでくれた。

やがてバスは長い橋を渡り始めた。
ディウはカーティヤーワール半島の最南端にある島で、連邦直轄地となっていてグジャラート州には属さない。しかしグジャラート州とは二本の橋でつながれていて、まさしく一衣帯水の関係にある。

インド・ディウに渡る橋

この海に架かる橋を渡るともうそこはグジャラート州ではない。

15時45分、ディウのバススタンドに到着。
バーヴナガルのバススタンドから出発してから実に8時間と15分、当初の予定より大幅に時間がかかってしまったが、それでも無事にディウまで来られた。
そしてそれも親切なインド人の助けがあったればこそと、あらためて心より感謝申し上げる次第である。本当に本当にありがとうございました。

インド・ディウのバススタンド

結局一日中移動に費やしてしまった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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壊す人が悪いのか、壊れる物が悪いのか・インドのバスの設備

グジャラート州で利用した路線バスのシートに穴が開いていた。

その穴はシートの背面、つまり自分が座っている目の前の軟質プラスチックカバーに開いたもので、横一文字にスリット状になっていた。

インド・路線バスの設備

背もたれに開けられた謎のポケット

初めは、乗客の膝に押されてプラスチックが裂けたのだろうと思った。なにしろ路線バスのシート間隔は狭いので、足を組むと膝が前の背もたれに当たるのである。
しかしよく見ると隣のシートの同じ位置にも裂け目がある。みんなして右ひざを上げる姿勢でぐいぐい押したのであろうか。

そこで周りを見渡してみた。
そしたら隣のシートはほぼ原形をとどめていた。

インド・路線バスの設備

これが現役として使われたのはどれくらいの期間なのだろうか。

なるほど、これはもともとボトルホルダーだったのだな。ボトルの底を支える突起部分が取れて穴が開いたというわけなのだ。
今ではボトルの胴体を保持する紐も悲惨な状態になっているが、乗客サービスのひとつとして設置されたのであろう。

しかし普通にペットボトルを置いただけで壊れるとは思えない。
もしかしたらこれは、乗客たちが足を乗せて壊したのではないだろうか。
インド人はバスなどのシートに座る時にも、片足だけ膝を抱えるように折り曲げて座ったりすることがあるので、ここに足を掛けたとしてもなんら不思議ではない。私ももう少し体が柔らかかったらやりそうである。

ということで、これは壊れるような物を作った方が悪いのだと思う。
なにしろ同じような壊れ方をしているものが多数あるのだ。それは設計者の意図を逸脱した使い方をする乗客が多いということで、それはそのまま乗客の行動パターンを理解せずに設計してしまったということに他ならないのである。

つまり、次はもっと頑丈なボトルホルダーを・・・ではなく、フットレストこそ作るべきであろうと思うのである。

2016年グジャラート再訪・第14回 / バーヴナガルからウナへ

5時半起床で7時にホテルをチェックアウトし、昨日降りたバススタンドに向かう。
下痢はまだ続いており、食事は夕べと今朝バナナを一本ずつ食べただけである。

インド・バーヴナガルのバススタンド

バススタンドは朝からたくさんの人が出入りする。

今日の最終目的地はディウ(DIU)という街だが、まずはディウの手前の街ウナ(UNA)行のバスに乗る。

実はバーヴナガルからディウまで行くバスもあるのだが、調べたところでは6時発と10時半発ということだった。わがままを言うわけではないが、それでは帯に短しタスキに長しなのだ。6時発は出発にちょっと早過ぎ、10時半発では到着にちょっと遅すぎる。この時間に来るにも5時半起きなのである。それが6時のバスだと4時半に起きなきゃならない。また到着が遅くなると、あちらでの宿探しに難儀する可能性がある。
なので7時半発のウナ行に乗り、ウナでディウ行のバスに乗り換えようというのである。
なにしろウナとディウは15kmほどしか離れていない。そしてディウはリゾート施設もある観光地で、ウナはその玄関口に当たり、そこからバスが頻繁に出ているはずなのだ。

インド・バーヴナガルのバススタンド

列車の駅ほどではないが、みんな早めに来てバスを待っているのだろう。

ということで行先は決まったが、こちらの文字がまったく読めないので、どのバスに乗ればよいのか皆目見当がつかない。
そこで困ったときの人頼み、近くにいたおじさんに尋ねてみた。

困った人を見るとほっとけないのがインド人の美徳、たとえ自分も知らなくても「心配するな」と請け負ってくれる。
私が訪ねたおじさんも、バスが入って来るたびわざわざバスのところに歩み寄り、行先表示を見てくれる。私が一緒に行こうとしても、いいからここで待ってろと制止して、自分一人でせっせと見に行く。

インド・バーヴナガルのバススタンドでバスを待つ。

おじさんはバスが入って来るたび、行先確認に行ってくれる。

そうこうするうち、ようやく目的のバスが入って来た。
おじさんはそれを確認し、あのバスだと教えてくれた。そして我がことのようにうれしそうな顔をする。
まあこれでもうバスへの往復をしなくてもいいので、それが嬉しいのかもしれないが、とにかくただただ感謝感謝なのである。

インド・バーヴナガルのバススタンドで親切にしてくれたおじさん

本当にありがとうございました。

他のバスは満員のものも多々あるというのに、ウナ行のバスは空いていた。
後ろの方に座席間の広いシートがあるので、そこを陣取り出発を待つ。

インドのバスは後ろの方が安全だと思う

衝突事故を考えると、やはり後ろの方の席が安全だろう。

すると前の方から声が掛かる。聞けば「僕もウナまで行くので着いたら教えてあげる。だからこちらの席に来ないか」とのこと。
まあウナは終点なので寝過ごすこともないし、せっかく足元の広い席を確保したということもあり、本当は移動したくなかったのだが、人の親切を無にしてはいけない。そもそもこのバスだって人の親切があってこそ乗れたのである。

インド・バスの中で親切にしてくれたあんちゃん

あんちゃんは、同じ行先だからここに座れと言ってくれた。

前回のバスはまだ前から二列目だったが、今回は最前列となった。
ここは本当に怖い席である。なにしろインドのバスはバカみたいに飛ばす。飛ばすだけでなく他の車を追い越す。もちろん対向車線にはみ出して追い越す。たとえ対向車がかなり近づいて来ていても果敢に追い越すのだ。

7時30分、バスは定刻に出発する。
とにかくこうなりゃもうまな板の鯉である。あとは運転手の腕と判断力、そして日ごろからの信心の賜物を信じるしかない。

インド・バーヴナガル発ウナ行の路線バス

一番前で見晴らしはいいのだが、この席はかなりスリルを味わえる席なのだ。

バスは市街地を抜け、幹線道路に出る。
するとほらほら、さっそく追い越しにかかる。相手は車長の長いコンテナ牽引車だ。
でももうすっかり身を任せてしまったので好きなようにして。

インドの路線バスの追い越し

インドではかなり強引で乱暴な追い越しがたびたび繰り返される。この道はもちろん片側二車線などではない。

ちなみに追い抜く際にコンテナを見たら、マジックペンかなにかで「水ヌキ」と日本語が書き込まれていた。
このコンテナの作業をした方、あなたの文字が書かれたコンテナは、しっかりインドの大地を走っていますよ。

9時、タラージャ(TALAJA)のバススタンドに到着。
近くの山の頂上に寺院らしきものが見えるが、ここは有名な巡礼地ででもあるのだろうか。

これで全体の4分の1ほどの距離を来たことになるので、バーヴナガルからウナまでの全工程は約6時間といったところであろうか。

インド・グジャラート州タラージャのバススタンド

山の上に寺院らしきものが見える。

道がだいぶ狭くなって来た。
しかも簡易舗装なので、車がすれ違う時お互い路肩に片輪を落とすことになり、バスなどは大きく傾く。

インド・簡易舗装の狭い道で車がすれ違う

路肩にタイヤが落ちるたびにバスは大きく傾く。

10時15分、マフーヴァ(MAHUVA)のバススタンド到着。
最初にこのルートを移動しようと計画した時、いきなりバーヴナガルからディウに行くには距離があり過ぎるため、途中の街で一泊しようかと思っていた。そしてその候補地のひとつがこのマフーヴァだったのだが、実際にここに来てバスの窓から街並みを見ると、とくにどうということのない田舎町で、気の利いた宿もなさそうなのでやめてよかったと安堵した。

インド・グジャラート州マフーヴァのバススタンド

バススタンドも大きく乗降客も多かったが、外国人が滞在して面白そうな街という感じではなさそうだった。

バスは南下から西進に転じており、私の座っている左側は太陽光線がまともに当たりかなり暑くなって来た。

10時45分、道端の食堂で休憩。
本当になんてことのない小さな食堂だが、みんなそそくさと降りて行く。特に運転手はもう3時間も運転し通しだったので、本当にうれしそうである。
バスは結構込み合って来ていたので、うっかり降りて席を取られてはいけないと、私はバスに留まることにした。幸いトイレにも行きたくないし、何も食べたくない。いつもこうした移動のときは、あまり食事や水分を取らないようにしているので、その成果(?)が発揮されているのだ。

インド・路線バスの休憩所

本当はバスから降りて手足を伸ばしたいところではあるが、今は席の確保の方が大切である。

20分ほど休憩し、バスはふたたび走り出す。
運転手もすっかりリフレッシュし、また全力でぶっ飛ばすことであろう。

11時48分、ラジュラ(RAJULA)到着。
ラジュラは幹線道路からやや内陸に入ったところにある。
私の手持ちのグジャラートの地図(30kmの距離が24mmの縮尺で描かれた大雑把なもの)では、ここラジュラ付近の幹線道路はかなり海岸線に近づくはずなのだが、ここまでのところ海はたま~に、しかもはるか向こうに見える程度であった。はたしてこの先、海が見えることはあるのだろうか。

インド・グジャラート州ラジュラの街

バスは一旦内陸に入りラジュラを通る。

グジャラート州のこの近くにはインドライオンの生息地があり、沿道のところどころにライオンのシルエットが描かれてた道路標識が立っている。日本では黄色に四角の道路標識は警戒標識ということで、ドライバーになんらかの注意を与えるものである。
そうするとこの標識は「ライオン出没注意!」となりそうだが、幸か不幸かインドライオンはそんなに簡単にお目に掛かれるほど頭数がいるわけではない。なのでこれはササンギール自然保護区の看板なのだろう。そこなら確かにインドライオンが生息しており、それを目当てにしたサファリツアーなどもあるのだ。
ただしそこに行ってもそうそうライオンが見られるわけではないらしい。

道端の注意看板にはインドライオンが描かれている

道端の注意標識にはインドライオンが描かれている。

1時25分、終点のウナバススタンドに到着。
カーティヤーワール半島の東岸から南岸へと辿った旅であったが、結局最後まで海もライオンも目の前に姿を現さなかった。
しかし無事に到着しただけで満足である。それにまだ充分陽が高く、これならディウでの宿探しも問題ないことだろう。

インド・グジャラート州ウナのバススタンド

6時間かかったが、ここまでは陽の高いうちに来ることができた。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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尻がもぞもぞするほどの細かさなのだ・インドの細密画

インド人は実に大雑把です。

もっともインド人もいろいろですので、みんながみんな大雑把かといえばもちろんそんなことはないわけですが、そこをあえてステレオタイプな見方と断った上で言えば、やはり大雑把と言わざるを得ないでしょう。

たとえば時間に関してはホント大雑把で、インド人の言う5分は日本人の30分、インド人の言う3日は日本人の一週間以上ということがよくあります。
またインド人はやたらと「ノープロブレム」という言葉を使い、発生した問題をあいまいにしてしまうのですが、実際そう言われると少し気楽になることもあり、そんな時はインド人の大雑把さ、いや、おおらかさに救われた気がします。

まあ「大陸気質」に対して「島国根性」なんていう言葉がありますので、世界的に見たら日本人の生真面目さや細かさの方が珍しいのかもしれません。
インドにしばらくいてインド流に慣れて来ると、それが結構快く感じられるようになり、日本にいる時はなんであんなことでイライラしていたのかなあと不思議に思ったりするほどです。

さて、そんな風にとかく大雑把なイメージのあるインド人ですが、こと手工芸の世界になると、実に細かい作業をこつこつやっていたりして驚かされます。

細密画の工房を見せてもらった時もそうでした。

工房には数人の職人(画家というより「職人」て感じなんですよね)が床に置いた座り机に向かい、一心に細い筆で絵を描いていました。

インド・細密画の制作風景

一日中ここに座り絵を描いている。

突然の闖入者が間近に寄ってジロジロのぞき込んだりカメラのレンズを向けたりしても、少しも心乱すことなく、正確な線を引いて行くのです。

インド・細密画の制作風景

使うのはリスの毛で作られた細い筆一本。

見ているこちらの方が尻がもぞもぞしてしまうような緊張感でしたが、たぶん職人さんの方は「緊張」というのはまったくなく、鍛え上げた腕で黙々と絵を描いているといった感じなのでしょう。

インド・細密画の制作風景

筆を洗っては色を変え、鮮やかな世界を描き上げてゆく。

そしてそんな技の集大成、いや、本業の絵からしたらほんの余興(?)として、この工房のマイスターが私の名前を米に書いてくれました。

インド・細密画の制作風景

心をコメて米に字を書く。

文字はアルファベットでしたが、いやはやさすがだなと感心いたしました。
もちろんその米は今でも大切にしまってあります。
ただ大切にしまい過ぎてどこにあるのか・・・

まあそれはともかくといたしまして、今回はインド人の手先の器用さと細かい作業をし続ける精神力を、ちょいっとご紹介させていただいたのでありました。

そして、そんな細かい地道な作業の結晶にご興味をお持ちいただいた方は、ぜひこちら「インドの細密画その1」もご覧いただきたいと思う次第であります。

またインドの細密画は「ラクダ隊商パインズクラブ楽天市場店」にて販売しております。

*すでに売り切れている場合もございます。その際は何卒ご容赦願います。