2016年グジャラート再訪・第40回 / ドワルカからジャムナガルへ

ジャムナガルのバススタンドもまた新築工事の真っ最中であった。
造りかけの建物の横にトイレだけはあったので用を済ませておく。

インド、グジャラート州ドワルカのバススタンド

このバススタンドもまた新築工事中であった。

大きなバススタンドには不釣り合いな小さな待合所でバスの到着をしばし待つ。

この時私の目の前に小額紙幣の束を持っている男がいた。バスの車掌と思しき男となにやら話をしていたので、もしかしたらお釣り用の小額紙幣を集める商売なのかもしれない。とにかくその大量の小額紙幣の束が実にうらやましい。できることなら私の500ルピー札と交換してもらいたいところである。

インド、グジャラート州ドワルカのバススタンド

小さな待合所でバスの到着を待つ。

そうこうしているうちに8時45分発のバスがやって来た。
思った通りここから乗る乗客は少なく、席は選び放題である。

インド、グジャラート州営のバス

このバスがジャムナガルまで連れて行ってくれるのである。

さて、グジャラート州営のバスはインターネットでチケットの事前購入と座席の指定ができることは以前にもご紹介したが(その記事はこちら「2016年グジャラート再訪・第8回 / アーマダバードのセントラルバススタンド」)、なにしろバスはぼろっちい普通の路線バスだし、はたして座席を予約して乗る人などいるのだろうかと半信半疑であった。ところがこのバスでその「事前予約」の人を初めて見た。

インド、グジャラート州のバス予約システム

グジャラート州営バスはインターネットで事前のチケット購入および座席の指定ができる。そもそも座席表が二人掛け+三人掛けになっているので、それだけで座席の狭いごく普通の路線バスだということがわかる。

たまたま私のすぐ前の席が「事前予約」されていた席のようであり、そんなこととは知らずその席に座った乗客を、車掌が別の席に移動させていた。ちゃんと予約は車掌に伝わっているというわけなのだ。(まあそりゃそうだろうけど)
そして次のバス停からちょっと身なりの良い夫婦が乗り込んで来ると、車掌の案内でその席に着いたのであった。
しかしその夫婦はあきらかに戸惑っているように見えた。そう、まさかこんなぼろっちい普通の路線バスだとは思わなかったのであろう。その証拠に夫婦は「事前予約」の権利を捨て、まだ空いてる席の中からもう少し居心地のよさそうな場所を見つけそこに移って行った。
事前予約は確実に座れるという点ではいいのだが、バスが空いてる場合はその場の雰囲気で席を選ぶ方が快適である。そしてこれはホテルなどの事前予約にも言えることである。

インド、グジャラート州営のバスの車内

早めに始発のバススタンドに行って乗ればたいてい座れるので、バスの状態や乗り合わせた乗客などを見てから席を決めるといいのだ。まあ座れないという可能性ももちろんあるけど。

このバスの車掌は実に陽気な男であった。
乗客に切符を売りながらもなにやら冗談などを言い笑わせ、車内が込み合って来ると少しでも多くの人が快適に座れるよう調整したり、しまいには車掌用の席まで乗客に与えてしまうほどであった。

インド、グジャラート州営のバスの車内

バス停に止まるたび乗客は増えて行き、車掌も大忙しである。

そんなナイスガイの車掌は私のところにも切符を売りにやって来た。ジャムナガルまでのバス賃は99ルピー(約158円)であった。
私は昨日と同様に財布から500ルピー札を取り出しナイスガイに渡す。
ナイスガイは少し困った顔をして「釣りはない」と言う。
私は空の財布を見せ「それしかないんだよなあ」と返す。
すると車掌は「じゃあ他の乗客からお金を集めたらお釣りを渡す」と言い、私のチケットに「400」と書き入れた。この時点でもう1ルピーの釣りは渡す気がないところが何とも言えないが、まあ500ルピー札が使えるなら1ルピーくらい手数料だと思ってナイスガイにあげてしまっても構わないのだ。

インド、グジャラート州のバスチケット

ジャムナガルまでのバス賃は99ルピーである。

バスが走る道路はカッチ湾に沿っているため、湿地帯が多いらしくあちこちに湖や塩田が見える。

グジャラート州カティアワール半島のフラミンゴ

カッチ湾の最深部は小カッチ湿原と呼ばれる地域だが、全般的に湾の沿岸は湿地が多いようである。

そして湖にはピンク色のフラミンゴがたくさんいる。
もちろんここは行川アイランドではないので野生のフラミンゴである。

グジャラート州カティアワール半島のフラミンゴ

たくさんのフラミンゴが羽を休めたり餌を取ったりしている。

現インド首相モディの地元グジャラート州は幹線道路の整備が進んでいて、このぼろっちいバスでもそれほど揺れず、快走するのであっという間にジャムナガルに近づいて行く。

10:20 ジャムカンバリヤ(JAMKHAMBALIYA)バススタンドに到着。

インド、グジャラート州JAMKAMBALIAのバススタンド

ここまで来ればもうジャムナガルは近い。

この町はわりと大きいのかたくさんの乗客が乗り込んで来た。

インド、グジャラート州JAMKAMBALIAのバススタンド

ここでいままでにないほど大量の乗客が乗り込んで来た。

窓の下に物売りの少年が近づいて来たので、売り物を見せてもらうとポテトチップスであった。

インド、グジャラート州JAMKAMBALIAのバススタンドの物売り

大きなバススタンドにはこうした物売りがいるので便利である。

ジャムナガルまでもうあと少しなので気も楽になり、さっぱり塩味のポテトチップスを買う。値段は10ルピー(約16円)である。

インド、グジャラート州JAMKAMBALIAのバススタンドの物売り

少年の物売りからシンプル塩味のポテトチップスを購入。

さっそくポテトチップスを食べようとしていると、なにやら視線を感じそちらを見てみると、車内に乗り込んで来たポップコーン売りのおやじと目が合った。おやじは私が無類のポップコーン好きだと見抜いたようである。

インド、グジャラート州JAMKAMBALIAのバススタンドの物売り

ポップコーン売りのおやじは、こちらの心を見透かしたようにポップコーンを見せる。

なのでポップコーンも買う。これも10ルピーである。

インド、グジャラート州JAMKAMBALIAのバススタンドの物売り

結局誘惑に負けてポップコーンも買ってしまう。

バスは再び走り出した。もうあと1時間ちょっとでジャムナガルに到着するはずである。
私は大好物のポップコーンを一粒ずつ口に入れ、本来なら至福のひと時とポップコーンをゆったり味わう環境にあるはずなのだが、どうも心の奥がざわついて仕方がない。そう、それは私のチケットのお釣り400ルピーのことである。
先ほどのバススタンドからもたくさんの乗客が乗り込み、すでに車掌の手には私に400ルピーを返しても有り余るほどの札が握られている。そしておそらくこの先それほどたくさんのお釣りが必要になるとも思えない。なのでそろそろ私に400ルピーを返してくれてもよさそうなものである。実際後から乗って来た乗客に100ルピー札のお釣りを渡しているところを何度も見ているのである。

グジャラート州営バスの車掌の札束を握る手

あれだけの乗客に切符を売ったので、これくらいのお金が集まるのは当然であろう。

しかし車掌は極力こちらを見ないようにしているように思われるフシがある。
そして車掌は持ち前の陽気さをさらにパワーアップさせ、かなりの上機嫌で周りの乗客と声高に談笑している。
まるで車掌は臨時収入でも入って嬉しくて仕方がないというようにも見える。
まさかそれは私の400ルピーのことではないだろうな。いや、あのナイスガイがまさかそんな・・・
いいか、お前にあげたのは1ルピーだけなんだからな。

結局車掌から私に対してのアプローチは何らなく、11時52分、バスはジャムナガルのバススタンドに到着してしまった。
あとは車掌がどこぞに消える前にふん捕まえて400ルピーを奪還するのみである。

インド、グジャラート州ジャムナガルのバススタンド

お釣りをもらえないままバスは目的地の到着してしまった。

バスが停止すると車掌はいち早くバスを降りて行ってしまった。
こちらは他の乗客に阻まれて思うように動けない。くそっ、私の400ルピーはやつの豪華な夕食になってしまうのか。

と思ったら、どうやらこのバスはジャムナガル止まりではないらしく、車掌は車外で降りる客と乗る客の整理をしていた。
しかし意図的に私の方を見ないようにしているのは間違いない。
私は素早く車掌に近づくと「400ルピーを返せ」と言った。当然の権利である。
ところが車掌は「何だ?それは?」ととぼけるのである。とんでもないナイスガイだな、お前は。
そこで私はチケットを見せた。そこには青いボールペンで車掌自らが書き入れた「400」の文字があるのだ。

さすがの車掌もそれ以上抵抗しなかった。もしかしたら「もう返しただろう」とか「その数字が何だと言うのだ」とか言って来る可能性もあるなと思ったが、そこはやはり根がナイスガイなのかもしれない。
それでも車掌は先ほどまでのナイスガイぶりはどこへやら、憮然とした表情で少し乱暴に400ルピーを突き出して来たのであった。

インド、グジャラート州ジャムナガルのバススタンド

まあお釣りはもらえたので良しとしようとは思うのだが・・・

今まで何度もこうした路線バスに乗ったが、乗務員たちは総じて親切であった。
なのでこんな嫌な思いをしたのは初めてであり怒り心頭であったが、冷静になって考えれば、3時間ものバスの行程の中、一度もお釣りの催促をしなかったこちらにも非がないとは言えないのかもしれないなとも思った。
そして何より、バスの中で見たあの車掌の働きぶりを思い起こせば、やはり根は悪いやつではないのだろうなと思うことにして、バススタンドを後にしたのであった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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インドの伝統工芸細密画

2016年グジャラート再訪・第39回 / ドワルカの次へ

さて、ドワルカから先のルートであるが、一応ブジを目指すつもりではあるのだが問題は資金である。なにしろ昨夜の時点で「法定通貨」は2,190ルピー(約3,500円)しか持っていないのである。

あとはホテルの支払いに500ルピー札が使えるかどうかなのだが、これはなんの問題もなく使えた。まさかあの大ニュースを従業員が知らないはずもないので、おそらくオーナーからまだ高額紙幣受取拒否の指示が出ていないのだろう。
1800ルピーの部屋代に500ルピー札を4枚出すと、従業員はあちこちから苦労してかき集めた10ルピー札と20ルピー札でお釣りを渡してくれたのだが、数えてみると190ルピーしかなかった。
しかしここはお釣りがもらえただけでもありがたいと思うことにして、その札束をポケットにねじ込むと早々にホテルをあとにした。

インド、グジャラート州ドワルカのホテルGOMTI

あちこちでこうした水槽を見るが、泳いでいる魚は地味なものが多い。

ということで、手持ちの「法定通貨」は合計2,380ルピー(約3,800円)となった。
また現時点ではまだ500ルピー札が使えそうな雰囲気でもあるので、予定通りブジを目指して進むことにする。

実はドワルカとブジは直線距離では140kmほどしかない。

空が飛べたらあっという間に行ける距離なのだ。

しかしその間にはカッチ湾があり、陸路ではこれを迂回する400km以上の道のりとなる。

そこでドワルカ近くのオカ(OKHA)から対岸のマンドービー(MANDVI)を結ぶフェリーが2015年秋に就航した。

インド、グジャラート州オカとマンドービーを結ぶフェリー

これが使えると遠回りをしなくて済むのだが・・・

ところがその船はシンガポールあたりから買ってきた中古船だったようで、就航間もなくエンジントラブルで休業に入ってしまい、この時点(2016年11月)でもまだ航路の再開には至っていなかった。

ということでまた路線バスでの移動となり、まずはジャムナガル(JAMNAGAR)を目指すことにする。

バスはドワルカに着いたときに下りた道端の反対側辺りで待っていれば乗れるのだが、それでは座れるかどうかわからない。
なのでここは面倒でも一旦バススタンドまで行き、始発のバスに乗るのがいい。

お金をあまり使いたくはないが、バススタンドまでは少々距離があるのでオートリキシャで行くことにした。

インド、グジャラート州ドワルカのオートリキシャ

なかなかきれいなオートリキシャである。

ホテル近くに停まっていたオートリキシャに尋ねると、バススタンドまで50ルピー(約80円)とのこと。
ちょっと高いかなとも思ったが、荷物もあることだし、またこのドライバーとの交渉や他のオートリキシャを探すのに時間を使うのも嫌だったのでそれで行ってもらうことにした。

インド、グジャラート州ドワルカのオートリキシャ

それにしてもすごいミラーの数である。これだけミラーがあればさぞかし全方位の安全が確認できることだろう。

オートリキシャは途中住宅街で停まり、ドライバーの奥さんと思しき女が車内に顔を突っ込むようにしてボールペンをねだったりして少々いらついたが、その後はスムーズに走り、お陰で30分後に出るというジャムナガル行のバスに間に合った。
おそらく歩いて来たらそのバスに乗れなかったと思うので、50ルピーは良い投資だったと言っていいだろう。

インド、グジャラート州ドワルカのオートリキシャ

カスタム仕様のシートは運転手横の乗車でも快適性を保証してくれるだろう。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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インド先住民族の工芸品ドクラ

2016年グジャラート再訪・第38回 / 聖地ドワルカ、朝の寺院

ドワルカのガートのすぐ後ろには大きなヒンドゥー寺院がある。
寺院の名前は「Dwarkadhish Temple」である。発音は「ドワルカディーシュ」であろうか、でも自信がないので以後ドワルカ寺院と呼ばせていただく。

ガートでご来光を拝んだ信者たちが次に向かうのはこのドワルカ寺院である。
ガートからは両側に土産物屋の並んだ石段を登って行けばそのまま寺院に入ることができる。しかしこちら側は裏門といった位置づけとなる。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

寺院の南側は門前市となっていてにぎやかである。

では正門のある寺院の北側に回り込んでみよう。

すると、おお、さすがにこちらの方が人が多い。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院Dwarkadhish Temple

さすが正門は人の数が違う。

寺院の本堂は高さが50m以上もあるとのことで、近くに寄ると大きすぎてその全貌がよくわからないほどである。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

見上げるばかりの大きな寺院である。

なので寺院の全貌を眺めたい場合は、ガートの反対岸に渡り、そこから眺めるのがいい。
なお、この画像は2013年のもので、時刻は夕方だったので左側から日が当たっている。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

寺院は河の対岸から見るのがいい。

河には対岸に渡る橋が架けられている。
この橋は2016年に開通した(つまりこの時はわりと出来立て)らしいが、いつでも渡れるというわけではなく、通行できる時間が決められておりしかも有料である。
でもこの河は海の潮が引く時間になると歩いても渡れる。(季節や天候にもよるだろうけど)実際3年前は歩いて渡った。
もっとも完全に水がなくなるわけではなく、ひざ下くらいまでは濡れることになるが、その代わりタダで渡れるので文句を言ってはいけない。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

インドの建築業界もずいぶんスピードアップしたものである。3年前は工事の気配すらなかったのにもう立派に完成している。

さて、正門の方に戻るが、門の前には神様に捧げる花輪を売る人がたくさんいる。そしてそれは買う人もたくさんいるということである。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

寺院の入り口には神様に捧げる花輪売りがたくさんいる。

寺院の入場は無料であるが、寺院内は土足禁止となっており履物を脱いで裸足で入らなければならない。
なおドワルカ寺院は開門時間が決められており、月曜から木曜日と土曜日は8時~12時、16時~20時の二回、日曜日は8時~14時の一回、金曜日は休みとなっている。

注:6時~13時、17時~21時30分と書かれている記事もあるので、いろいろな事情(季節や祭典、警戒レベルなど)で開門時刻を変えているのかもしれない。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

寺院内は土足禁止なので、信者たちはその辺に履物を脱いで行く。

この時は開門直前であったので入り口にはたくさんの信者が殺到していたため、私は入るのを遠慮した。
なお寺院内は撮影禁止で、カメラ類の持ち込みもできない。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

やはり朝の礼拝時間が一番込み合うのだろう。

今やインドに限らず世界的に「人の集まるところテロあり」なので、ドワルカ寺院にも機関銃を備えた監視所ができていた。しかし恐ろしい世の中である。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

信者たちは神様と銃口の二重に守られているのだ。

寺院の周りには巡礼者をあてにした土産物屋がたくさんある。
店にはもちろん宗教関係の商品もたくさんあるが、おもちゃなど普通の観光客向けの商品の方が目を惹く。旅行に出ると財布のひもが緩むのは万国共通なのであろう。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

たとえ「巡礼」といっても旅行は楽しいものなのだ。

小さな子供を連れた家族などを見ると、子供がなにか買ってもらえるといいなとつい思ってしまうのである。

インド、ドワルカのヒンドゥー寺院

サルのぬいぐるみもじっと買われるのを待っている。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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動物の鈴・アニマルベル

2016年グジャラート再訪・第37回 / 聖地ドワルカ、朝のガート

昼間は河で水遊びをしたり泳いだりする人もいて、聖地というより観光地といった感じのドワルカであったが、さすが四大巡礼地に数えられるだけのことはあり、日の出の時刻ともなるとガートには大勢の人たちが集まって来る。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

さすが聖地、朝のガートにはたくさんの人が繰り出して来る。

さあ、いよいよご来光である。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

日の出はどこで見ても清々しいものである。

早起きして出て来た甲斐があったと言いたいところだが、実はもうインド標準時で7時10分なのである。なにしろここはインド最西端の地(領土としてはもっと西もあるし、この界隈でもここが最西端というわけではないけど)なので日の出も遅いのである。

とにかく今日もまた太陽は東から顔を出し、聖職者らしきおっさんは日の出に向かってラッパを吹くのである。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

高らかにラッパが吹き鳴らされる。

そしてまだ肌寒い中、果敢にも河に入って朝日に祈る敬虔な人々がいる。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

朝日に向かって祈る人々。

また河に燈明を流し、静かに祈りを捧げる人々もいる。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

燈明を流す人もたくさんいる。

でもここは河口なので、時折海から押し寄せる波がガートに激しくぶつかったりするので要注意なのだ。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

ここは海がすぐそこなので波も立っていたりする。

ガートには小さな祠があり、そこでも聖職者による祈りが捧げられる。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

ガートにある祠でも祈りが捧げられる。

いったいこの小さな町のどこにこれだけの人が泊まっているのかと不思議に思うほど、本当にたくさんの人たちがガートに出て来ている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

とにかくすごい人である。

そして牛もなにかおこぼれに預かろうと待ち構えていて、人懐こく近づいて来たり、ガートに供えられたお供え物を食べたりしている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

人のいるところ牛もまたいるのがインドなのだ。

またガートに続く道にはたくさんのサドゥーやサドゥーもどきが居座り、道行く人たちに施しを求めたりしている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

サドゥーも団体でいるのだ。

とまあ、朝のガートはこの町が一番活気づく時間なのである。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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インドのおもちゃ

2016年グジャラート再訪・第36回 / 持ち金チェックと今後の方針

昨夜(2016年11月8日)の突然の高額紙幣廃止宣言から一日が経ち、外務省からのメールやテレビのニュースなどにより少しずつ状況がわかって来た。

インドの旧500ルピー札

一夜にして政府のお墨付きを外されたかわいそうなお札たち。

一応法律上は500ルピー札と1000ルピー札は通貨ではなくなったらしいが、年内は金融機関窓口での新札への交換ができ、さらに銀行口座への入金は可能であるらしい。
また本日金融機関は一斉に臨時休業となり、一般庶民は新札への交換もできず、とりあえず状況観察するしかないようである。

そのためか、はたまたここがインド西端の片田舎だからか、とにかくまだ500ルピー札は通用している。
実際早朝のジュナーガルのホテルでの支払いやバスの運賃、ここドワルカでの食事などで500ルピー札は特に問題なく受け取ってもらえた。
そのためお釣りでもらった100ルピー札や50ルピー札の「法定通貨」が増えた。お金を使うとお金が増えるなどというのは初めての経験である。

というわけで、9日夜の時点での手持ち金額は以下の通りとなった。

100ルピー札が18枚
50ルピー札が5枚
20ルピー札が3枚
10ルピー札が8枚

合計金額2,190ルピー(約3,500円)である。

やった! 朝より1,000円以上増えてるぞ!

とは言え、こんな金額じゃまだまだ心もとない。

今回のグジャラートの旅は、アーマダバードを起点とし目的地をカッチ地方のブジとする約2週間の行程である。

そのため帰路となるブジ―アーマダバード間の普通列車のチケットと、アーマダバード-デリー間の特急のチケットは事前に確保してある。
なのでそこまでなんとかたどり着ければ、デリーまでは帰りつけるということになるのである。
ただしブジの列車は11月16日発、アーマダバードの列車は11月17日発とまだ一週間ほど先であり、それまで食いつなげるかが問題なのだ。

はたしてこの先通貨問題にからむ状況はどうなるであろうか。
まあ金融機関が動き出しても、その窓口が大混雑することは確実であるので、そこで旧札を交換しようなどという選択肢はすでに考えていない。
とりあえずは500ルピー札を使えるだけ使うことだが、一般の人たちがいつこの問題の重大さに気付くかである。少なくともこの界隈の今日の時点では、みんなまだそれほど深刻に考えていないような雰囲気がある。たぶん新札に交換すれば済むことだくらいにとらえているのではないかと見受けられる。
でも相手はインド政府なのである。そうスムーズにはいかないであろう。なのでみんな誰かが慌て出すのを見て自分も慌て出し、それが連鎖反応を引き起こして大混乱となることは間違いないであろう。
そしてそれは金融機関が動き出した時であり、特に大都市から先に大混乱に発展するであろうと私は予想した。

なので一番いいのは早いとこド田舎のブジに行ってしまい、定宿のゲストハウスでのんびり過ごすことだと結論付けた。
予定ではラジコット(ラージコート)に寄って、ガンディーゆかりの地を訪れたかったのだが、ラジコットはそこそこの都会らしいので避けた方が無難であろう。下手をしたら暴動に発展する事態だって想定できるのである。

まずは明朝このホテルの支払いが500ルピー札でできるかであるが、それが今後の行動を決めるひとつの判断材料になるであろう。

テレビではアメリカ大統領選のニュースを伝えている。どうやらまさかの結果になったらしい。
まったく世の中一寸先は闇であり、だれにも予想できないのだなあ。

とにかくまあ明日は明日の風が吹く。成り行きに任せそれ次第でどうすればいいかを決めればいいやと思ったら、少し気楽になった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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木彫りのガネーシャ

2016年グジャラート再訪・第35回 / ドワルカのガートにて

インド国内にはヒンドゥー教の聖地というものがあちこちにある。
でまあ聖地に限らずそういうものの中から突出したものをひとくくりにして、三大〇〇とか五大〇〇とか呼んだりするが、ここドワルカもヒンドゥー教の四大巡礼地のひとつである。

インドの聖地と言えば階段状のガート(沐浴場)を思い浮かべる人も多いと思うが、ここドワルカにもちゃんとガートがある。
ここはアラビア海に面した河口にあたるので、一日のうちでも潮の満ち引きによって水量がかなり変わり、向こう岸に歩いて渡れる時間帯もある。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

この沐浴場は海の干満により水位がかなり変わる。

日の出の時刻ともなると、このガートは祈りを捧げる巡礼者でいっぱいになるが、昼の日中の間抜けな時間だと、水遊びに興じる若者などもいてとてものどかな雰囲気である。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

昼間は沐浴より、明らかに楽しんでいる人たちが目につく。

そんなガートの傍らで、なにやらせっせと粉を練っているおっさんがいた。
まさかこんなところで陶芸でもあるまいし、いったいなんだろうと思っていると、おっさんは練った粉をこぶし大の団子にして並べ始めた。ははあ、あれは魚の餌なのだな。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

おっさんはその場で商品を製造する。これも地産地消と言うのだろうか。

確かにこの河には魚がたくさんいる。
すぐそこが海なのでボラなのかもしれない。とにかくなかなか大きな魚が群れを成してガート付近をウロウロしている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

魚もこれほどいるとちょっとなあ・・・

おっさんはそんな魚にあげるエサを売っているのである。
動物にエサを与えるのはなかなか楽しいことであるが、巡礼者は功徳のつもりでエサを与えるのだろう。
おっさんの団子は二つで10ルピー(約16円)のようである。材料は粉と水だけとはいえ、結構一生懸命練った産物にしてはちょっと安過ぎるような気がする。私はここに一時間以上座って見ていたが、その間客は二人くらいしか来なかった。まあここが一番にぎわう朝には、きっともっと売れるのであろうが、あまり儲かる商売とは言えないであろう。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

恋人たちは魚の群れに何を願うのか。

と、そこに袋いっぱいのパンを持った少年がやって来た。
どうやらパンは少年が食べるためのものではなく、魚にやるつもりで持って来たようであった。実際少年はパンをちぎっては河に投げ込んでいる。
う~ん・・・功徳もいいがちょっともったいない気もする。私も日本で友人が川の鯉にあげるために買ったパンを、つい我慢しきれずにもらって食べたことがあるが、腹をすかせた人が見たらどう思うであろうか。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

インドもついに飽食の時代に入ったのか。

まあそれでも自分のパンを誰に食べさせようと少年の勝手であるので、それはまあそれでいい。
しかしこの少年はついに大量のパンを持て余し、こともあろうかおっさんの傍らに来て、エサを買いに来たと思われる人に自分のパンを配り始めたのである。これは完全に営業妨害である。しかも無料という大幅なダンピングによって、おっさんのシェアを根こそぎ奪っているのである。ここはすぐさまセーフガードを発令し、少年のパンに200%の報復関税をかけるべきである。 あー、元がタダだからいくら掛けても0のままか・・・

インド、グジャラート州ドワルカのガート

少年よ、君はまだ生きる苦しみというのを知らない。

見れば少年は金持ちの子供丸出しのふくよかさで、頬のこけたおっさんに比べて偉そうである。
そこにカーストなどの諸事情や客商売ならではの低姿勢が絡んで来るためか、おっさんはただ苦笑いを浮かべて弱弱しく「勘弁してくださいな、坊ちゃん」というようなっことを言うのが精いっぱいなのである。

私はそうした光景をずっと見ていて非常に腹立たしく思ったのだが、部外者である私が出て行って少年の頭をポカリと殴るわけにもいかず、せめて懇親の力を込めて、少年がガートで滑って河に落ちてしまえと祈るしかないのであった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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木彫りのガネーシャ

2016年グジャラート再訪・第34回 / ドワルカの食事

時刻は午後1時を回り、だいぶ腹が減った。

前回来た時に入った安食堂で食べようと思い、記憶をたどって歩くがこれが一向に見つからない。わりと人通りの多い道に面した店で、しかもその店先のかまどで調理しているので、見逃すはずはないのにそれが見つからない。
まさかこんな裏路地のわけはないというような小道にも入り込んで探したが、その安食堂は忽然と(まああれから3年もたってるんだけど)姿を消したようである。

歩き疲れたので小さな店でインドの炭酸飲料サムズアップ(25ルピー、約40円)とポテトチップス(10ルピー、約16円)を買い、海の近くで食べる。

インドのコーラ、サムズアップとポテトチップス

インドにいると食事代わりにこういうもので済ませてしまうことも多々ある。

日本ではまず炭酸飲料も飲まなきゃポテトチップスも食べないが、インドに来るとついこういうものを飲んだり食べたりしてしまう。それでもちゃんと健康には気を付けて、クリーム&オニオンというのにした。これならタマネギ効果で血液がサラサラになるかもしれない。

少し休んで元気が出たので、再び食堂を探すことにする。
しかしもうあの安食堂にはこだわらず、どこか良さ気なところに入ろうと思い歩いていると、道端にいたおっさんが何やら声を掛けて来た。言ってることは現地の言葉なのでほとんどわからないのだが、おっさんの発する言葉の中から「チャイニーズ」という単語をキャッチしたので聞き返すと、すぐ後ろの建物を指差しうなずく。
食堂はその建物の二階部分のようである。そしてここにはチャイニーズ・メニューがあるようである。
これはもうここに決めるしかない。なにしろ時刻はもう午後2時なのだ。

インド、ドワルカのレストラン

やはり声掛けとか呼び込みというものは効果があるのだ。

この店は最近オープンしたばかりなのか、店内はわりときれいで内装もこじゃれている。
でも私はこういう雰囲気が苦手である。しかも店内には他の客はおらず、大きなガラス窓のそばに座っているのは、おそらくこの店のオーナーなのだろう。男は何も食べずに本だか手帳だかをしきりに眺めている。とにかくまったく活気のない店で、大丈夫なのかよと思ってしまう。

インド、ドワルカのレストラン

なんだかガランとして淋しいレストランである。

まずはミネラルウォーター、もとい、パッケージド・ドリンキング・ウォーターを頼み、喉の渇きを潤す。

インドのペットボトル入り飲料水

ちょっと小ぎれいなレストランでも、どんな水が供されるかわからないので、安全を確保するため水にもお金を払う。

疲れていたところにおっさんの「チャイニーズ」という誘いに負けてうっかり入ってしまったが、やはりメニューは高めの設定である。この料金にはこの趣味の悪い(あくまでも私の感覚だけど)内装代も入っているのかと思うと嫌になる。ああ、あの安食堂で食べたかったなあ。

無難そうなところで、ベジ・フライドライスを注文する。
入ってる具は少々のキャベツだけと貧弱だが、値段は100ルピー(約160円)と立派である。

インド、チャイニーズメニューのフライドライス

そんなにうまくもないが特にまずいというほどでもないフライドライスである。

味は特筆するほどのことはなく普通である。つまり可もなく不可もなく具もないという、三無主義的フライドライスなのだ。
でも取り分け用にきれいな白い皿が供され、私は小ぎれいな店内で一人お上品にフライドライスを食べた。

インド、チャイニーズメニューのフライドライス

取り分け用の皿よりボウルのままの方が食べやすいだろうなあ。

そもそもフライドライスなんてものは大したものではないので、こんなエアコンの効いたきれいな店ではなく、開けっ広げの汚い食堂で汗を流しながら食べたほうが断然うまいのである。

なお、支払いは500ルピー札が問題なく使えた。(「インドのキャッシュクライシス」参照)
その点だけ見ると、もしかしたら安食堂より良かったのかもしれない。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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インドのショール

2016年グジャラート再訪・第33回 / ドワルカのホテル

ドワルカも二度目と言うことで、勝手知ったる場所と舐めて歩き出したら道に迷い、だいぶ遠回りをしてようやくガートの辺りに出た。

できれば宿はこの辺りに取りたいと、まずは川辺の公園に面したホテルに入ってみた。

インド、ドワルカのホテル

この右側は川辺が整備されちょっとした公園になっている。

しかしこのホテルは満室であえなく断られてしまった。

そこでひとつ裏手となるホテル「GOMTI」に行ってみることにする。
実はここは前回泊まったホテルなのだが、とにかく手当たり次第に当たってみるのだ。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

別にホテルのコレクションをしているわけではないので、同じホテルでも特に問題はないのだ。

するとデラックスルームが一部屋だけ空いているという。
料金は1,800ルピー(約2,900円)とやや高めだが、ディウでの苦戦を思えば「空いててラッキー!」と思うべきであろう。

部屋は二階の103号室。
さすが「デラックスルーム」である。なかなか広い。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

一人で使うにはもったいない広さである。

エアコンと薄型テレビがある。
また最近リノベーションしたらしく、全体的にきれいである。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

何か操作を間違えたのか、テレビは途中で見られなくなってしまった。

なお、部屋は河口に面した南向きで大きな窓もあるのだが、目の前に別の建物(たぶんホテル)が立ちふさがっているため景色はぜんぜん見えない。

トイレと兼用のシャワールームにはバスタブはない。
ここももちろん改装されたのだろうが、床のタイルの目地は早くも黄ばんでいる。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

水回りはよほどしっかり掃除をしないとすぐ劣化する。

Wi-Fiは一階のフロント周辺でしか使えないが無料である。

前回も特に問題が無かったから今回も泊まるのだが、従業員は親切でなかなか居心地の良いホテルである。
なので特筆すべきトラブルもなく、残念ながら面白いエピソードはひとつもないのである。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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木彫りのガネーシャ

水分補給はわすれずに・インドの飲料水

日本でも「熱中症対策には適度な水分補給を」なんてことが盛んに言われるが(ちょっと季節外れな話題だけど)、暑くて乾燥しているインドではなおさらである。

でも日本とは違い、やたらな水は飲めない。
たとえ「Drinking water(飲料水)」なんてわざわざ書いてある水道でも、ましてや道端に置いてある施しの水などは、旅行者は避けた方が無難であろう。

インドの道端の水瓶

道行く人にふるまわれる水瓶の水はちょっと魅力的ではある。

ではどうしたらいいかと言えば、それはやはりお金を出して安全な水を買うことである。

で、そういう水をつい「ミネラルウォーター」と言ってしまうのだが、あくまでもミネラルウォーターは地下水を基にしたものということで、日本でもそうでないものは「ボトルドウォーター」と呼ばれている(らしい・・・実際にそう呼ばれているのを聞いたことないけど)。
でもって、インドではそういうのを「パッケージド・ドリンキング・ウォーター(Packeged Drinking Water)」として売られている。

インドのペットボトル入り飲料水

今やインドでもいろいろな種類の水が売られるようになった。

一昔前はこういうペットボトル入りの飲料水を買う時には、必ず栓の封印が切られていないか(つまり詰め替え品でないか)を確かめたをものであるが、今ではいろいろな種類のものがごく普通に売られるようになったので、よほど怪しいところで買わない限りまず大丈夫かと思う。

それでも心配な人には、詰め替えがまずできないビニールパックの水をお勧めする。

インドのビニール袋入り飲料水

袋詰めの飲料水は手軽で庶民の味方なのだ。

このビニールパックの水は飲み切りサイズで値段も安く(10ルピー、約16円ほど)、売る方もバッグに無造作に放り込んで売り歩けるので便利なのだ。

飲むときには袋の一部を歯で噛み切って穴を開ける。
私などはそのまま袋にしゃぶりついて飲むが、インド人の多くは大きく開けた口めがけて放水する。
ただし歯で開けた穴なので水が真っ直ぐに、また一本の放物線で放出されるとは限らないので、飲み始めは口の周りや服の胸元までも濡らすことがあるので要注意なのである。

インド先住民族の工芸品ドクラ

旅の持ち物シリーズ・その29:タブレット端末、スマートフォン

時代の移り変わりによって、また技術や社会システムの進歩によって旅の持ち物は変わると思うが、小型の情報端末の登場は単に変化というより革命をもたらしたと言っても過言ではない。

タブレット端末

小型情報端末は旅のスタイルを大きく変える。

今までこのコーナーで28種類の「旅の持ち物」を紹介して来たが、そのうちの10種類もの「旅の持ち物」がこの情報端末でまかなえてしまえるようになった。

以下にその10種類を並べてみる。

◎ガイドブック
◎電子辞書
◎電卓
◎寒暖計
◎腕時計(標高計付)
◎方位磁石
◎音楽プレーヤー
◎カメラ
◎メモ帳
◎懐中電灯

最後の「懐中電灯」は実用にはちょっと無理があるかもしれないが、できないことはないだろう。
とにかく情報端末はこれだけのものをカバーできるほどの機能を持っている。さらに海外でも使えるスマホであれば、電話の機能はもちろんのこと、いつでもどこからでも各種チケットやホテルの予約ができてしまう。
また外国語の翻訳機能は会話だけでなく、カメラで撮影することで看板の文字まで翻訳してくれる。もう語学の勉強なんか必要ない。

しかしそれも情報端末がちゃんと機能していればのことである。
あまり機械を頼りにし過ぎると、ひとたび電池切れや故障などで動かなくなると一大事である。実際私のジャスト6,000円也!のタブレットは旅の半ばで突然沈黙した。

また何でも手のひらの上の画面で解決できてしまうと、その分周りの人との接点が少なくなるということもある。
たとえば見知らぬ異国の街で方角をすっかり見失ってしまったとき、宿の空き部屋を求めて手当たり次第に歩き回っているとき、次の街への移動手段がわからず右往左往しているときなど、普段の生活ではあまり味わうことのない無力感と不安感とで、恥も外聞もなく周りの人に助けを求めることになる。そしてそれがまた妙に気持ちが良かったりするのである。おそらく大人になるにつれ忘れてしまった「素直な気持ち」に立ち返ることができるからなのだろうと思う。

別に便利な道具を否定する気持ちはない。なにしろ私は子供の頃から算盤もできなければ字も下手だったため(今もだけどね)、電卓やワープロの出現には大喜びした口である。
でもせっかく旅に出て日常とは違う環境に身を置くのなら、少しは不便や不安な思いをして、人のありがたみを感じるのもいいんじゃないかとも思うのである。

インドのショール