バスタルへの道

ここではインド先住民族の住む「バスタル地方」に至るまでをご紹介致します。

今回私はかねてより念願であった、インドの先住民族が多く居住するバスタル地方の中心地ジャグダルプル(チャッティースガル州)に行って参りましたので、ここではそこに至るまでの道程をご紹介させて頂きます。

チャッテースガル州の位置私は今回南インドを巡ったのちに、チェンナイ方面から北上してのジャグダルプル行きとなりましたので、起点となったのはアーンドラ・プラデシュ州の港湾都市ヴィシャカパトナムでした。
ジャグダルプルには未だに民間利用の空港がないため、どうしても陸路でのアプローチとなります。その移動手段はふたつ、バスか列車の二者択一です。
私はバスでの長距離移動が嫌いなので、迷わず列車を選びました。
ただし列車に関しては一日一本の各駅停車しかなく、所要時間も約10時間と長く、それなりの覚悟が必要なのです。

覚悟と言えばもうひとつ、チャッティースガル州にはナクサライト(マオイスト)と呼ばれる反政府ゲリラがかなりの勢力を持っており、少なくとも密林地帯にはやたらと入って行ってはいけないという警告が出されている所なのです。
ゲリラの襲撃を報じる新聞実際に私が訪れる1か月前には、ゲリラ集団(なんと300~400人規模だというから驚きです)が守備隊を急襲し、76名もの隊員の命を奪うという事件が発生致しました。
事件の現場はダンテワーラーという所でしたが、そこは私が行こうとしているジャグダルプルから直線距離で80kmほどしか離れておらず、私としてははたして命の危険を冒してまで行く必要があるのか?ということを真剣に自問自答せざるを得ず、できれば何か自分の力ではどうにもならない事態で行かずに済めば、言いわけも立って楽なのになあ、などとつい弱気になってしまったのでした。

しかしまあ自分で「行く!」と決めたのですから、そこは努めて最悪の事態を考えないようにし、それでも万が一のゲリラの襲撃を用心して、お金を分散するなどの準備は怠らなかったのでありました。

バスタルへの道というわけでまだ明けやらぬ5時50分、私はヴィシャカパトナムの駅にやって参りました。

私が乗る列車「VSKP KRDL PASS(1KV)」の出発は6時50分とまだ1時間もあるのですが、実は昨日駅の窓口で二等車の指定席切符を買おうとしたところ「ない」と言われてしまい、代わりに渡されたのが、なんだかよくわからない「FC」という記号の書かれた切符だったのです。
まあその場でちゃんとその「FC」の意味を聞けばなんてことはなかったのですが、その時はとにかく当日駅に行けばすべてがわかるのだからと、そのまま放置してしまったのです。

しかしなんといっても長時間の列車の旅ですので、なんとしても座って行きたいわけです。もしかしたら「FC」というのは「Free Chair」の略で自由席(ホントはそんな英語はありませんが)かもしれませんので、とにかく駅には早目に行って、列車が入って来るやいなやエイヤ!と飛び乗り、席を確保しなければならないのです。

バスタルへの道ホームに行くとすでに列車が停まっていたので焦ってしまいました。完全に出遅れです。
ところが車内を覗くと意外と乗客は少なく、自由席もまだガラガラといった状態でした。

ということで心に余裕ができた私は、とりあえず「FC」という表記の車両があるかどうかを探してみることにしました。

バスタルへの道するとどうでしょう、車両の中央部に赤い「FC」の看板を掲げた車両があり、その乗車口に貼られた乗客名簿には私の名前がちゃんと載っていたのです。

やった!これでとりあえず座って行けるぞ!

しかしなぜか「FC」の車両には鍵が掛かっていて乗り込むことができません。

6時09分、ようやく車掌が来て入口のドアを開けました。

車掌に切符を見せ自分の席を確認すると、車掌はぶっきらぼうに「Eキャビンだ」とだけ言いました。
「Eキャビン」の意味もわからぬまま車両に乗り込みますと、おお、なんとこの車両はすべて個室になっているではありませんか。
なるほど、「FC」というのは「First Class」のことだったのです。今まで一等車に乗ったことがなかったのでまったくわかりませんでした。

バスタルへの道一等車とはいえ、車両はだいぶくたびれたもので、エアコンもありませんでした。

でもまあ他の車両から比べたら天国みたいな境遇ですし、そもそも立って行くことすら覚悟していたのですから、文句などあろうはずはないのです。

6時52分、ほぼ定刻通りに列車は出発しました。
しばらくはヴィシャカパトナムの町中を抜けて行きます。
バスタルへの道

7時19分、大きなセメント工場(たぶん)が見えて来ました。バスタルへの道

ここを過ぎるとすぐ、車窓は田舎の風景になりました。バスタルへの道

このあたりで車掌がキャビンにやって来て、自分の荷物を置いてくつろぎ始めました。
私の想像では、普段このキャビン(ここだけ二人用でした)は車掌用に確保しているもので、それが今回は急に外国人(私のことです)が来たために譲らざるを得なくなり、それで先ほどずいぶんぶっきらぼうな態度を取ったのではないかと思うのです。

そんな車掌は私を見て、「朝飯は食べたのか?」と聞いて来ました。
私は駅のホームで買ったポップコーンの袋を見せ、「これが私の朝食です」と答えたのですが、実は私はこのときかなりひどい下痢をしておりまして、長時間の移動に備えて極力固形物を取らないようにしていたのです。
ということで私のことなら心配ご無用です。私はポップコーンと水だけあれば充分なのです。

8時00分、約15分遅れで「MALLIVIDU駅」に到着しました。
ここから単線区間に入るようです。
バスタルへの道

8時30分、車掌がもうひとり別の男を連れてキャビンに入って来ました。
どうやら二人は同僚で、これから一緒にここでお弁当を食べるようです。
バスタルへの道

私はそんな二人から目をそらし窓の外を眺めていたのですが、ふいに背後から車掌の声がし振り返ると、車掌がなにやら包みを私に差し出しました。
包みを受け取り中を開いて見ると、それはお弁当でした。
車掌さん(ここからは「さん」付けになります)は私にお弁当を買ってくれたのです。
さっきはあんなにぶっきらぼうな感じだったのに、本当は優しい人だったのです。
バスタルへの道
私はお礼を言ってお弁当を食べました。ビニール袋に入ったカレーは辛く、いかにも下痢っ腹にはこたえそうでしたが、車掌さんの親切を無にするわけにはいきませんので必死に食べて完食しました。

8時45分、今度は車掌さんではない方の男性が、チックーをくれました。
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チックーというのは一見ジャガイモのような姿をしていますが、実は果物で、食べると干し柿のような味と食感がするとても不思議な食べ物なのです。
これもありがたく頂きました。
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8時49分、外の景色はだんだん「山」といった感じになって来ました。
なにしろこれからこの列車は、東ガーツ山脈を越えて行くのです。
バスタルへの道

実はこの列車、何を隠そう広軌軌道としてはインドで一番標高の高い所を走る列車なのです。
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8時53分、切通しを抜けて行きます。
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9時11分、高い鉄橋を渡り、それに続くトンネルに入って行きます。
バスタルへの道

下を覗くとこんな感じです。
脱線なんてしたらまず助からないでしょうね。
ゲリラも怖いですが、遭遇してしまう可能性からすると、事故の方が怖いかもしれません。
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トンネルがいくつも続き、トンネルに入るたびにみんながなにやら大声で叫ぶので、実ににぎやかです。
チックーをくれた男性はやはり鉄道関係の人らしく、「この路線には44のトンネルがある」と教えてくれました。
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9時22分、工事関係者しかいないような名前もわからない駅(?)に停車しました。
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9時28分、ここで本日初めての列車の入れ替えです。
すれ違ったのは貨物列車でした。
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9時51分、女性が列車の窓から手を延ばし、風を感じています。
とにかくだんだん山深くに入って来て、風も気持がいいのです。
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10時14分、「BORRAGUHALU駅」到着です。
時刻表では9時41分着になっていますので、すでに30分以上の遅れが出ています。
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10時37分、窓の外に時折奇妙な土の塊を見かけるようになりました。
どうやら蟻塚のようです。
バスタルへの道

11時11分、列車はこんななんにもない所に停まりました。
降りた人たちはみな土手を上がって行きます。
きっとその土手のずっと先に集落があるのでしょうが、よそ者としてはつい「こんなところで降りちゃって大丈夫かな」なんて余計なことを思ってしまいます。
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11時15分、予定より25分遅れで「ARAKU駅」に到着です。
ここは避暑地かなにかがあるようで、若者を中心とした多くの乗客が降りて行きました。
二人の白人のおねえさんたちも降りて行きましたが、ここはそんなに良い所なのでしょうか?
バスタルへの道

11時22分、先ほどの駅で乗客のほとんどが降りてしまったらしく、その後トンネルに入ってもたいした歓声が聞こえなくなり、実に寂しい限りです。
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11時24分、チックーをくれた男性が、今度はなんだか得体の知れないもの(失礼)をくれました。
見た目は半熟のゆで卵がつぶれて割れてしまったような感じなのですが、実際外側は白くて薄い殻のようなもので覆われています。
バスタルへの道

せっかくのご好意なので、恐る恐る食べてみたところ、中は半透明のゼリー状の物質で、味は特にこれといった特徴はありません。
ただし外側の薄い殻状のもの(もしくはその下の渋皮)に苦みがあり、なんだかこれはなあ・・・という感じ(よくわからないと思いますが)の食べ物(たぶん食べ物なんだよなあ・・・まさか石鹸とかじゃないよなあ)なのです。
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11時43分、再び30分以上の遅れとなり「GORAPUR駅」に到着しました。
ここで本日3回目の列車の入れ替えとなりました。
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12時01分、ようやく出発して5時間が経ちました。
遅れを考慮してもすでに行程の半分ほど来たことになりますが・・・はたしてどうなのでしょう。
バスタルへの道

12時45分
時折こうして列車に手を振る子どもたちや、列車を見て走って来る子どもたちを見かけるのですが、この路線は一日に上下一本ずつしか客車が通らないので、彼らにとっては「外界」と触れ合う貴重な機会なのでしょう。
そしてすでに列車の旅にも少々飽きてきている私にとっても、手を振ってくれる人がいたりすると、こちらからも振り返したりして暇つぶしになっていいのです。
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12時52分
とにかく一日一本の貴重な移動手段ですから、みなさんこの列車を逃すわけにはいかないので必至です。
バスタルへの道

13時14分
これで何度目の入れ替えでしょうか。
客車は一日一本なのに、貨物列車は結構本数があるようです。
だったら一輌くらい客車もつないであげればいいのに。
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ホームは反対側にちゃんとあるのですが、少しでも早く乗り込んで席を確保しようと、ホームのない側からもどんどん乗り込んで来ます。
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13時37分
もういい加減書くこともなくなってしまいました。
バスタルへの道

13時49分、約35分遅れで「KORAPUT JN駅」に到着しました。
予定より遅れているとはいえたったの30分ちょっとですから、ここまではまあ合格点じゃないでしょうか、ここまではね。
バスタルへの道

と思ったら、14時30分になっても列車は出発しません。
時刻表の出発予定時刻は13時30分ですので、なんとこの駅で1時間の遅れになってしまいました。

14時36分、反対側のホームに客車が入って来ました。
そうなのです、この駅で本日(だけではなく毎日ですが)唯一の客車同士の入れ替えが行われるのです。 今到着した列車は、始発駅のキランドゥルを今朝出発して、ヴィシャカパトナムに夕方到着する予定の列車なのです。
バスタルへの道

結局「KORAPUT JN駅」を出発したのは、予定から遅れること1時間10分の14時40分でした。

14時55分、「MANABAR駅」に到着です。
バスタルへの道

15時09分、相変わらず列車はいくつもの鉄橋を越えて走って行きます。
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15時15分、線路わきに転がる貨車が見えました。
いやあ、遅れが出るくらいならまだいいけど、事故だけは避けてほしいものです。
どうか道中安全に行かれますようにと、思わず祈ってしまわずにはいらないのでした。
バスタルへの道

15時28分 ほら、まだまだこんな場所を通るわけですよ。
とにかく無事に着いてくれよと、ひたすら祈り続けるのです。
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15時31分、「MALIGURA駅」到着です。
バスタルへの道

15時48分、緑の高地をひたすら走る。
これを読んでる人もさすがに飽きて来たかと思いますが、実際に列車に乗った私はもっと大変だったということをご理解頂き、もう少々ご辛抱下さい。
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15時49分、牛がいるけど、それももう見飽きました。
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15時55分、「JEYPORE駅」に到着です。
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16時07分、
もう反対側にホームがあるのかどうかなんて、どうでもよくなりました。
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16時15分、「KHADAPA駅」に到着しました。
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17時01分
あーあ、夕方の5時になっちゃったよ・・・
ジャグダルプルでもホテルは予約なんかしてないし、しかもガイドブックには一軒しかホテルが載ってないし・・・
大丈夫かなあ・・・とちょっと不安になる。
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17時24分
ようやく・・・ホントにようやく目的地であるジャグダルプルに到着しました。
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なぜか列車の遅れはいつの間にか少し縮まっていて、予定時刻から遅れることほんの55分でした。
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まずは無事に到着できたことに感謝です。

バスタルへの道ジャグダルプルの駅は想像していたよりずっと小さく寂しい駅でしたが、まだ空は明るいし、オートリキシャもあるし、あとはホテルの部屋が空いているかどうかだけです。

この際少しくらいボラれてもいいから、首尾よくホテルに入れますようにと、先住民族の神々に祈る私なのであります。

なにはともあれ長い長い列車の旅、大変お疲れ様でした!

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