2001年7月14日:俗と聖の交わるところ その1 / バナラス

インドな日々

2001/07/14 俗と聖の交わるところ その1 バナラス

目を覚ますと、もうバナラスまで1時間ほどのところまで来ていた。

まったく3段ベッドの真ん中というのは窮屈でいけない。
もう日本ではとっくの昔に3段の寝台列車なんかなくなったというのに、インドではまだ健在なのである。
カルカッタからバナラスまでの2段ベッドの寝台列車がどうしても取れず、止む無く3段で手を打ったのだが、寄りによって3段の真ん中になってしまうとは・・・

高校の時の修学旅行でもやはり寝台列車を利用したのだが、当時のB寝台という3段ベッドの列車であった。
しかもその時も中段になってしまい苦しい思いをしたものである。
なにしろ寝た状態で腕を上に突き上げると、上のベッドを持ち上げてしまうのである。

そんな悪条件でのバナラス入りとなってしまった。気を引き締めなければいけない。
なにしろバナラスは、外国人旅行者のみならず、インド国内からも巡礼や観光で大勢の人が訪れる場所なのだ。
つまり駅前やガート(沐浴場)の近くなどには、そういった観光客を狙うハゲタカ野郎がうじゃうじゃいるのである。さすがの私も用心せねばならないだろう。

ホームに降り立つと、ほーら来た来た。
タクシーとオートリキシャの運転手である。なめんなよ!

その二人の男は、私に向かって「ガートまでタクシーなら20ルピー、オートリキシャなら10ルピー」と言う。

いきなり私のラッキー人生の始まりである。
すごく良い人達に巡り会ったようである。相場よりもぜんぜん安い値段なのだ。

私はより安い方のオートリキシャの運転手について行くことにした。

バナラスのオートリキシャは他の街のとは色が違い、白地にブルーの線が入ったものだった。
それはマザーテレサの服を思い起こさせる色合いなのである。
なるほど、だから良心的な値段を言うのだな。
最高じゃないか!バナラス市民!

しかし運転手は、後部座席に座った私の方を振り返りなにやら話し出す。
「実は今は雨季なので、ガートの近くは水浸しなので行かれない。だから私がもっと良いところに案内してあげる」と言うのである。
私が、それなら行けるところまで行ってくれ、と言っても運転手は走り出そうとせず、「いいか!途中で警官が全部道を塞いでいて近くには行かれないのだ!」の一点張りである。

埒が明かないのでリキシャを降りた。
私には幸運の女神が付いているのだ。ほーら、来た来た。
別のオートリキシャの男が30ルピーで行くと言ってきた。

30ルピーは距離からすると少しだけ高いが仕方が無いであろう。
まあこのくらい出さなければ彼らも素直には連れて行かないだろう。

またもや後部座席に座った私を、数人のリキシャマンが取り囲み、「いいか、よく聞いてくれ。今は雨季で・・・」と始まった。
さすがに仏の再来とまで言われた私も頭に来て、「おまえらみんな、くそ野郎ばっかりだ!」と英語で言えないので日本語で叫び、先生に言いつけてやるからな!と引き止めるリキシャマンを振り切り駅の方に向かったのである。

しかし駅には当然先生はおらず、かと言ってもう一度列車に乗るわけにもいかず途方にくれていた私に、また幸運の女神が微笑んだ。

「ガートまで50ルピーで行くぞ」

おー、地獄に仏である!この際金に糸目はつけないぞ!連れていってくれ。ガートの近くまで。

結局乗り込んだオートリキシャは、さっきのくそ野郎のリキシャだった。
巧妙な手口だぜ。この私から納得ずくで50ルピーもの大金を巻き上げるとは。

ようやく駅から一歩を踏み出すことができたのだが、この一件ですっかり気分を害した私は、後部座席でぶすっとしていたのである。
運転手はサービスのつもりか、インドの音楽を大音量で鳴らし始め、私の感情を逆なでするのである。

そんな私に路傍のとうもろこし売りの姿だけが、もとの人間らしい心を取り戻させてくれるのであった。

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