2001年6月7日:輪廻転生 / バンガロール

インドな日々

2001/06/07 輪廻転生 バンガロール

道に迷ってしまった。
完全に方角を誤っており、ぜんぜん見当違いの所を歩いていた。

この時季太陽は、北回帰線目指してぐんぐん進行中である。
インドもここまで南下して来ると、完全に太陽を北に見ることになり、方向感覚が少しおかしくなるようなのだ。
また、私の歩いていた時刻が正午ちょっと過ぎだったので、太陽はほぼ真上にあった。
でなけりゃこの私が道になんか迷うわけがないのだ。なにしろ私は芳香うんちをしたことはあるが、方向音痴と呼ばれたことはないのだ。

その時私は地図を持っていなかったが、行きはオートリキシャですいすい行ったので、帰りは公園でも通り抜けて歩いて帰ろうと思ったのだった。

その公園はカボン公園と言ってすごく大きく、その中に最高裁判所や水族館、クリケットスタジアムなどがある。

私は最高裁判所でおしっこでもしようと思い中に入ろうとした。
こう見えても私はかつて法曹界を目指し小六法まで買ったことがあるのだ。ただ残念なことに書いてある字が小さかったからか、何を言っているのかよく理解出来ずに断念したのだ。
しかし、お国が変わればしきたりも変わる、Tシャツ姿の私をはたしてインド最高裁が日本法曹界の逸材と認め、受け入れ判決を下すかどうか分からない。
私は多少不安になり、インド最高裁に対して司法取引をすることにした。
それは建物内には一切立ち入らない代わりに、建物の周りをぐるぐる周り、穴のあくほど見てしまい、隙があればその辺で立ちしょんをしてしまうぞという私の一方的な要求であった。
これなら人に許しを請う必要もなかろうと、私は立ちしょんポイントを求めて建物の裏手に回った。
ちょうど昼の休廷時間だったのだろう、黒い法衣をまとったエリート顔の人たちがたくさんいて、日本のエリートに目もくれず仲間と談笑などしていた。
しかたなくここでの立ちしょんをあきらめ、再び歩き出したのだった。

こんなことをしていたからであろうか、頭の中の地図と実際の地面が狂いはじめており、予想した地点とはぜんぜん違う場所に出て来てしまったことさえ分からない私であった。

はじめのうちは写真など撮りながら、そのうち見覚えのある道にでるだろうと呑気に構えていた。

しかし行けども行けども知らない場所に知らないおじさん、知らない牛に知らない羊などがいる。
周りの建物は小さな工場のようであり、がっしゃんがっしゃん音がする。少し開いている窓から覗くとはた織り機のようである。あまりじっと覗くとツルになって飛んでいってしまう怖れがあるので、そのくらいにしておいた。
この界隈はこんな小さな織物工場が集まっている地域らしい。
少し行くと今度は自動車の修理屋がたくさん見えて来た。
ここはカー用品を扱っている小さな店が集まっている場所らしく、それぞれがマニアックな店であり、オートバックス頭が高いといった感じなのだ。
それぞれの店は専門分野があるらしく、歯車を扱っている店は大小様々な歯車を、ブレーキパッドを扱っている店は各種ブレーキパッドをといった具合である。中にはクランクシャフトだけを並べている店もある。
それらはみんな中古品のようであった。
ふと見ると道端の所々にポンコツ車が置いてあり、その車から各部品を取り外しているようである。
なんだか牛や馬を解体しているみたいではないか。
おそらくこうした店が、インドのモータリゼーションを陰で支えているのであろうと、おしっこを我慢しながらも鋭い考察をする私であった。

しかし1時間以上も炎天下を歩き続けた足はパンパンになり、インドの法曹界や繊維業界、そして自動車産業の行く末などを考えなければならない頭もパンパンになり、ついでに膀胱もパンパンであるため、私は手をパンパンとたたき一台のオートリキシャを止めた。

結局ホテルまでオートリキシャで15分以上も走った。すごく遠かったのだ。

ありがとう、オートリキシャ!

君はおそらくあの修理屋の人々によって何回でも再生され、永遠の命を保ち続けるであろう。
そして未来永劫走り続けるのだ。

働け!一生働くんだ!
おまえには休みなんかないのだ。

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