2001年5月19日:ゴッドハンド / デリー

インドな日々

2001/05/19 ゴッドハンド デリー

人間は生まれながらにして欲望を持っている。
俗に言うところの三大欲求である。
つまり「睡眠欲」「食欲」「うんこしたい欲」である。

中でもこの3番目の欲求は、現代の科学を持ってしても我慢できずに漏らしてしまうことがある。

インドにも公衆トイレはちゃーんとある。
街の片隅にあり、コンクリートで作られた立派な物である。
しかも目の不自由な人でも近くに行けば「あ、トイレが近いな」とすぐ分かる代物なのだ。
造りはいたって簡単で、一人分づつ仕切りがあるものの、その前は溝が掘ってあるだけで便器などない(あ、これはあくまで男の小用のものです)。日本でもたまに観光地などで見かけるトイレみたいなやつなのだ。

それは別にいいのだが、なぜかそこにうんこをしちゃうんですね、インド人は。

おしっこする時に立つ場所にうんこがしてある。
なんてことするんだ!そのまま気が付かずに踏んだら、ずるっと足がすべっておしっこの溝に落ちちゃうじゃないか!靴におしっこがついて汚いだろ!

さてよく話題に上る不浄の左手の話だが、インド人はやはり左手で拭くのが普通のようだ。
なぜならホテルなんかにもケツを洗うための手桶が必ず置いてあるからだ。
そして低い位置に蛇口なんかもある。

私も当然「郷に入ったら郷に従え」のことわざ通り、インドに来たらインド人のように振る舞おうとしているのだ。
つまり・・・その・・・まあ、紙は使わないということだ。
でもそんなのはインドに来なくっても、トイレットペーパーが破けて手に付いちゃったという経験は誰にもおありだろう。

沢木耕太郎はその著「深夜特急」の中で、初めてケツを手で拭いたときの感想を「これでまたひとつ自由になれたような気がした」と書いている。
つまり手でケツを拭くという行為は自由の象徴であるのだ。
見よ!自由の女神を!自由の国アメリカを象徴するあの像も右手で高くうんこを掲げているではないか!

そして数あるトイレの落書きで、もっとも有名かつ示唆に富んだものに「神(紙)に見捨てられた時は、自分の手で運(うん)をつかめ」というのがある。

毎日運をつかみまくっているこんな私のゴッドハンドは、きっとあなたにも幸運をもたらすであろう。

私の凱旋帰国の際には握手会を開こうではないか。

請うご期待あれ!

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