2006年9月22日:リシュケシで身も心も清らかに・その10

わたくし的インド案内

2006/09/22 リシュケシで身も心も清らかに・その10

さあ、山頂のクンジャプリ寺院の見学も無事に終え、いよいよこれから山を下ってリシュケシの街に向かいます。インド・リシケシ
しばらくはまた山道をくねくね走ることになりますので、その間にリシュケシに関しまして簡単にご説明させて頂きましょう。

リシュケシはアルファベットで「RISHKESH」と表記します。
これをカタカナで現しますと、結構様々な表記になります。
たとえばガイドブックなどを見ましても、「リシケシュ」「リシケシ」「リシュケーシュ」「リシケーシュ」などとそれぞれで、私のこの文章では「リシュケシ」となっておりますが、まあそこんとこは外国の地名ということでどれが正しいということもないんじゃないかと思うわけです。

で、リシュケシはインドを代表するあの有名なガンガー(ガンジス河)の上流に位置する山間の小さな街です。
ここにはヨガのアシュラム(道場)がたくさんあり、かつてビートルズが滞在したことでも有名なのです。

と、ガイドブックと首っ引きで解説などしているうちに、車は山を下り、とある駐車場へと到着しました。ここからは歩いて行くようです。

インド・リシケシ

聖地リシュケシは縁日のように楽しいところである。

車から降りたC君と私は、たくさんの人が行き交う道をガンガー目指して歩き始めました。
こうしてあらためて周りを見渡してみますと、歩いているのはみな巡礼か観光で来た人たちのようで、特に家族連れのインド人が目立ちます。
そして道の両側にはそんな人たちを目当てにしたお店や露天が立ち並んでいて、宗教音楽らしきものをガンガン鳴らしているお店があるかと思えば、サングラスを売るお店があり、その横には変なおもちゃを売る店や髪飾りなどを並べた店が続き、さらには中華なべのようなものでポップコーンを作っている屋台が現れたかと思うと、アイスクリーム屋の屋台があったりして、それはそれはとてもにぎやかで楽しげなのであります。

インド・リシケシそんな店を覗きながら歩いて行きますと、急に目の前の風景が変わりました。

ガンガーです。

私たちのいる位置はガンガーを見下ろすようなちょっと高い場所なので、対岸に建つ赤茶色の大きな寺院や、その寺院の脇に向かって延びる一本のつり橋、そしてそこを渡る大勢の人たちが一望でき、その風景はなんとも言えず感動的なものでした。そして私たちもこれからそのつり橋を渡って対岸に行くのかと思うと、もう胸がわくわくして気が急くほどでした。

インド・リシケシつり橋は両岸に高い鉄塔を2本立て、そこに鉄のワイヤーを渡したしっかりした構造のものでしたが、橋の通路にあたる部分が1m半ほどと狭く、混みあう中でのすれ違いはなかなか大変なのです。しかもそこにスクーターで突入してくるおっちゃんなどもいて、これではさすがの一休さんでも「端を渡らずに真ん中を歩いて参りました」などというトンチを使うことはできないでしょう。ぽくぽくぽく、ちーん!

さて、たくさんの人に混じって押し合いへし合いしながら渡った対岸は、思いのほか静かな感じでした。もちろん人はたくさんいるのですが、あのインドらしい混沌とした感じがあまりないというか、どことなく落ち着いていて物足りなさを感じるのです。

インド・リシケシ

この階段の下がガート。店先の白いものは河の水を入れる容器。

まずは左折して先ほど見えた赤茶色の寺院の方に行ってみたのですが、寺院は信者しか入
れないようですし、入れたとしてもこの暑い中を何段もの階段を上がらなければならないようなので早くもあきらめ、Uターンしてガート(沐浴場)の方へ行ってみました。

ガートは道から階段を下りたところにあり、たくさんの信者たちが沐浴しています。

インド・リシケシしかしここでも信者でない私たちは、沐浴はおろか河の淵まで行くことすらはばかられ、背後からパチリと写真を撮っただけで、また階段を上がって来てしまったのであります。まったく「インド案内」としては最低の仕事です。

こうなるとせっかくこちら側まで来た甲斐がありゃしません。
でもだからといって今さら改宗して信者になるわけにも行きませんので、そこはまあ「本当に行ったぞ」ということで良しとしようじゃありませんか。

インド・リシケシ

オズの魔法使いのブリキ男のような釜でクッキーは焼かれるのだ。


こうして聖地リシュケシの深みを極めるどころか、ごく浅い部分すら流して見ただけの私とC君は、橋のたもとの屋台で売っていた一口サイズの甘いクッキーを買い、そいつをほおばりながら、またつり橋を渡って元来た道を帰って行ったのでありました。

つづく

【2013年4月追記】
文末は「つづく」で締めくくられておりますが、一連の「わたくし的インド案内」はこれでおしまいとなりました。
終了した理由は、より簡単に公開ができる「ブログ」へ発表の場を移したというものです。
従いましてこれ以降は「ラクダ隊商隊長の西方見聞録」に引き継がれていくのですが、リシュケシのお話しは尻切れトンボのまま終わってしまいました。
ただ実際にはこの小旅行はこの辺りですでにほぼ完了しており、特にガンジス河で沐浴をすることもなく、ハリドワール駅を夕方出る列車でデリーに帰ったのでありました。

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