2006年2月24日:インド出張レポート・その12

わたくし的インド案内

2006/2/24 インド出張レポート・その12

季節はずれのすきま風の音であまり熟睡できず、翌朝は3時半に目が覚めてしまいました。
フロントには4時のウェイクアップコールを頼んであったのですが、シャワーも浴びてすっかり目覚めてからのコールと相成り、受話器に向かって実にさわやかに応答することができました。

ピロピロピロ! ピロピロピロ!

がちゃ、

「イエース! グッモーニン!」

「・・・」

機械による自動コールだったようです。

4時20分にチェックアウトを終え、外を見ますとまだ明けやらぬ暗闇の中に大きな車が待っていました。

おお、エージェントはなかなかいい車を手配してくれたようだぞ。
やはり車は大きくて安全なものでなくちゃね。
なにしろ今回は旅行保険で払うんだしね、えへへへ。

さっそく車に乗り込むべく玄関の扉に近づいたとき、恰幅のいいインド人が私を押しのけるようにして出て行き、その車に乗り込んでしまいました。

ああ・・・私のくるま・・・

その大型車はあっけに取られている私の視界から走り去り、代わって小さなワゴン車が、今まで大型車が止まっていた位置に入って来ました。

ま、まさか・・・

と思っていると、ホテルのドアマンが私を呼びました。

車はバルジのタクシーと同じマルチスズキの軽ワゴンでした。
まあ乗り慣れているといえば乗り慣れた車なのですが、わざわざ旅行エージェントに車の手配を頼んで、こんな車がお出迎えに参上したのは初めてです。
いえ、普段なら贅沢はいいませんが、なにしろ今回は旅行保険が使えるケースなのです。アンバサダーとまではいかなくても、せめてツーリストタクシーとしてよく使われている小型車くらいは差し向けてくれてもいいじゃないですか。

まあ、いまさら文句を言っても始まりません。今回はがまんして乗り込むことに致しましょう。

しかしきたない車だなあ。バルジのタクシーの方がいくらかマシだぞこりゃ。

後部座席に腰を下ろすと運転手が振り向いて挨拶をしてきたのですが、あれあれ、見ればまだあどけなさの残る少年じゃあないですか。
まったく、このボロちび車と少年ドライバーの組み合わせって、エージェントはいったい何を考えているんでしょう。客の安全というものを軽んじているとしか思えません。

車はヘッドライトを点灯し、真っ暗な道をのろのろと進み始めました。

この辺は住宅街なのですが、昼間は活気があってなかなか賑やか・・・といいますか、騒がしいといいますか、まあそんな感じのところです。
しかしさすがにこの時間はみな寝静まっているようで、あたりはシーンと静まり返っています。
その静寂を乱さぬように車はゆっくりゆっくり走ります。なかなか慎重な安全運転をする運転手のようです。ちょっと安心しました。

やがて車は住宅街を抜け、大通りに出ました。

その通りも昼間はたくさんの車が往来し、渋滞なども起こるところなのですが、この時間では通る車も少なく、すいすい走れそうです。

ところが、少年ドライバーは車の少ない大通りだというのに、相変わらずののろのろ運転で車を走らせ、しかも真っ直ぐ走れず右に寄ったかと思えば左に流れ、ここかと思えばまぁーたまたあちらうーわきなひとーね、なのです。

どうやらこの運転手は初心者中の初心者、ビギナー・オブ・ビギナーのようです。
いやあ、これはまたひどい運転手を送り込んでくれたものです。
もう二度とあのエージェントは使わないようにしよう・・・

でも今はこの少年ドライバーとボロちび車に、空港までの道のりを託すしかないのです。がんばれ少年!がんばれぼろ車!

少年ドライバーの操る車は、その後ものろのろふらふら走り、トラックやバスにけたたましいクラクションを鳴らされ、パッシングをされ、そして追い抜かれ、その時間帯にしては記録的なタイムで空港近くまでやって来ました。

やれやれ・・・なんとか無事に到着しそうだ・・・

あー、ここのスロープを上がれば出発ロビーだから。そうそう、その調子。

ありゃ、だめだよここじゃ。エア・インディアは一番向こうの入り口から入るんだよ。もっと先に進んでよ。チャロチャロ。

少年ドライバーは空港に来るのも初めてなのか、まったく要領がわからないようで、「もっと先だってば!」の私の言葉に振り返っては3メートル進み、またこっちの顔をうかがっては4メートル進みといった具合です。
まったくのろのろ加減にも程があるってえもんです。ただでさえ到着が遅くなってしまってるのに、出発ロビー前でさらにこの牛歩では飛行機に間に合わなくなっちゃうじゃないですかあ!もういいもういい!ここで降りるぞ!

予定していた入り口のはるか前方で降り、出発ロビーに入ってみれば、あらあら、すでにカウンターには長蛇の列が・・・

すっかり出遅れてしまいましたが、まあ昨日一度チェックインの手続きは済んでいるので、席がないということはないでしょう。

遅々として進まない列に並んで1時間15分、ようやく自分の番が来ました。
昨日発行してもらった搭乗券は、空港を出る際に破棄されていましたので、ここであらためて発行してもらうわけです。

搭乗手続きは難なく済みました。ところが約束してあった遅延証明は用意されておらず、またまたスーパーバイザーのところへ行けと言われてしまったのです。

はあ~、またスーパーバイザー・クマール氏のところへ行かなきゃならないのかあ~。
飛行機の出発時刻は7時15分なのに、もう6時15分を回っちゃってるよ。
遅延証明を書いてもらってて乗り遅れたらシャレになんないよなあ・・・

仕方なくエア・インディアのオフィスに入って行きますと、スーパーバイザーのデスクにはクマール氏はおらず、代わりに恰幅のいいおばちゃんが座っていました。
考えてみれば当然のことで、24時間体制のここインディラ・ガンディー国際空港では、スーパーバイザーも交代で詰めているわけです。一人でずーと仕事をしてたら、それこそ目の下クマール氏になってしまいます。

さて、それでははたしてこのおばちゃ・・・新たなるスーパーバイザーに、私への遅延証明書発行の話はクマール氏から通っているのでしょうか。
もし通っておらず、また昨日の右往左往を繰り返していては、完全に飛行機に乗り遅れてしまいますし、そうなるとこのインド話も、ほぼ永久に終わらなくなってしまいます。

新スーパーバイザーはその時接客中で、インド人の男性となにやら話しておりましたが、その顔は終始なごやかでした。しかし安心するのはまだ早いのです。そのなごやかな顔が、誰に対してでもされるとは限らないわけです。
もしかしたらこちらに視線を移した瞬間、目じりがきゅっと吊り上り、口は真一文字に固く閉じ、髪は逆立ちヘビになり、睨まれた私は石になってしまうかもしれません。
そんな危惧もありましたので、私はそばまで行ったものの用件を切り出せず、なるべく哀れさが表面ににじみ出るようにしてじっと立っていました。

やがて新スーパーバイザーは私に顔を向け、「何か?」とおっしゃいました。
そのお顔は先ほどまでのなごやかなお顔のままであり、あまつさえ笑顔まで浮かべているではございませんか。

ああ!まるで観音様のようじゃ!
あーありがたやありがたや。
哀れな衆生に救いの手をお差し伸べ下さりませえ~、へへえ~。

観音様はその場でさらさらっと遅延証明書を書いてくれました。

ありがたきしあわせぇ~、へへえ~。

私はそれを大切に押し戴きオフィスをあとにしたのですが、冷静になって考えてみりゃあ、私は別になにも悪いことはしていないのです。
それどころか私は、エア・インディア側の出発遅延でいらぬ苦労を強いられているわけです。いわば被害者なわけですよ、ねっ。
それがなんで感謝せにゃならんのですか?なんで、きっ!と睨まれ石にされなきゃならんのですかああああ!

でもまあこれさえ手に入れば、昨日のホテル代は自腹を切らなくてもいいはずですので良しとしますかねえ。

さあ、いよいよ出国です。

今回のインドでは本当にいろいろなことがありました。
あんなことも、こんなことも、そしてそんなことも・・・ちくしょう・・・

しかし、もうそんなことはすべて忘れましょう。
私はこれから大空に舞う自由な翼になり(自分で書いてて何言ってんのかよくわかりませんが)、新たな明日へと飛翔するのです。(やっぱわからん)

出発予定時刻7時15分、

から遅れること1時間、

つまり、8時15分に乗客は機内へ誘導されました。

そして着席して待つこと1時間半、いったいいつまで待たせるんでい!このエア・インディアがあ!といった雰囲気が機内に蔓延して来た頃、ようやく状況説明のアナウンスが流れました。

「チェックイン手続きをされたお客様で、まだご搭乗されてない方がおいでですので、もう少々お待ち下さい」

さらに待つこと30分、機内にはこんなアナウンスが流れました。

「お客様のアンドウ様、フェルナンデス様、おいででしたら乗務員までお声掛け下さい」

どうやらチェックインだけして所在のわからなくなっている乗客というのは、アンドウとフェルナンデスの二人のようです。そして万が一のチェック漏れですでに機内にいる可能性もあることから、こうして呼び出しているというわけです。
とにかく常に爆弾テロを警戒するインドでは、持ち主のわからない荷物は最大の不審物です。
たとえばこの「搭乗せざる客」の荷物とか、ホテルの客室に残されたままのスーツケースとかです。
そういうあやしい荷物には、爆弾が入っていると考えるのがインドの常識なのです。
そのような荷物を発見せし時は、直ちに警察に通報するとともに周辺住民を非難させ、デリー警察爆弾処理班マジックハンド部隊の処理並びに爆発物判定審査委員の赤旗白旗さっさっさっにゆだねなければならないのです。
そしてその際に破砕されしスーツケース等の損害賠償の責は、なんぴとたりとも負わないのであーる!自分で買いなおせ!なのだ!くそおお!

すでに長時間の待機にいらだち始めた乗客は、さりげなくあたりを見回しては、アンドウ並びにフェルナンデス探しを始めました。

おのれアンドウ、フェルナンデス・・・てめえらが悪の元凶なんだな。
今からでも遅くない、神妙にお縄を頂戴しろ!ていっ!

しかしいつまで待っても、アンドウ・アンド・フェルナンデスは現れず、結局貨物室に積み込んだ荷物の中から、彼らの荷物を降ろすという作業になったようです。

やがてアンドウ・アンド・フェルナンデスの荷物は引きずり下ろされ、オリジナルの出発予定時刻から遅れること12時間半、エア・インディアは機体をガタガタミシミシいわせながら大空にはばたいたのであります。

昨日ホテルをチェックアウトしてから22時間以上を費やして、今ようやく日本へ向けて出発したわけです。
実に長い助走でありましたが、すでに機は水平飛行へと体勢を変え、間もなく飲み物のサービスがやって来ることでしょう。
そしたら私は、フライトアテンダントの「何をお飲みになりますか?」の問いかけに、笑顔で「オフコース、キングフィッシャー!」と言おうじゃないか。過ぎたことをいつまでもぐじぐじ言わず、すべてをビールに流す、それが男じゃないか!それが青春ってもんじゃないか!よしかーくん!

ほらほら、ワゴンが近づいて来ましたよ。うふふ。

「エクスキューズミー。 チキン、オア、フィッシュ?」

「オフコース! キングフィッ・・・しゃあ?

 えっえー! いきなり飯かよお!

 うそだろ?

 酒飲みに、いきなり飯食わすってのかよ?

 あんだけ長時間待たせて、ビールの1本も出さないっての?

 えー、やめてくれよお、その仕打ちは砂漠を水なしで3日間さまよった人
 にキナコもち食わせるくらいひどいことだぞ。わかってんの?」

と、心の中で叫んでも、食事のワゴンにビールは入っていません。
仕方なくチキンの食事をもらったのですが、とても食べる気になんてなりません。なにしろ喉はビールを飲むためには最適な乾燥状態になっており、このまま食事を流し込めばたちまち食道が貼り付き、呼吸困難及びアルコール依存症の発作で死んでしまうかもしれません。
だからといって食事に付いているミネラルウォーターなんか、飲むわけには行かないのです!それが男なのです!それが青春なのです!よしかーくん!

飢餓で苦しむアフリカの子供たちやマータイさんには、本当に申し訳なく思ったのですが、私は食事に手をつけず、そのままの状態で待ちました。はい、もちろん飲み物のサービスをです。

しかし無情にも、飲み物ワゴンのあのカチャカチャという心地よい音は、いつまでたっても近づいて来ず、来たのはお茶のサービスだけでした。

そしてついに、「ティーはいかがですか?」という男性乗務員の問いかけに、

「アイ、ウォント、ビア!」

と訴えたのです。

そんな切羽詰った表情で迫るアル中患者に対し、その乗務員は軽く微笑み、

「私もですよ。ビール飲みたいですよねえ。 ちょっと待ってて下さい」

と言うや、すばやく2本のビールを持って来てくれました。

なんてすばらしい対応なんだ!
エア・インディアの未来は明るいぞ!

10日間のインドでの仕事に加え、度重なるトラブルで疲れた体にビールのアルコールが染み渡り、やがて私は映画も見ずに寝てしまいました。

どれくらいたったでしょうか。映画が終わり、窓のシェードが開け放たれ機内が明るくなると、私は眠りから目覚めました。

窓の外にはきれいな青空が広がっています。
そんな青空をしばらく眺めていると、遠くの方になにか白くとがったものが見えて来ました。

あっ・・・

もしやあれは、エベレストでは・・・

その発見を裏付けるように、機内アナウンスがそれを告げました。

あれほど見たくて、毎回のようにチャンスをうかがっては探し続けていた景色が、こんなにあっけなく、しかも出発遅延という偶然によって、こうして目の前にもたらされるなんて・・・わからないもんだなあ。

「人間万事塞翁が馬」、今回のインドでの相次ぐトラブルも、もしかしたら何か良いことをもたらせてくれる前兆になるのかもしれないなあ。

最後の最後にインドがプレゼントしてくれた窓外の雄大な景色を見ながら、そんなことを考えていた私なのでありました。

おしまい。

前のページへ行く目次へ行く次のページへ行く

ページのトップへ戻る