2006年1月27日:インド出張レポート・その8

わたくし的インド案内

2006/1/27 インド出張レポート・その8

【前回までのあらすじ】

成田発のデリー行きは2時間遅れの出発となり、インドの入国審査では1時間待たされ、予約していたホテルは満室で断られ、代替のホテルはオープン前の工事中。次のホテルはエレベーターなしの5階部屋。ジャイプールへ移動する車では耳をつんざく爆発音。そしてデリーに戻ればホテル預けのスーツケースが爆発物の嫌疑で破壊されており大喧嘩。
その後もタクシーに乗れば後ろから追突され、サイクルリキシャに乗れば車夫が殴られるといったアクシデントの連続であったが、爆弾テロ現場での黙祷、そしてロータステンプルでの瞑想を経て、すっかり禊(みそぎ)を済ませ、帰国の途に着く私であった。

夕陽に染まるロータステンプルを後にし、私はバルジのタクシーで一路空港へと向かいました。

ロータステンプルは、飛行機がデリー空港に到着する直前に右手に見えるので、空港から近いという印象があったのですが、地上を走るバルジのオンボロ車ではだいぶ時間がかかりました。

それでも空港に到着したのは、まだ5時半でした。搭乗する飛行機の出発時刻は9時半ですから、かなりの余裕があります。
バルジに約束のお金を払い、再会を約して別れ、いよいよ出発ロビーに入ります。

インディラ・ガンディー国際空港の出発ロビーには、航空券がなければ入れません。そのためロビーには無用の者は一切おらず、しつこい客引きも、悲しげに見上げる物乞いも、唐突に「ポリッシュ!」と叫ぶ靴磨きの少年もいません。
あくまでもそこは、国の玄関口、国際空港のロビーとしてのとりすました顔を見せており、私はいつもそこに入るたびに、ホッと安堵するとともに一抹の寂しさも感じるのであります。

あー、今回もいろいろトラブルがあったけど、これで帰国かあ・・・

今となって思い返せばすべてが次への教訓であり、またひとつインドに育てられ、成長した自分が今ここにある!って感じだな、うふふっ。

ありがとうインド!

ありがとうトラブル!

そして、ありがとうデリー警察爆弾処理班と旗揚げチームのみなさん!

いかなる状況でも「災い転じて福となす」のポジティブシンキングを実践し、今朝食べたものは忘れても、明日への希望は決して忘れない私は、新たな闘志をめらめらと燃やし、出発案内板を見上げたのであった。

んーと・・・AI308便・・・東京行き・・・と・・・

7時15分・・・

あっ、

出発時間が変わってる・・・9時35分じゃなくなってるぞ・・・

あー、2時間も早くなったのかあ。

でもよかったあ、早めに空港に来ておいて!

私は以前、搭乗予定のデリー発成田行直行便がバンコク経由に変更なり、そのため出発時間が早くなってしまったという経験をしているので、こんなときにも慌てず騒がず行動ができるのです。これもすべてインドのおかげなのです。

ありがとうインド!

ありがとう度重なるトラブル!

そして、ありがとう天下のエア・インディア!

とはいえ、余裕があるはずだった時間が、今度は一転して余裕の「余」の字もなくなり、いわば余の字の上のところの「へ」くらいしかなくなってしまいました。なにしろ出発まであと1時間半くらいしかないのですから。

さあ、お礼を言うのはそのくらいにして、チェックインカウンターへ急げ!

チェックインカウンターには誰も並んでいませんでした。

というか、どこにもAI308便用のカウンターが見当たりません。

おかしいなあ、と思いながら、もう一度出発案内板を確認してみました。

7時15分・・・間違いないよなあ・・・

AI308で、元の出発時刻が21時35分だもんなあ・・・

私はそこでようやく、変更になった時刻が19時15分ではなく、7時15分であるということに気付いたのです。

えぇぇぇぇぇぇー!

もしかしてそれって、明日の朝のしちじじゅうごふんかよお~!

ばかやろー! エア・インディア!

しばしその場で呆然としてしまった私ですが、そんなことをしていても仕方ありません。
それならそれで、もう一度デリー市内に戻ってホテルに泊まらなければならないでしょう。私はもう、空港のロビーで一夜を明かすほど若くないのです。
なにしろ今朝何を食べたかも思い出せないくらいなのですから。

さて、それではさっそく行動を起こそうかと思ったその時、あることに気付きました。

あっ、お金・・・

私はいつも最終日には有り金のほとんどを使ってしまうのですが、今回もものの見事にそれを実行しており、ドルは現金もトラベラーズチェックも皆無でした。使い残しのルピーもせいぜい500ルピーくらいです。500ルピーというのは、日本円で1,500円足らずです。いくら物価の安いインドでも、空港から市内へのタクシーでの往復とホテル代、さらには食事代、そしてできたらビール代、でもって許されるならビールは最低2本は飲みたいじゃん、をすべて賄うのはちょっと難しいです。なにしろホテルでビールを頼むと、だいたい1本100ルピーくらいしてしまうのです。つまりビール5本飲んだら私は破産してしまうことになるのです。半ダースにも満たないビールで、私は破産してしまうのです!そこんとこどうお思いになるのでしょうか!

あっ、そうだ・・・クレジットカードがあった。

あっ、だめだ・・・私のカードはJ**だった・・・

 *注:プライバシー保護のため、一部を伏字にしております。

私はなにもそのカード会社に恨みがあるわけではありません。それどころか日ごろからそのカードを愛用しているわけです。なので、もしこの文章を*C*の関係者が読んだとしても、決して怒ってはいけないのです。私はあくまでも事実を述べさせて頂くだけなのです。

えー、他の国の事情はよく存じませんが、ことインドでは**Bは無力です。

あっ、もしかしたらインドでも高級ホテルや、観光客向けの大きなお土産屋では使えるかもしれませんし、タチの悪い宝石屋や絨毯屋などでは勝手にどんどん使いまくられるかもしれませんが、私の行くような範囲ではまず使えません。

それを知らずに支払いの時にJ**カードを出すと、まるで葵の御紋を知らない盗賊に、ここぞ!とばかり印籠を見せる水戸黄門みたいになってしまいます。もうぼこぼこにされてしまいます。

とにかく、インドではまだ*C*の受け入れ態勢が充分ではありません。
**B関係者の方は、今こそインドに乗り込み、加盟店の拡大に努めるよう切にお願いする次第なのであります。

すっかり話が横道に反れてしまいましたが、実は私も以前はインドでも絶大なる勢力を誇るA**Xのカードを持っていたのです。
なにしろいつ何が起こるかわからないのがインドという国なのです。
実際に2002年の6月にインドに行った時には、隣国パキスタンとの緊張が非常に高まり、核攻撃の危険性もあるとのことから、日本大使館から「なるべく早く帰んなさい」という通告を受けたこともあるのです。
ですから一丁有事の際には、予定変更の利かない格安チケットを捨て、正規運賃のチケットを買ってでも国外脱出を図らねばならぬ事もあるやもしれないのです。そんな時のために、私は常にドルの現金とA**Xカードを携え、常に安全管理を徹底して行動していたのです!(過去形)

でもぉ~、何回も行ってるうちにぃ~、なんだか慣れちゃってぇ~。
そんでいつの間にかドルの現金なんかぁ~、ぜぇ~んぶ使っちゃっててぇ~。
んでぇ~、A**Xの年会費の1万円がもったいなくってぇ~。

現在に到るわけです。

まあとにかく、そんな過去の話をしても始まりません。
使ってしまったお金はもう戻りませんし、A**Xのカードだって記念の品に成り下がってしまったのですから。

まあ、最悪のときはロビーで寝てしまえばいいや。
なあに、私はまだまだ若者には負けないぞ。
本気を出せば、朝何を食ったかくらいはすぐに思い出せるのじゃ!
あー、別に若者と勝負をするわけじゃあないのか。

とにかくなるようにしかならないし、なるようにはなるのです。
イスラム教徒はこんな時「インシャラー(すべては神の御心のままに)」というのです。インド人は「ノー・プロブレム」というのです。そして日本人は「まあ、しゃーないか」というのです。

おや?

こうしてる間に、日本人旅行者の数が増えてきて、チェックインカウンターのあたりでなにか動きがあるようです。

まずは状況を聞きに行ってみるとしましょうかねえ。

というわけで、あまり進展がないまま、今回は終わるのであります。

けちけち、ちびちび、小出しですんません。

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