2003年4月24日:ノープロブレム・後編

わたくし的インド案内

2003/04/24 ノープロブレム・後編

前回は「ノープロブレム」を自分の都合のいい方に使うという話を致しました。
今回は「ノープロブレム」で、なんでも解決してしまうスーパーインド人の話です。

インドのバザールの中には、同業者が軒を並べているところがあります。
どの店も所狭しと商品を並べてはいますが、小さな店がほとんどです。

そんな小さな店のひとつに入り、自分の欲しいものを言います。
たとえば小さな布屋さんで、「象柄の布が欲しいんだけど」と言うと、店のおやじはうなずき、いくつかの布を引っ張り出して来てくれます。

それが気に入ったものであれば、こちらとしてはたくさん買いたいので、おやじに「もっとたくさんない?」と聞きます。
なにしろとても小さな店なのです。そうそう大量にはないでしょう。

ところがおやじはこともなげに「ノープロブレム」と言います。

するとたしかに、店の使用人が次から次へと布を広げて見せるのです。
どんどん出て来ます。あっという間に目の前に布の山が築かれていくではありませんか。
いったいどこにこんなに大量の布が仕舞ってあったのでしょうか?

そこで店の使用人を観察してみると、外から布を運んで来ているようです。
外に倉庫でもあるのでしょうか?

いえ、違うようです。

店の使用人は隣近所の店から運んで来ていたのです。
そりゃ山ほど出て来るわけだ・・・

そんな隣組制度の下で商品を融通しあうので、便利と言えば便利なのですが、たとえばそのうずたかく積み上げられた商品の山に気に入ったものがなかった場合、隣近所の店に行っても無駄ということになります。
なにしろそこら中の店からかき集めた商品ですので、他の店に移動したら、そこにまた同じ山が築かれるだけなのです。
しいて言えば、積まれる順番が逆になっていくことくらいが、小さな変化ではありますが。

また、こんなこともありました・・・

これは南京錠を買いに行った時のことです。

とある金物屋に南京錠を買いに行きました。
以前見かけて気に入った形のものがあったのです。

ところがその南京錠は売り切れていて、ひとつも残っていませんでした。
店にいたおやじは例のごとく「ノープロブレム」と言って、別の最新式の南京錠を薦めるのですが、それは形も機能も日本のものとそれほど変わらないものだったのです。
私としてはぜんぜん「ノープロブレム」ではありません。

不満顔をする私に、おやじはもう一度「ノープロブレム」と言いました。
このおやじは他の言葉を知らないのでしょうか?

おやじは店の中をキョロキョロと見回し、店の主人であるじいさんがいないことを確かめると、小さく低い声で言いました。「親戚の店に行けば手に入る」と。
どうやら他の言葉も知っていたようです。

オートリキシャに乗らなければ行かれない場所だったのですが、とにかく南京錠が欲しい一心で、私はそのおやじと一緒に「親戚の店」に行くことにしました。
今度は商品ではなくて、私が運ばれて行くのです。

おやじの最初の説明より、はるかに時間がかかりましたが、ともかく「親戚の店」に到着しました。

「親戚の店」はなぜか金物屋ではありませんでした。
しかも改装中で商品などなにもなく、何の店かも分かりません。そのくせ不思議なことに入り口付近にカウンター状のテーブルが置かれ、外を向いて若い男が座っています。
いったいそいつは、そこで何の番をしているのでしょうか?

おやじは私にその若者を「親戚だ」と紹介し、若者も「親戚です」と言いました。
自己申告なので多少怪しかったのですが、特に事前の打ち合わせなどもなかったようなので、私としてもここは「ノープロブレム」と不問に付しました。

おやじは「すぐに南京錠を持って来るから、ここで待っておれ」と言い残すと、どこかへ行ってしまいました。
いったい私はこの自称「親戚の店」、でもただの改装中の空き部屋に何しに来たのでしょうか?
ここに南京錠が無いのなら、今おやじが向かっているであろう金物屋に、初めから私を連れて行けばよかったのではないでしょうか?

しかたがないので、私はその若者の横に同じように外を向いて座り、間抜けな店番をしながらおやじの帰りを待つことにしました。

やがて降り出した土砂降りの雨の中を、おやじは南京錠の入った箱を抱えて「親戚の店」に駆け込んで来ました。

おやじはずぶ濡れになったシャツをつまんで見せ、「こんなになりながらも南京錠を手に入れて来たんだぞ」と誇らしげです。

そして私に「報奨金」を要求し、自分の主人であるじいさんには秘密だぞと口止めしたのです。
おやじの私的アルバイトだったようです。

まあ、こうして品切れで入手不可能かと思われた南京錠は、インド人の「ノープロブレム」の魔法により入手可能となったと言うわけなのです。

長い時間とお金を使わされ、さらに店番まで手伝った末のことではありましたが・・・

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