2003年4月10日:たくましき靴磨き少年

わたくし的インド案内

2003/04/10 たくましき靴磨き少年

デリーの街角には、靴磨きの少年がたくさんいます。

彼らは靴を履いている人を見かけると声をかけて来ます。
なにしろチャッパル(サンダル)履きの人が多いインドですから、仕事を取るのも大変なようです。
特に外国人などには、しつこくどこまでも着いて来たりします。

少年たちの持ち物は、踏み台兼靴磨きの道具入れの箱だけです。でも、それを持っているのはいい方で、袋に道具を入れているだけの少年もいます。
箱を持っていない少年は「自分は箱さえも持っていないんだ。だから靴を磨かせておくれよ」と訴えてきます。
自分に不利な状況を利用して、他人より有利になろうとしているのです。
とにかく彼らも生きるために必死なのです。

外国でのスリの手口のひとつに、狙った相手の服にアイスクリームをつけて上着を脱がせ、そのスキに財布を頂戴するというのがありますが、インドでは靴の上にうんこをのせて、靴を磨かせるというのがあります。

このふたつの手口は一見似ているようにも見えますが、ぜんぜん違う赤の他人です。
それでは何が違うのかを比べてみましょう。

まず「スリ」の方は付けるものが「アイスクリーム」です。
一方「靴磨き」の方は「うんこ」です。

ここで私が言いたいのは、「汚さ」ではありません。「不自然さ」なのです。

街角でアイスクリームを持っていても何の不自然さもありません。むしろ自然なくらいです。
スリは街行く善良な一般市民に完璧に溶け込み、獲物を物色し、そして実行するのです。
実に簡単です。アイスクリームを持った手を、少しだけ獲物に近づければいいのです。
しかもそれは獲物の背中でいいのです。上着を脱がすには、背中の方が都合がいいでしょう。
そして万が一、アイスクリームを付けるところを目撃されたとしても、スリをしようとしていた証拠にはならないでしょう。せいぜいクリーニング代を取られるくらいです。
「アイスクリーム付け」を前半、「スリ」を後半の仕事とすると、犯罪になるのは「後半部分」です。

一方「うんこ」なのですが・・・持ってたら不自然ですよね、いくらインドでも。
少なくともうんこは隠し持たなければならないでしょう。いくらインドでも。
それからうんこは、獲物の背中に付ければいいというのではありません。
もしうんこを背中に付けたら、獲物は靴磨きではなくてクリーニング屋に行ってしまうでしょう。
そこはやはり靴に載せなければならないのです。しかも足の「甲」の部分にです。
そして後ろ向きに足の甲が付いている人はあまりいないため、人の前方にある「足の甲」にうんこを載せなければならないのです。
いくら「灯台下暗し」という言葉があるとは言っても、自分の足の上にうんこを載せられたら普通は気が付きますよね。
ですからこれは非常に熟練度の高い技が要求され、且つ危険と隣り合わせなのです。
そしてこの場合、「前半の部分」だけで犯罪になってしまうでしょう。
なんてったって、靴にうんこを載せるのは「故意」以外の何ものでもないからです。
いくらインドでもです。

さらに両者の決定的な違いは、「労働に対する収入額」です。

そりゃあスリだって、アイスクリームという資本投下をしたのに、空の財布をすってしまうこともあるでしょう。でも靴磨きの少年に比べたら楽なものです。

靴磨きの少年は危険と隣り合わせの「うんこ付け」に成功した上で、仕事にありつけるのです。
しかもその仕事というのは「うんこ取り」の作業なのです。
たしかにこのケースでは靴磨きの少年も、普段の料金とは違い「100ドル!」とか吹っかけて来るかもしれません。でも要求額通りに貰えるとは思えません。
それだって、靴にうんこを載せられてしまうような獲物がいればこそです。
だいたい考えても見て下さい。自分の足の甲にうんこを載せられても気が付かない間抜けな人が、この世に何人いるというのですか?
少なくとも私はまだ一人しか知りません。

もっともその人は、同じ日に左右の足の甲に一度ずつうんこを載せられるという、いわばグランドスラムを達成した人なので、簡単に「間抜け」という言葉だけで済ませてよいのかどうか・・・

この話に出てくる悪い靴磨き少年は、主にコンノートプレイスというニューデリーの「銀座」みたいなところにいる一部の人です。
大多数の靴磨き少年は、真面目に靴磨きをしていますし、そうであって欲しいと願っております。

でなければ、私は靴がいくつあっても足りなくなってしまいますから・・・

前のページへ行く目次へ行く次のページへ行く

「わたくし的インド案内」目次へ
ページのトップへ戻る