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2003年3月27日:路上の商人たち

         
  • 公開日:2003年3月27日
  • 最終更新日:2022年8月5日

インドには「路上の商人」がたくさんいます。

路上の商人と言ってもいわゆる「露天商」ではありません。
商品を持って売り歩く「物売り」のことです。

彼らは商品を手に持てるだけ持ち、あるいは懐に入れ、はたまた体中にぶら下げ、道行く人に声をかけます。
これは別に観光客相手だけでなく、人通りの多い場所や人が集まる場所には何かしらの物売りがいます。
商店街などに行くと通常のお店の前に露店が出ています。そしてその隙間を縫うように物売りがうろついています。
つまり消費者は「商店」「露店」「物売り」という「三重になった商売人」に向かっていかねばならないのです。インドでの買物は値段交渉だけではなく、こんな環境下で行われるのです。

さて通常の商店街などで彼ら「物売り」が扱っているものを見てみますと・・・

ハンカチ、靴下、ベルト、鍋の取っ手、リモコンカバーなど、生活に密着しているものばかりです。(リモコンカバーはどうだかわかりませんが)

これが観光客の多い場所に行きますと・・・

笛、太鼓、絵はがき、あやつり人形、孔雀の羽で作ったウチワなど、やはりお土産ものが主流になってきます。
中にはこんなものいったい誰が買うんだ?と思うものもあり、そのひとつに「つけひげ」があります。
このつけひげは、口の周りをすっかり覆った上にあごから垂れ下がるタイプのもので、仙人のヒゲの黒いやつみたいなものです。
見るからにニセモノと分かる代物で、両側に付いたゴムを耳にかけるのですが、誰が何の目的で使うのかまったく分かりません。「世界三大無駄な物」に数え上げられても仕方ないでしょう。
つけひげ売りは自分でもこのつけひげをつけて売り歩いているのですが、その顔はなんだか貧相な泥棒にしか見えず、哀れに思ってつい買ってしまいそうに・・・

おっと、あぶないあぶない・・・もう少しで彼の手に乗るところでした。油断もすきもありません。

ある日私が道を歩いているとひとりの物売りが近づいて来ました。
それは針金細工を売っている物売りのおやじでした。
その針金細工はいろいろに形を変えられるものでなかなか面白いものです。
おやじはその針金細工の形をひょいひょいと変化させながら売り口上を述べ、私に寄り添うようにぴったりと付いて来ます。
私はおやじを無視して歩き続けました。なにしろ私はその時、同じ針金細工を仕入れて来たところで、100個の針金細工が入った袋をぶら下げて歩いていたのです。
そのおやじは手に2、3個しか持っていません。仮にポケットにいくつか入れていたとしても、せいぜい10個くらいのものでしょう。私は100個なのです。負けるわけがありません。
あんまりしつこいおやじに、強気の私は袋を開いて100個の針金細工を見せました。

「ほれ!」

はたしてそのおやじは驚いて私の前にひれ伏したでしょうか?

いいえ、おやじはそんなことはしませんでした。

おやじはおもむろに胸ポケットからミニサイズの針金細工を取り出すと、ひょいひょいと器用に形を変えながら先ほどと同じように売り口上を繰り返すのでした。
それは私も初めて見るサイズの物でしたので、思わず聞いてしまいました。

「それ、いくら?」

同じ道を歩くと同じ物売りに会うので、何度か通りかかるうちにお互いに顔を覚えてしまうことがあります。

そのおっさんはヘビ売りでした。ヘビと言っても本物ではなく木製のおもちゃで、胴体がいくつもの間接になっており、しっぽの方を持つと胴体がくにゃくにゃ曲がるものです。
そのおやじはヘビを両手にひとつづつ、つまりふたつの商品だけ持って営業していました。

このヘビのおもちゃは日本でも竹やプラスチック製のものがお土産屋でよく売られており、それを手に取る人のほぼ100%が、近くにいる仲間の顔先にそのヘビのおもちゃを突き出してくにゃくにゃとやります。
そしてそんなことをするのは、子供よりむしろ大人に多いという事実を、私は自分の体験からよく知っています。

そんな日本のお父さんたちと同じように、そのヘビ売りのおっさんも私の顔先でヘビをくにゃくにゃさせ「買え」と言いました。もちろん私がそんなものを買う訳がありません。「いらん」とひとこと言って立ち去りました。
そしてまた次に同じ道を通るとヘビ売りのおっさんと出会い、おっさんはヘビをくにゃくにゃやり「買え」と言い、私は「いらん」と言います。

しかしそんなことが何回か続くと、そのヘビ売りのおっさんも私がヘビに何の興味も無い事を知り、無駄な体力を使わなくなります。
私が通りかかっても道端に腰掛けたまま立とうともしません。それでも「ダメもと」で軽くヘビを持ち上げて見せるところは、さすが世界に名高いインド商人の端くれの気概でしょうか。
たまに私が背後から近づいて行くと、人の気配を感じ取ったおやじが振り向きざまに元気良くヘビをくにゃくにゃさせるのですが、相手が私と分ると苦笑いしながらくにゃくにゃさせるのをやめてしまいます。

人間不思議なものでこうなると逆にくにゃくにゃが見たくなります。
何とかやる気のないおやじの気を引こうと、ヘビを顔先まで持ち上げて頭をなでてみたり(この頃にはおやじはヘビを顔先でくにゃくにゃさせるどころか、ヘビを持った手をだらりと下ろしたままでした)、「とてもいいヘビだね」と言ってみたりするのですが、おやじは力なく笑うだけです。

そこで思案したあげく、私はそのヘビを買うことにしました。

さっきまでやる気ゼロだったおやじもさすがに嬉しそうです。
料金交渉では、かなり低い値段から言い始めた私の言葉に、初めのうちは静かに首を振るだけだったおやじでしたが、値段がある程度まで上がって来た時に、思わず「うふふ」と笑ってしまったくらいです。
値段交渉の時はあくまでポーカーフェイスを通すか、むしろ怒ったくらいの顔でやらなければならないという鉄則を破ってしまった瞬間でした。おそらくその値段はおやじにとって、思わず「うふふ」と言ってしまうくらいの良い値段だったのでしょう。

結局私はヘビを買ってしまいました。

そして次の日からも、また同じ場所でそのおやじを見かけました。

おやじはいつものように通りがかりの人にヘビをくにゃくにゃやって見せています。
でも少し以前と違います。以前はくにゃくにゃして見せるヘビのほかに左手に予備のヘビがいたのですが、今はいないのです。
あのおやじはひとつ売れたにもかかわらず、追加のヘビを仕入れないのです。
おそらく私がひとつ買うまで、あのおやじは同じふたつのヘビを握りしめ、来る日も来る日もくにゃくにゃと虚しい動作を繰り返していたのでしょう。つまり何日もひとつも売れていなかったことになります。

私はそのおやじが、その間どうやって食いつないでいたのかが不思議でなりません。

そしてそんな人がたくさん生きているインドという国を、あらためてすごいと思ったのでした。

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