2010年インドの旅・実録編:第84回 マハーバリプラム

この記事は2010年にインドを旅した時(デリーでM君と合流してからの旅)のメモを元に各種解説を加えたものです。実際のメモ帳には文章が言葉足らずになっていたり、本来漢字で書き表すべきところをひらがなで書いていたりするところもありますが、それはあくまでも現場で書いて行く「メモ」という特性上仕方のないことであり、ここに転載するにあたっては最少範囲内で体裁を繕っております。だからもし「あっ、この人絶対この漢字書けてないよね」などと気が付いても、ぜひ黙って優しく見守って欲しいとお願いする次第なのであります。尚、登場人物の氏名に関しては原則としてイニシャル表記(一部インド人を除く)とし、人物の風貌や雰囲気を表現する言葉は、万が一本人が読んでもたぶん気にしないであろうと思われる場合のみ原文を採用しております。
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時1ルピーが約2円だったので、ただ単に2倍にすれば円価になります。

2010年4月28日(水) マハーバリプラム 晴 33℃くらい

今日もまた6時の停電で目を覚ます。
暗闇の中トイレとシャワー。もう慣れたものだ。
今日は9時に電気が戻った。

9時半、外出
まだ下はシャッターが細く開いているだけだった。

バターボールへ行くと、今日は沢山の人がいた。それが珍しくて写真を撮る。

昨日絵ハガキで世話になったサングラスのガイドにRs.150で案内を頼む。
思ったより早くツアーは終了したが、やはりガイドがいると良く分かる。

ジュースを飲んで再度バターボールの公園に入り、石の彫刻をあらためて見てみる。

丘の上から町の反対側を眺めたり、灯台の方へ行ってみたりする。

〔以下メモに解説を加えて〕

2010年4月28日(水) マハーバリプラム 晴 33℃くらい

今日もまた6時の停電で目を覚ます。 暗闇の中トイレとシャワー。もう慣れたものだ。 今日は9時に電気が戻った。

この町の停電は誠に勤勉である。毎朝ぴたりと6時に電気が止まる。ただし復旧の方は日によってマチマチなのであまりよろしくない。

9時半、外出 まだ下はシャッターが細く開いているだけだった。

宿の主人一家は昨夜はついに戻らなかったようで、出入り口は人一人が通れるくらいに開いたままだった。まったく物騒だったらありゃしない。
インド・マハーバリプラムの宿

バターボールへ行くと、今日は沢山の人がいた。それが珍しくて写真を撮る。

水曜日だというのに今日はやけに観光客が多かった。もしかしたら宿の一家がチェンナイの寺に参拝に行ったのと同じように、ここマハーバリプラムの寺院に参拝に来る人たちもたくさんいるのかもしれない。 とにかくここに来る人は必ずバターボールを見に行く。そして必ずその下に立ち、石を押し上げるポーズで写真を撮ったりする。しかしたいていの人は5分も見ると余所に行ってしまい、私のように毎日来てはいつまでも眺めている人はいないのである。
インド・マハーバリプラムのバターボール

昨日絵ハガキで世話になったサングラスのガイドにRs.150で案内を頼む。

アルジュナの苦行前には物売りに混じってガイドもたむろしているのだが、今までは声を掛けられても無視し続けて来た。しかし昨日の絵ハガキ探しで露天商との間に立ってくれたガイドの男がおり、お礼の意味も込めて頼んでみることにした。
インド・マハーバリプラムのガイド

思ったより早くツアーは終了したが、やはりガイドがいると良く分かる。

バターボールがバランスよく止まっている斜面は、かなり大きな石の丘になっていて、それ自体やその周辺には実にたくさんの石造彫刻がある。そしてそれらを見るにはやはりガイドを頼んだ方が、わかりやすく見るべきポイントを教えてくれるのでいいのである。
インド・マハーバリプラムのガイド

ジュースを飲んで再度バターボールの公園に入り、石の彫刻をあらためて見てみる。

ただしガイドはかなりの早足でポイントを回って行くので、できればその後一人で復習に行くのがベターである。

丘の上から町の反対側を眺めたり、

とにかく大きな石の丘なので、その頂上に立つと実に見晴らしが良い。
インド・マハーバリプラムの町の反対側

灯台の方へ行ってみたりする。

そしてその地の利を生かして灯台まで建てられていて、遠く海を行く船たちの道しるべにもなっているのである。
インド・マハーバリプラムの灯台

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