2010年インドの旅・実録編:第72回 ポンディチェリー

この記事は2010年にインドを旅した時(デリーでM君と合流してからの旅)のメモを元に各種解説を加えたものです。実際のメモ帳には文章が言葉足らずになっていたり、本来漢字で書き表すべきところをひらがなで書いていたりするところもありますが、それはあくまでも現場で書いて行く「メモ」という特性上仕方のないことであり、ここに転載するにあたっては最少範囲内で体裁を繕っております。だからもし「あっ、この人絶対この漢字書けてないよね」などと気が付いても、ぜひ黙って優しく見守って欲しいとお願いする次第なのであります。尚、登場人物の氏名に関しては原則としてイニシャル表記(一部インド人を除く)とし、人物の風貌や雰囲気を表現する言葉は、万が一本人が読んでもたぶん気にしないであろうと思われる場合のみ原文を採用しております。
〔当時のメモより〕
*金額に関しては当時1ルピーが約2円だったので、ただ単に2倍にすれば円価になります。

2010年4月23日(金) トリチー→ポンディチェリー 晴 33~35℃くらい

リキシャマンの「Rs.80で行く」と言うのを振り切り陸橋を渡ってみたものの、どのバスに乗っていいのかわからず、結局Rs.60のリキシャで運河の東側へ。

しかしそこからが大変で、いくら歩き回ってもホテルが見つからない。またようやく見つけても見るからに高そうで入って行くこともできない。

ここは派手な看板が禁止されているのか、それともフランス流におしゃれでヤボな看板は出さないのか、とにかく宿を探しているよそ者にはとても冷たい感じの街である。

結局リキシャにホテルを紹介してもらう。
場所は運河から西に2ブロックほど戻ったところで、当初のもくろみと大きく隔たった場所だったが、フロントのおねえさんの笑顔がよかったので決める。ダブルは一杯でトリプルRs.1400となる。

インドで交渉もしないでこんな風にリキシャに乗ったのは初めてだ。

〔以下メモに解説を加えて〕

2010年4月23日(金) トリチー→ポンディチェリー 晴 33~35℃くらい

リキシャマンの「Rs.80で行く」と言うのを振り切り陸橋を渡ってみたものの、どのバスに乗っていいのかわからず、結局Rs.60のリキシャで運河の東側へ。

バスには乗れなかったが、陸橋を渡ることでオートリキシャの料金が20ルピー負かった。オートリキシャのドライバーは宿も紹介したかったようだが、宿くらい自分で探すので結構なのだ。
ポンディチェリーのオートリキシャ

しかしそこからが大変で、いくら歩き回ってもホテルが見つからない。またようやく見つけても見るからに高そうで入って行くこともできない。

と思って歩き出したものの、なぜか宿の看板が見当たらず、また宿の客引きもおらずひたすら歩き回る破目となった。

ここは派手な看板が禁止されているのか、それともフランス流におしゃれでヤボな看板は出さないのか、とにかく宿を探しているよそ者にはとても冷たい感じの街である。

ポンディチェリーは長くフランス領であったので、その街並みはフランス風であり、なんだか人々の雰囲気も他のインドの街の人たちとは違うように感じる。とにかくあのやたらにジロジロと見て来るインド人の視線をまったく感じないのである。 それでもいくつかの宿を覗いて見た。特に最後に行き着いた海岸近くに建つ宿は清潔そうな上に低料金でよかったのだが、なんでもアシュラム(修行道場)の性格を持つ宿泊施設とのことで、宿泊には禁酒禁煙などいくつかの決まりごとの書かれた書類にサインをしなければならないということでやめた。なにしろM君はタバコ吸いだし、私は酒飲みなのである。
ポンディチェリーの街

結局リキシャにホテルを紹介してもらう。 場所は運河から西に2ブロックほど戻ったところで、当初のもくろみと大きく隔たった場所だったが、フロントのおねえさんの笑顔がよかったので決める。ダブルは一杯でトリプルRs.1400となる。

炎天下、重い荷物を背負って長時間歩き続けてクタクタだったので、ここはもう最後の手段、オートリキシャのドライバーに頼ることにした。日本でも地元のうまい食堂はタクシードライバーに聞くと良いと言うし、彼らは地域の隅々までよく知っているのである。 しかし旧フランス人居留区に停まっていたオートリキシャなのに、ドライバーはその区域の宿を知らないのか、それとも距離を稼ぎたかったのか、あっという間に元来た道を戻り運河も越えてしまった。それでも着いた先はなかなか好感の持てる宿だったので、結果的には正解であった。
ポンディチェリーの宿

インドで交渉もしないでこんな風にリキシャに乗ったのは初めてだ。

とまあ今回はオートリキシャのドライバーに任せて正解だったが、あまりこういうことはしない方がいいと思う。特にデリーやアグラといった観光客目当てに荒稼ぎをしようと鵜の目鷹の目で狙っている輩が多い街では、絶対に軽はずみに身を任せてはいけないのである。

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