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苦しい時の友頼み:チェンナイからヴィシャカパトナムへ

         
  • 公開日:2011年2月24日
  • 最終更新日:2022年6月3日

今回の旅は(2001年の時もそうだったのですが)Mくんという友人との二人旅でした。
普段のお話にほとんどMくんが登場しないのは、移動と宿泊を共にする以外は各自自由行動だったことに加え、その移動ルートの選択並びにチケットの手配、宿の選定及び料金交渉など、旅をするにあたっての基本的な事はすべて私がやっていたからということがあります。
つまりMくんはこの旅のやり方には一切口出し手出しはせず、でも宿代の半分(時によってはそれ以上)は出し、さらにはシーフード料理などの贅沢品やビールなどの嗜好品の料金(のすべて)は出すという、実に私にとって都合のいい同行者であったわけです。

しかしこれだけの説明では、まるでMくんはお金を出すだけの人のように思われてしまうといけませんので、彼がこの旅でいかに重要な役割を演じていたかを、今回のエピソードでご紹介したいと思うのであります。

では・・・

チェンナイから乗ったボルボの夜行バスは、一路ヴィシャカパトナム目指してひた走ります。その距離は800km以上、到着は明朝5時とのことです。

大都市チェンナイを抜けて郊外をしばらく走ると、バスはドライブインに入って止まりました。
時刻はすでに午後9時、どうやらここで夕食タイムとなるようです。私はこうした長距離移動の時はあまり食事を取らないようにしておりますので、そのまま車内にいようと思っていたのですが、Mくんが「チャイくらい飲まない?」と誘うので、重い腰を上げてよっこらしょと立ち上がったその瞬間!

急にお腹が痛くなりました・・・

で、急いでバスを降りると一目散にトイレに駆け込んだのですが、小さな裸電球ひとつという薄暗さもさることながら、トイレに入っている間にバスが出てしまうことが怖くて、Mくんに「バスが行かないように見張っててくれぇ~」とトタン張りの扉越しに弱々しく頼んだのでありました。

大急ぎで用を足したということもありますが、バスはまだ元の位置にちゃんと停車しており、同じバスの乗客とおぼしき人たち(顔を覚えているわけではないので定かではありませんが)も、まだのんびりと食事をしている最中でした。
そこで私とMくんはようやくホッとして、チャイを一杯ずつ飲みました。

バスに戻ると再びウォークマンのイヤホンを耳に突っ込み、大好きな70年代昭和歌謡を聞きながら目をつぶり、あとは翌朝5時の到着までひたすら寝てしまおうと努力したのであります。

元々乗り心地に定評のあるボルボのバスである上に、道もよく整備された国道を走っているようで大きな揺れもなく、私はウトウトしながら時を過ごして行ったのですが、夜中の3時頃になってまたお腹のあたりになにやらいやぁ~な予感を感じました。
しかし到着予定時刻は5時と聞いていましたので、おそらくそれまで休憩はないでしょう。
それならあと2時間、このままなんとかもう一度眠りに入ってしまおうと思ったのですが、思えば思うほど目は覚めてしまい、それとともに体の各機能も次第に目覚めて来て、一番起きてはいけない腸も「さ~て、そろそろ仕事を始めっかな」みたいな感じでゼンモウ運動を開始する気配が!

や、やめてくれ! なっ、もう少しおとなしくしていてくれよな。頼むよぉ~

私はなんとかそういう「トイレに行きたい」という意識を別の方に向けてしまおうと、ウォークマンのボリュームをぐっと上げ、渡辺真知子の「迷い道」などに聞き惚れようと努力したのですが、歌詞の♪迷い道くねくねぇ~の「くねくねぇ~」のところで、腸のぜんもう運動のイメージが湧いてしまい、素早く次の「異邦人」に飛ばしてしまったりしたのであります。

それでもそんな風にして1時間ほどをやり過ごし、「さあ、あと1時間だ!」と自分を励ましたまさにその時、窓の外に「ヴィシャカパトナム 192km」の看板が見えました。

あああああー! もうだめだあああああ! 快適なはずのボルボのバスが不快な空気で満たされてしまううううう!

ところが捨てる神ありゃ拾う神あり、なんとしばらくしてバスはドライブインらしきところに入ったのです。

どうやら「5時到着」というのはまったくのガセだったようです。
なにしろそのインフォメーションは、あの200ルピーもふんだくった旅行社のおっさんからのものだったので、初めから信用してはいけなかったのです。

とにかく今はトイレに行くことが先決です。

私は今度はしっかりと「20分の休憩」だということを確認してトイレに入りました。
なにしろ昨夜はバスが出てしまう不安と闘いながら用を足し、適当なところで妥協して出て来てしまったので、今回はしっかりと納得の行くまで闘うぞ!と、時計をにらみながらトイレにしゃがんだのでありました。

全力で闘い抜いた私は、まだチャイが飲めるほどの時間が残っていることを確認して外に出ると、そこでようやくすがすがしい朝の風景を心の余裕を持って眺めることができました。
しかし、その視線の先に見たものは、私が乗って来たボルボのバスの前で、車掌さんとMくんがこちらをじっと見ているという風景でした。
あらためてあたりを見回せば他の乗客はもう誰もおらず、すでにみんなバスに乗っている模様です。
つまりボルボのバスはとっくに出発準備完了で、私を待っていてくれたわけです。でもそれはMくんが車掌さんに「友だちがまだ戻っていない」と言ってくれたためであり、もし私が一人旅であったなら、私が見た朝の風景はまた違ったものとなっていたのかもしれません。

何事もなく平穏無事に過ごしている時は、ただの「ビールをおごってくれるいい人」くらいにしか思っておらず、さらに写真を撮ろうとするときには「フレームの中に入ってしまう邪魔なやつ」みたいに思っておりましたが、実はMくんはトイレに行くときにはホント頼りになる人だったのですね。

ということで、とかくお腹を壊すことの多いインドの旅には、正露丸と友だちを携行することをお勧めする次第であります。

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