扉は常に大きく開かれていて欲しいものだ:ガンディーアシュラム

インド・サーヴァルマティ・ガンディー・アシュラムここはグジャラート州アーマダバードにあるサーヴァルマティー・アシュラムである。

通称ガンディー・アシュラムと呼ばれ、その名の通りかのマハトマ・ガンディーが活動の拠点とした場所である。
私はアーマダバードに来るたびにここを訪れていて、今回(2014年11月)は一年ぶりの訪問であったが、なんだか前回と比べ内部がこぎれいになったように感じた。

それは本館にあるガンディーの生涯をパネルなどで伝える展示コーナーでも感じたのだが、それより右手奥にあった建物の雰囲気がずいぶん変わったようであった。

インド・サーヴァルマティ・ガンディー・アシュラム以前は学校のような造りで、実際小さな子供たちがたくさんいたし、外国人も加わってなにやらワークショップのようなことをしているのも見たことがあった。

少なくともこんな小さな建物ではなかったのになあ・・・

インド・サーヴァルマティ・ガンディー・アシュラムと思って中を覗いて見ると、なんとこれはミラ・ベンの部屋であった。

ミラ・ベンは本名をマドレーヌ・スレイドというイギリス人であったが、ガンディーの弟子となりその名を授かり、インド独立へと続く道のりをともに歩み続けた女性である。

そんなミラ・ベンの居住していた部屋を再現したようである。
しかしなんせ質素を旨とするアシュラムの生活であるからして、部屋の中はほとんど何もなく、見ても特にどうということもないのであった。

さらにその隣には、ミラ・ベンハウスよりかなり大きな建物ができていた。

インド・サーヴァルマティ・ガンディー・アシュラムその建物にはベランダのようなスペースがあり、そこでおばさんがクルクルと糸車を回して糸紡ぎをしており、いかにも「おお、ガンディー・アシュラムじゃん!」という雰囲気をかもし出している。

そしてそのベランダの横には「ガンディーの部屋」が再現されていた。
それを見て、そういえば本館の片隅にあったガンディーの部屋の再現コーナーがなかったなあということに、そこでようやく気付いた私であった。

インド・サーヴァルマティ・ガンディー・アシュラムミラ・ベンの部屋とは違い、ガンディーの部屋には金網入りの扉が付けられ、鍵が掛けられていて中には入れない。
しかしせめてもの温情か、ドアには四角い穴が開けられていて、そこから写真が撮れるようになっていた。ああ、ありがたやありがたや。

インド・サーヴァルマティ・ガンディー・アシュラムこれがその「ガンディーの部屋」である。
質素な生活をしていたガンディーであるが、ミラ・ベンから比べるとずいぶん物持ちである。
と言っても、糸車と杖、書見台に肘掛くらいしかなく、テレビもねえ、ラジオもねえ、車もそれほど走ってねえ、といった部屋なのである。

インド・サーヴァルマティ・ガンディー・アシュラムと、そこになにやら偉そうなおっさんが現れた。
この日のアシュラムにはパトカーや救急車、それになぜか消防車まで繰り出し、なんともものものしい雰囲気であったが、どうやらそれはこのVIPらしきおっさんを迎えるためのものであったらしい。もちろん私も遠くに追いやられてしまった。

インド・サーヴァルマティ・ガンディー・アシュラムおっさんはたくさんの随行員や警備員、そしてマスコミ関係者まで引き連れてベランダに上がった。
見れば先ほどまで固く閉ざされていたガンディーの部屋の扉が大きく開かれているではないか。

あー、いいなあ、あのおっさん中に入れるんだぁ

そのおっさんがいったい誰なのかは知らないが、ガンディーが生きていたら、はたしてこんな差別を許したであろうか・・・

ガンディーが凶弾に倒れた日に、あらためて差別のない社会の実現を願いつつ、アシュラム関係者に、次は私も特別中に入れてねと、心からお願いする次第なのである。

偉大なる魂の誕生日

10月2日はマハトマ・ガンディーの誕生日である。

なにしろマハトマ(偉大なる魂)と尊称されるガンディーであるから、インド各地のガンディーゆかりの地には記念館やら博物館がある。

たとえばデリーにはガンディーが凶弾に倒れた場所や荼毘に付された場所があり、マドライには暗殺時に身に着けていた腰巻布が展示されている博物館があり、ムンバイやアーマダバードにはその活動の拠点とされた場所が残されている。
インド、ポルバンダールのガンディー博物館そしてガンディー生誕の地ポルバンダールには、今もその生家が保存され、そのすぐ横には大変立派なガンディー記念館が建てられている。記念館の建物があまりにも立派なため、生家が少々みすぼらしく見えるほどである。

インド、ポルバンダールのガンディー博物館そうした博物館や記念館の展示物というのは、たいていどこも同じようなもので、ガンディーの生涯が写真や記事で紹介され、それぞれが保存しているガンディーゆかりの品が展示されているという内容である。

そして必ずあるのがガンディーとその妻カストルバの写真もしくは肖像画である。
もちろんポルバンダールの記念館にも掲げられていた。

インド、ポルバンダールのガンディー博物館しかしそんなガンディーの肖像画の額の上には、鳥よけのためと思われる無数の針が突き立てられていて、その光景はなんだかアヒンサー(非暴力)を掲げたガンディーには似つかわしくないようにも思え、ちょっとおもしろかったのである。

一部の運営者よ、悔い改めよ:ジャマーマスジッド

久しぶりのデリーだったのでジャマーマスジッドへ行って見た。

デリー、ジャマーマスジッドジャマーマスジッドとは「金曜モスク」という意味で、つまりここはイスラム教の礼拝所なのである。
このモスクはインド最大規模のものであり、金曜日の集団礼拝ともなれば広場は大勢の信者で埋め尽くされる・・・とのことだが、そんな日は怖くて近づけないので私は見たことがない。

ここはあくまでも現役の礼拝所なので入り口で履き物を脱ぐ。
入場料は無料だが、カメラの持ち込み料として300ルピー取られた。5年ぶりの訪問であったが、あまりの高さにしばし絶句してしまった。

でもまあそれも仕方ないだろう。
なにしろここはかのタージマハルを造らせたムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハンの命により建造された由緒正しきモスクであり、近所のラール・キラー(赤い城の意)が世界遺産に登録されたため、ここのところ観光客が増えているのだろう。つまりまあ、ちょっと儲けに走っているのだと思う。

デリー、ジャマーマスジッドのミナレットさて、ここに来たらぜひ入ってみたいのがミナレットと呼ばれる塔である。
ここでは正面向かって左側のミナレットが一般開放されている。

ミナレットに上るためのチケットを100ルピー出して買った。
ミナレットへの通路は左側の門(南門)にあるのだが、そこで入場チケットを見せて入ろうとしたら、なぜかカメラチケットを渡せと言う。
300ルピーも払って手にしたチケットなので記念に欲しかったし、そもそもそれを取られてしまったらこの後の撮影に支障がでないか心配だったので躊躇していると、「大丈夫だから早く入れ」と促され、カメラチケットを渡して入場することになった。

ミナレットへ続く通路(回廊の屋上)では掃除をしている若者がいて、私が近づいて行くと「チケットを見せろ」と言う。
チケットは入り口ですでに切り込みが入れられていたが、その若者によって半分がもぎ取られてしまった。またしても記念品損失である。
続いて若者は「カメラチケットを見せろ」と言う。
ちっ!そう来たか。
私は入り口で取られたことを告げたが若者はすぐに納得せず、「ないならお金を払え」などと言う。
私も少し声を大きくして「じゃあ一緒に下に行って確認しよう」と言うと、若者はまあまあと私を制し、「いくら払ったか?」と聞くので「300ルピーだ」と答えると、そこで若者はようやく引き下がって行った。
まあこの程度の手口でそうそう二重払いする人もいないだろうが、インド人によくある「ダメモトあわよくば」精神炸裂であり、しかもこれが入り口の係りと結託しての小遣い稼ぎと思えばますます腹が立つのであった。

デリー、ジャマーマスジッドのミナレットからの眺めミナレットの薄暗い螺旋階段を登り切ると、そこにはオールドデリー市街を見下ろす絶景が待ち構えているはずであったが、乾季にしては珍しい小雨模様とあって、その風景はぼんやり霞んだものであった。

しかしそれは天気のせいばかりでなく、今の私のもやもやした心境を表しているようでもあり、また今後のジャマーマスジット運営委員会(仮称)の行く末を案じているようにも思えたのであった。

一部のよからぬ輩のせいで、歴史的建造物でありまた神聖なる礼拝所であるジャマーマスジッドの印象が失墜してしまうのは、実に残念なことである。

今からでも遅くない、入り口のおっさんと掃除のあんちゃん、悔い改めるがよいぞ。

残暑お見舞い申し上げます

残暑お見舞い申し上げます

カラングート・ビーチ

しかしまあいくら暦の上とは言え、こんな暑いさなかに「立秋」はないもんだ。
でもまあそこは日本のしきたりに従い、今日からの暑さは「残暑」なのです。

ということでまだ当分は暑い日が続き、夏休みだってこれからが本番、でもってこのブログも本日からしばらく(たぶん八月いっぱい)お休みを頂こうと思うのであります。

それではみなさん、暑さに負けず楽しい夏をお過ごし下さい。

また9月にお会い致しましょう!

修復だけでなく改修もどんどんしてしまうのだ:ウダイプールのシティーパレス

ウダイプールにあるシティパレスは、しっかり修復工事を行い常に華麗な姿を留めている。

インドの改修工事で、昔の姿を留める(または昔に戻す)のが修復なら、今の状況やこれからの展開を考えて行うのが改修である。

ここでは漆喰で塗り固められたレンガの壁を、下書きの線に沿って取り除いている。
完成後はその左側に見えるのと同じおしゃれな窓が取り付けられるのだろう。

もちろん修復や改修には莫大な費用がかかるわけだが、こうした努力がまた多くの観光客を惹き付けることとなり、新たな資金力が生まれる。

世界遺産などに登録されていない、マハラジャ所有の物件であるからこそできることなのである。