2016年グジャラート再訪・第37回 / 聖地ドワルカ、朝のガート

昼間は河で水遊びをしたり泳いだりする人もいて、聖地というより観光地といった感じのドワルカであったが、さすが四大巡礼地に数えられるだけのことはあり、日の出の時刻ともなるとガートには大勢の人たちが集まって来る。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

さすが聖地、朝のガートにはたくさんの人が繰り出して来る。

さあ、いよいよご来光である。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

日の出はどこで見ても清々しいものである。

早起きして出て来た甲斐があったと言いたいところだが、実はもうインド標準時で7時10分なのである。なにしろここはインド最西端の地(領土としてはもっと西もあるし、この界隈でもここが最西端というわけではないけど)なので日の出も遅いのである。

とにかく今日もまた太陽は東から顔を出し、聖職者らしきおっさんは日の出に向かってラッパを吹くのである。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

高らかにラッパが吹き鳴らされる。

そしてまだ肌寒い中、果敢にも河に入って朝日に祈る敬虔な人々がいる。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

朝日に向かって祈る人々。

また河に燈明を流し、静かに祈りを捧げる人々もいる。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

燈明を流す人もたくさんいる。

でもここは河口なので、時折海から押し寄せる波がガートに激しくぶつかったりするので要注意なのだ。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

ここは海がすぐそこなので波も立っていたりする。

ガートには小さな祠があり、そこでも聖職者による祈りが捧げられる。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

ガートにある祠でも祈りが捧げられる。

いったいこの小さな町のどこにこれだけの人が泊まっているのかと不思議に思うほど、本当にたくさんの人たちがガートに出て来ている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

とにかくすごい人である。

そして牛もなにかおこぼれに預かろうと待ち構えていて、人懐こく近づいて来たり、ガートに供えられたお供え物を食べたりしている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

人のいるところ牛もまたいるのがインドなのだ。

またガートに続く道にはたくさんのサドゥーやサドゥーもどきが居座り、道行く人たちに施しを求めたりしている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

サドゥーも団体でいるのだ。

とまあ、朝のガートはこの町が一番活気づく時間なのである。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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2016年グジャラート再訪・第35回 / ドワルカのガートにて

インド国内にはヒンドゥー教の聖地というものがあちこちにある。
でまあ聖地に限らずそういうものの中から突出したものをひとくくりにして、三大〇〇とか五大〇〇とか呼んだりするが、ここドワルカもヒンドゥー教の四大巡礼地のひとつである。

インドの聖地と言えば階段状のガート(沐浴場)を思い浮かべる人も多いと思うが、ここドワルカにもちゃんとガートがある。
ここはアラビア海に面した河口にあたるので、一日のうちでも潮の満ち引きによって水量がかなり変わり、向こう岸に歩いて渡れる時間帯もある。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

この沐浴場は海の干満により水位がかなり変わる。

日の出の時刻ともなると、このガートは祈りを捧げる巡礼者でいっぱいになるが、昼の日中の間抜けな時間だと、水遊びに興じる若者などもいてとてものどかな雰囲気である。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

昼間は沐浴より、明らかに楽しんでいる人たちが目につく。

そんなガートの傍らで、なにやらせっせと粉を練っているおっさんがいた。
まさかこんなところで陶芸でもあるまいし、いったいなんだろうと思っていると、おっさんは練った粉をこぶし大の団子にして並べ始めた。ははあ、あれは魚の餌なのだな。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

おっさんはその場で商品を製造する。これも地産地消と言うのだろうか。

確かにこの河には魚がたくさんいる。
すぐそこが海なのでボラなのかもしれない。とにかくなかなか大きな魚が群れを成してガート付近をウロウロしている。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

魚もこれほどいるとちょっとなあ・・・

おっさんはそんな魚にあげるエサを売っているのである。
動物にエサを与えるのはなかなか楽しいことであるが、巡礼者は功徳のつもりでエサを与えるのだろう。
おっさんの団子は二つで10ルピー(約16円)のようである。材料は粉と水だけとはいえ、結構一生懸命練った産物にしてはちょっと安過ぎるような気がする。私はここに一時間以上座って見ていたが、その間客は二人くらいしか来なかった。まあここが一番にぎわう朝には、きっともっと売れるのであろうが、あまり儲かる商売とは言えないであろう。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

恋人たちは魚の群れに何を願うのか。

と、そこに袋いっぱいのパンを持った少年がやって来た。
どうやらパンは少年が食べるためのものではなく、魚にやるつもりで持って来たようであった。実際少年はパンをちぎっては河に投げ込んでいる。
う~ん・・・功徳もいいがちょっともったいない気もする。私も日本で友人が川の鯉にあげるために買ったパンを、つい我慢しきれずにもらって食べたことがあるが、腹をすかせた人が見たらどう思うであろうか。

インド、グジャラート州ドワルカのガート

インドもついに飽食の時代に入ったのか。

まあそれでも自分のパンを誰に食べさせようと少年の勝手であるので、それはまあそれでいい。
しかしこの少年はついに大量のパンを持て余し、こともあろうかおっさんの傍らに来て、エサを買いに来たと思われる人に自分のパンを配り始めたのである。これは完全に営業妨害である。しかも無料という大幅なダンピングによって、おっさんのシェアを根こそぎ奪っているのである。ここはすぐさまセーフガードを発令し、少年のパンに200%の報復関税をかけるべきである。 あー、元がタダだからいくら掛けても0のままか・・・

インド、グジャラート州ドワルカのガート

少年よ、君はまだ生きる苦しみというのを知らない。

見れば少年は金持ちの子供丸出しのふくよかさで、頬のこけたおっさんに比べて偉そうである。
そこにカーストなどの諸事情や客商売ならではの低姿勢が絡んで来るためか、おっさんはただ苦笑いを浮かべて弱弱しく「勘弁してくださいな、坊ちゃん」というようなっことを言うのが精いっぱいなのである。

私はそうした光景をずっと見ていて非常に腹立たしく思ったのだが、部外者である私が出て行って少年の頭をポカリと殴るわけにもいかず、せめて懇親の力を込めて、少年がガートで滑って河に落ちてしまえと祈るしかないのであった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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木彫りのガネーシャ

2016年グジャラート再訪・第34回 / ドワルカの食事

時刻は午後1時を回り、だいぶ腹が減った。

前回来た時に入った安食堂で食べようと思い、記憶をたどって歩くがこれが一向に見つからない。わりと人通りの多い道に面した店で、しかもその店先のかまどで調理しているので、見逃すはずはないのにそれが見つからない。
まさかこんな裏路地のわけはないというような小道にも入り込んで探したが、その安食堂は忽然と(まああれから3年もたってるんだけど)姿を消したようである。

歩き疲れたので小さな店でインドの炭酸飲料サムズアップ(25ルピー、約40円)とポテトチップス(10ルピー、約16円)を買い、海の近くで食べる。

インドのコーラ、サムズアップとポテトチップス

インドにいると食事代わりにこういうもので済ませてしまうことも多々ある。

日本ではまず炭酸飲料も飲まなきゃポテトチップスも食べないが、インドに来るとついこういうものを飲んだり食べたりしてしまう。それでもちゃんと健康には気を付けて、クリーム&オニオンというのにした。これならタマネギ効果で血液がサラサラになるかもしれない。

少し休んで元気が出たので、再び食堂を探すことにする。
しかしもうあの安食堂にはこだわらず、どこか良さ気なところに入ろうと思い歩いていると、道端にいたおっさんが何やら声を掛けて来た。言ってることは現地の言葉なのでほとんどわからないのだが、おっさんの発する言葉の中から「チャイニーズ」という単語をキャッチしたので聞き返すと、すぐ後ろの建物を指差しうなずく。
食堂はその建物の二階部分のようである。そしてここにはチャイニーズ・メニューがあるようである。
これはもうここに決めるしかない。なにしろ時刻はもう午後2時なのだ。

インド、ドワルカのレストラン

やはり声掛けとか呼び込みというものは効果があるのだ。

この店は最近オープンしたばかりなのか、店内はわりときれいで内装もこじゃれている。
でも私はこういう雰囲気が苦手である。しかも店内には他の客はおらず、大きなガラス窓のそばに座っているのは、おそらくこの店のオーナーなのだろう。男は何も食べずに本だか手帳だかをしきりに眺めている。とにかくまったく活気のない店で、大丈夫なのかよと思ってしまう。

インド、ドワルカのレストラン

なんだかガランとして淋しいレストランである。

まずはミネラルウォーター、もとい、パッケージド・ドリンキング・ウォーターを頼み、喉の渇きを潤す。

インドのペットボトル入り飲料水

ちょっと小ぎれいなレストランでも、どんな水が供されるかわからないので、安全を確保するため水にもお金を払う。

疲れていたところにおっさんの「チャイニーズ」という誘いに負けてうっかり入ってしまったが、やはりメニューは高めの設定である。この料金にはこの趣味の悪い(あくまでも私の感覚だけど)内装代も入っているのかと思うと嫌になる。ああ、あの安食堂で食べたかったなあ。

無難そうなところで、ベジ・フライドライスを注文する。
入ってる具は少々のキャベツだけと貧弱だが、値段は100ルピー(約160円)と立派である。

インド、チャイニーズメニューのフライドライス

そんなにうまくもないが特にまずいというほどでもないフライドライスである。

味は特筆するほどのことはなく普通である。つまり可もなく不可もなく具もないという、三無主義的フライドライスなのだ。
でも取り分け用にきれいな白い皿が供され、私は小ぎれいな店内で一人お上品にフライドライスを食べた。

インド、チャイニーズメニューのフライドライス

取り分け用の皿よりボウルのままの方が食べやすいだろうなあ。

そもそもフライドライスなんてものは大したものではないので、こんなエアコンの効いたきれいな店ではなく、開けっ広げの汚い食堂で汗を流しながら食べたほうが断然うまいのである。

なお、支払いは500ルピー札が問題なく使えた。(「インドのキャッシュクライシス」参照)
その点だけ見ると、もしかしたら安食堂より良かったのかもしれない。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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インドのマフラー

2016年グジャラート再訪・第33回 / ドワルカのホテル

ドワルカも二度目と言うことで、勝手知ったる場所と舐めて歩き出したら道に迷い、だいぶ遠回りをしてようやくガートの辺りに出た。

できれば宿はこの辺りに取りたいと、まずは川辺の公園に面したホテルに入ってみた。

インド、ドワルカのホテル

この右側は川辺が整備されちょっとした公園になっている。

しかしこのホテルは満室であえなく断られてしまった。

そこでひとつ裏手となるホテル「GOMTI」に行ってみることにする。
実はここは前回泊まったホテルなのだが、とにかく手当たり次第に当たってみるのだ。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

別にホテルのコレクションをしているわけではないので、同じホテルでも特に問題はないのだ。

するとデラックスルームが一部屋だけ空いているという。
料金は1,800ルピー(約2,900円)とやや高めだが、ディウでの苦戦を思えば「空いててラッキー!」と思うべきであろう。

部屋は二階の103号室。
さすが「デラックスルーム」である。なかなか広い。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

一人で使うにはもったいない広さである。

エアコンと薄型テレビがある。
また最近リノベーションしたらしく、全体的にきれいである。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

何か操作を間違えたのか、テレビは途中で見られなくなってしまった。

なお、部屋は河口に面した南向きで大きな窓もあるのだが、目の前に別の建物(たぶんホテル)が立ちふさがっているため景色はぜんぜん見えない。

トイレと兼用のシャワールームにはバスタブはない。
ここももちろん改装されたのだろうが、床のタイルの目地は早くも黄ばんでいる。

インド、ドワルカのホテル「ゴンティ」

水回りはよほどしっかり掃除をしないとすぐ劣化する。

Wi-Fiは一階のフロント周辺でしか使えないが無料である。

前回も特に問題が無かったから今回も泊まるのだが、従業員は親切でなかなか居心地の良いホテルである。
なので特筆すべきトラブルもなく、残念ながら面白いエピソードはひとつもないのである。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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真鍮製のアンティーク弁当箱

2016年グジャラート再訪・第32回 / ジュナーガルからドワルカへ

まだ暗い中ホテルを出る。

インド、ジュナーガルのホテルハーモニー

煌々と輝く看板が返って淋しげである。

バススタンドはホテルのすぐ前なので、暗い中でもそれほど不安もなく行き着けるのがありがたい。
まるで夜中のような暗さだが、これで時刻は6時30分である。11月ということもあるが、インドの一番西に位置するグジャラートはインド標準時に対して夜明けが遅い。

インド、ジュナーガルのバススタンド

まだ辺りは暗いが、バススタンドにはもうたくさんの人がいる。

昨日このバススタンドでバスの時刻は調べておいた。
次の目的地は海沿いのドワルカという街であるが、7時発のドワルカ行のバスはすでに停まっていた。

インド、ジュナーガル発ドワルカ行のバス

バスはすでに乗客を待っていた。

まだ乗客は少ない。
ちょっと迷ったが、前から4番目の席に座る。

インド、ジュナーガル発ドワルカ行のバス

いろいろ考えた末に座る席を決めた。

問題はバス賃を500ルピー札で払えるかどうかである。
なんでも政府か国営企業運営のバスでは高額紙幣も使えるということではあるが、これはグジャラート州営のバスなので微妙なところなのだ。
それにインドでは店でもどこでも釣り銭の用意などしていないことが普通なので、いきなり500ルピー札を出されても困るだろうと考え、前から4番目の席にしたのである。それなら他の乗客の出した小額紙幣が少しは溜まっているだろうと考えたのである。

結果から言えば、500ルピー札はなんの問題もなく使えた。ちなみにドワルカまでのバス賃は149ルピー(約240円)であった。
お釣りに関してはやはりなく、他の乗客からお金を集めるまで待たされたが、ちゃんともらえた。ただし端数(?)の1ルピーははぶかれた。

とにかく500ルピー札は使えたし、売店で買ったポップコーン(10ルピー、約16円)と水、それに昨日買っておいたバナナ(黒いビニール袋)もあるので天下無敵の気分である。

インド、バス旅の食料

とりあえずこれだけあれば安心なのだ。

なお、今回のバスルートは以下の通りとなる。

定刻の7:00、バスは出発した。

インド、グジャラート州ジュナーガルのバススタンド

ようやく空も明るくなった。

7:25、バンタリ(VANTHALI)バススタンド到着。

インド、グジャラート州バンタリのバススタンド

VANTHALIバススタンド

バスはきれいな幹線道路を行く。やはりグジャラートのインフラ整備はかなり進んでいると実感する。
ちなみに白いタオルを頭に巻いてる男が車掌である。

インド、ジュナーガル発ドワルカ行のバス

バスは快調に走る。

7:49、マナバダール(MANAVADAR)バススタンド到着。

インド、グジャラート州マナバダールのバススタンド

MANAVADARバススタンド

8:02、バントヴァ(VANTVA)バススタンド到着。

インド、グジャラート州バントヴァのバススタンド

BANTVAバススタンド

8:37、クティヤナ(KUTIYANA)バススタンド到着。

インド、グジャラート州クティヤナのバススタンド

KUTIYANAバススタンド

9:09、ラナヴァブ(RANAVAV)バススタンド到着。

インド、グジャラート州ラナヴァブのバススタンド

RANAVAVバススタンド

料金所を通過し、高速道路のような道に入る。
これはラージコートとポルバンダールを結ぶ幹線道路である。

インド、グジャラートの有料道路

州営バスでも料金は払うようだ。

9:40、ポルバンダール(PORBABDAR)バススタンド到着。
このバススタンドは改修工事の着工が早かったのか、すでに新しいターミナルが運用を開始していた。

インド、グジャラート州ポルバンダールのバススタンド

PORBANDARバススタンド

バスは依然として空いており、席を取られる心配もないので下りてみることにした。
新しいバスターミナルの新しいトイレに入る。トイレの入り口にはちゃんとトイレ番の男がおり、料金を聞くとおしっこは5ルピー(約8円)とのことであった。残念ながらう〇こがいくらなのかは聞き忘れたが、まあ10ルピーくらいであろう。
それにしても自己申告で5ルピー払ってう〇こをしたらどうなるのだろうか。トイレ番の男はちゃんと大小を嗅ぎ分け、後から差額を請求するのだろうか。

インド、グジャラート州ポルバンダールのバススタンド

このバススタンドは他のバススタンドより一足早く完成していた。

5分ほどの休憩でバスは再び走り出す。
ポルバンダールはかのマハトマ・ガンディー生誕の地である。
確かこの商店街を真っ直ぐ抜け、少し右に入ったところに生家があるはずなのだ。

インド、グジャラート州ポルバンダールの街

ここがポルバンダールの目抜き通りなのだ。

ポルバンダールの街を抜けるとすぐに水辺に出た。
遠くにたくさんのフラミンゴが見える。インドにフラミンゴがいると言うと驚く人もいるが、本当にいるのである。

インド、グジャラート州ポルバンダール郊外

ちょっと街を離れただけでこの風景である。

前回来た時には超満員のバスで田舎道を立ったまま揺られて行ったが、今回はがらがらに空いたバスが海沿いの道(と言っても海は見えない)を快調に飛ばして行く。

インド、ジュナーガル発ドワルカ行のバス

海に近いからか河幅が広い。

途中バスは道を外れてなにやら観光地らしき場所に立ち寄った。
自家用車なども何台か停まり人もそこそこいるが、いったいここは何だろう。

インド、グジャラート州のとある観光地

わざわざバスが入って来るほどの観光スポットらしい。

バスはそこで折り返し、元来た道に戻る。
戻り際に近くの山を振り仰ぐと、山頂に寺院らしきものが見えた。
しかしそれがなんだかわからない。

インド、グジャラート州のとある観光地

振り返ると山の上に寺院らしきものがあった。

10:55、終点のドワルカまではもうそれほど距離もないはずなのだが、バスは休憩を取った。
外に出るとあらためて陽射しの強さを実感する。まさしく肌で感じるということである。

インド、グジャラート州ドワルカ近くの茶店

あと少しで到着するというのに、なぜここで休憩なのだろうか。

木陰で休んでいたおっさんが、ここに座れと言うので隣に座って休むことにした。もっともバスの中でもずっと座っていたのであるが。
おっさんは私に「チャイを飲むか」と聞いてくれた。ありがたい申し出だったが、いったいこの休憩がどのくらいのものなのかがわからないので、残念ながらお断りしてしまった。

インド、グジャラート州ドワルカ近くの茶店

おっさんは「チャイを飲むか」と言ってくれた。

結局休憩は5分程度であった。やはりチャイを飲んでる時間はなかったのである。

インド、グジャラート州ドワルカ近く

遥か向うにドワルカの街が見えて来た。

11:50、ドワルカ到着。
このバスの終点はドワルカのバススタンドだが、ドワルカの中心地に行くにはその手前で降りるのがいい。
3年前に一度来ているのでだいたいの様子はわかっているが、バスの運転手も車掌も行くべき道を教えてくれる。この道を真っ直ぐ、この方向にずっと進んで行けばいいんだと口をそろえて言う。

インド、グジャラート州営バスの車掌

運転手も車掌もとても親切なのだ。

もちろんその親切はとてもうれしく何度もお礼を言って別れたが、勝手知ったる道と高をくくって歩いて行ったら道に迷ってしまった。

何事も謙虚な気持ちで接し、人の言うことにはちゃんと耳を傾けなければならないということなのである。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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ブロックプリントの版木

2016年グジャラート再訪・第31回 / まさしく寝耳に水だった・インドのキャッシュクライシス

この旅にはタブレット端末を持って来ていた。

これまで旅に持って行く文明の利器と言えば、インドの携帯電話とデジタルカメラくらいだったのだが、今回は安いタブレット(6千円ちょうど!)を携行した。

まあスマホではないので通信はWi-Fi利用となりもっぱら宿での使用となるが、それでも一昔前みたいなネットカフェ(インドではサイバーカフェと言ったが)通いをしなくてもいいので大変便利である。
さらにデータ版(PDF)のロンリープラネットも突っ込んで来たので、次に行く町の情報や交通機関の情報を知るのにとても役に立った。

インドのガイドブックを入れたタブレット端末

宿の部屋に居ながらにしてのメールチェックや情報収集、それに重いガイドブックを持ち歩かなくて済むので本当に助かる。

そんなタブレットがこの旅で一番役に立ったのは、なんと言っても11月9日(2016年)の未明のことだった。

その日はジュナーガルを早朝のバスで発つ予定だったので、5時に目を覚ましメールのチェックをしたところ、インドで突然高額紙幣の使用中止が発表されたとのニュースが飛び込んで来た。
それは日本からの連絡であったが、のちに日本大使館からも以下の文面の連絡を受け取った。

【以下、在留邦人および「たびレジ」(旅行者への情報配信サービス)登録者へのメール】

新紙幣発行に係る情報について(お知らせ)

2016年11月9日
在インド日本国大使館

 8日夜、モディ首相は国民への演説を行い、500ルピー紙幣及び1,000ルピー紙幣の無効化並びに新500ルピー紙幣及び2,000ルピー紙幣の導入を発表しました。インド財務省が発出した通達やインド準備銀行(RBI)が発表したFAQ(Frequently Asked Questions)等の政府発表資料によると、概要は以下1~3のとおりです。

1 現行紙幣等の取扱い
(1)現行の500ルピー紙幣及び1,000ルピー紙幣(以下、「旧高額紙幣」と言います)は、11月8日24時(9日午前0時)以降、法定通貨としての効力を失っており、使用できません。但し、以下の支払いにおいては、11月11日までの間、引き続き使用可能です。
ア 政府系病院での治療費用の支払いや、医師の処方箋を示して政府系病院の薬局で医薬品を購入する際の支払い
イ 鉄道、政府又は国営企業(が経営する)バス、空港のチケットカウンターでチケットを購入する際の支払い
ウ 中央政府又は州政府の認可の下で運営する消費者共同組合店舗(consumer cooperative stores)での支払い
エ 中央政府又は州政府の認可の下で運営する牛乳販売店での支払い
オ 国営石油販売企業の認可の下で運営するガソリンスタンドで石油・ディーゼル・ガスを購入する際の支払い
カ 火葬場や墓所での支払い
キ 5,000ルピーを超えない旧高額紙幣を有する国際線の乗客が、国際線空港で両替をする場合
ク 外国人旅行者が5,000ルピーを超えない旧高額紙幣等を空港で両替する場合
(2)100ルピー紙幣以下の小額紙幣は引き続き使用可能です。
(3)クレジットカードやデビットカード、小切手での支払いは引き続き可能です。

2 本9日の銀行の営業
 銀行は、本日営業しておりません。ATMについては、本日及び明10日閉鎖しております。

3 新紙幣との交換等
(1)旧高額紙幣は、2016年12月30日までの間、銀行支店等にて銀行に預金する、又は新紙幣を含む使用可能な紙幣と交換することができます。
(2)交換の上限は4,000ルピーですが、この上限は15日後に見直されることとされています。
(3)預金の上限はありません。(但し、KYC(Know Your Customer)規則に従っていない口座については上限50,000ルピーとされています。)
(4)11月24日までの間、銀行窓口での現金引出しの上限は1日10,000ルピー、1週間の上限は20,000ルピーとされています。11月24日以降、上限については見直すこととされています。ATMでの現金引出しは11月18日までは上限カード1枚当たり1日2,000ルピー、11月19日以降はカード1枚当たり1日4,000ルピーとされています。

【以上】

ちょっと長い文面だが、要は500ルピー札と1000ルピー札が突然使用できなくなったということである。

インドの旧高額紙幣

これはすでに通貨ではなくただの紙なので「見本」などのかぶせ文字は必要ないのだ。

モディ首相の演説は8日夜8時に行われ、実施が翌午前0時からとのことで、まさに寝込みを襲う奇襲作戦であり、寝耳に水の強硬策であった。

この施策の一番の狙いはブラックマネーの根絶ということにあったようだが、そんなことはこの時点ではもちろんわからない。

インドの高額紙幣廃止の看板

この時点(2016年11月8日)で500ルピー札と1000ルピー札のインド国内での流通量は全紙幣の86%も占めていたのだ。

まったくインド政府は何を考えているのだ。
そもそも通貨、特に紙幣などというものは、盤石な国家が責任を持って保証して初めて「紙」が「金」として流通するものなので、こんなに簡単に「紙」に戻されてしまってはたまらない。いったい何を信用したらいいのかわからなくなってしまう。

まあ政府批判はひとまず置いといて、現実問題として高額紙幣が使えないとしたら、現時点での持ち金はどれほどなのだろうかと、ベッドの上に財布の中身を並べてみた。

すると、

100ルピー札が12枚
50ルピー札が3枚
20ルピー札が3枚
10ルピー札が11枚

つまり合計でも1,520ルピー(約2400円)しかない。
あとはコインがいくらかと、500ルピー札が60枚(約48,000円)である。

夕べまでは日本円で5万円も持っているお金持ちだったのに、目が覚めたら2,400円しか持ってないことになろうとは、世の中何が起こるかわからないものである。

予定ではまだ一週間以上グジャラートを回るつもりである。宿泊費はクレジットカードの使えるホテルにするとしても、一日350円足らずの予算ではちと厳しい。だいたい移動ができないではないか。

でももしかするとそこはインドのことである。こんな急な通貨規制を厳正に施行に移せるとは到底思えない。きっとなんとなくこのままずるずると使用可能状態が続くのではないかと私は踏んだ。

とにかく使えるだけ500ルピー札を使ってしまおうと、少し早めに宿をチェックアウトすることにした。

インド、ジュナーガルのホテルハーモニーのフロント

さすがにバスターミナル近くのホテルである。早朝にもかかわらず従業員が二人も待機していた。

宿代2,656ルピーに対して、何食わぬ顔でフロントの従業員に500ルピー札6枚を差し出してみた。
すると従業員は「釣りが無い」と言う。しかしこれはいつものことであり、少なくとも500ルピー札の受け取りを拒否しているわけではない。従業員があのニュースをまだ知らないのか、それとも私と同じようにまさか即日厳正施行にはならないだろうと思っているのかは知らないが、とにかくここでは使えそうである。
そこで私は事前に小額紙幣を抜き取っておいた財布を見せ、こちらもそれしか無いんだと譲らない。
従業員はしばらく引き出しの中をごそごそ探していたが、やがてあきらめて自分の財布から釣り銭の小額紙幣を出して渡してくれた。

まるでババ抜きのようだが悪く思うなよ、こちらも必死なのである。

この通貨危機の話はこの後もたびたび出て来ることになるが、ちょっと先回りしてデリー帰着後の状況を言えば、廃止された高額紙幣に代わる新紙幣の供給はまったくと言っていいほど追いついておらず、旅行者向けの両替所などもシャッターを閉ざしたまま営業をしておらず、一般庶民だけでなく外国人旅行者も大いに困っていたのであった。

インド、ニューデリーの両替屋

商売道具がないのではどうしようもないのだ。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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真鍮製のアンティーク弁当箱

2016年グジャラート再訪・第30回 / ジュナーガルの街散策その3・バザールにて

狭い路地に小さな店がびっしり並ぶ、ジュナーガルのバザールを歩く。

大きな旧市街のバザールなどでは道に迷うこともあるが、特に時間が無かったり、なにか用事があったりしない限りそれもまた面白い。

インド、ジュナーガルのバザール

小さな店が延々と続く

ジュナーガルのバザールはそれほど大きなものではないが、それでもいくつか分かれ道があったり、アーチ型の通路を通り抜けたりとなかなか楽しい。

インド、ジュナーガルのバザール

入り組んだ路地にアーチが良く似合う。

そんな風に特に目的もなくウロウロしていたら、店先から声がかかった。
見れば小さな靴屋、いや、サンダル屋のおやじが声を掛けてきたようであった。

インド、ジュナーガルのバザールのサンダル屋

この店はサンダルだけで勝負しているのだ。

なんだろうと近づいていくと、ちょっとここで休んで行けと言う。
もっともおやじは英語を話さず、こちらはグジャラート語がわからないので確かではないのだが、きっとそう言ってるのに違いない。
11月とは言えグジャラートの昼の盛りは暑い。それに何か用事があるわけではないので、お言葉に甘えて店先に腰掛けさせてもらった。

インド、ジュナーガルのバザールのサンダル屋のおやじ

言葉はできたに越したことはないが、時には言葉が無くても通じることもあるのだ。

ただしさすがに込み入った話はできない。せいぜい「どこから来た?」(たぶん)と聞かれ「ジャーパーン」と答えるくらいである。
そんな会話はものの10秒ほどで済んでしまうので、あとはひたすら黙って座っているだけである。まあおやじと向かい合って座っているわけではなく、二人して外を向いて座っているので特に気まずさはない。
するとおやじが「チャイを飲むか?」と聞いて来たので(「チャイ」だけはわかるのでまず間違いはない)、「飲む」と即答する。

おやじは店をほったらかしてチャイ屋に行ってしまった。
こんな時にお客さんが来たら困るなと思っていると、一人のおばさんがやって来た。世の中とかくそういうものである。
仕方がないので身振りと英語で店主の不在を説明し、よかったら店主が戻るまで店の中を見ていてくれと言うがやはり通じない。
ところがおばさんはおだやかな笑顔で私に「お金をくれ」と言い出した。もちろんこれも手振りでわかったのだが。
とにかくお客さんではないらしいのだが、おばさんの服装は特に汚いわけではなく、また柔らかい物腰とにこやかな態度で到底物乞いとは思えない。
私がおばさんの真意を汲みかねていると、今度はなにやら歌を歌い出した。小さな声ではあるが、歳に似合わぬかわいらしい声で楽しそうに歌う。ますますおばさんへの対応の仕方がわからなくなった。
するとそこを通りがかったおっさんが、すかさずおばさんに10ルピー札を渡し、なにやらにこやかに声までかけて去って行った。ありゃりゃ・・・
おばさんはもらった10ルピー札を私にひらひら見せて、「ほらね、みんな私にお金をくれるんだよ」と言うのである。(これも想像ではあるが、たぶんかなり近いと思う)
事ここに至ると私も少しお金を出すようかなと思ったが、おばさんはくるっと背を向け、歌いながら行ってしまった。たぶんいつまでも言葉もわからんやつの相手をしていても、どうにもならんとあきらめたのだろう。
しかしあのおばさんはいったい何者だったのだろうか。

そんな心細い思いをしたので余計に時間が長く感じたが、実際おっさんが戻って来るまで10分くらいかかった。

すぐ近くにチャイ屋がある場合は、店の小僧がグラスに入れたチャイを出前してくれることもあるが、ここではビニール袋に入れたチャイをおっさんが持ち帰って来た。小さな紙コップもちゃんと二つおやじのシャツの胸ポケットに入っている。

インド、ジュナーガルのバザールのサンダル屋のおやじ

テイクアウトのチャイはビニール袋に入れてくれる。

さすがにプロはすごい。ビニール袋に入ったチャイは紙コップにぴったり二杯分あった。

インド、ジュナーガルのバザールのサンダル屋のおやじがくれたチャイ

この量がまたいいのだ。

この少しのチャイをインド人たちは時間をかけてゆっくり飲む。
私もなるべくゆっくり飲もうとするのだが、なかなかインド人のようにはいかない。

インド、ジュナーガルのバザールのサンダル屋のおやじ

おやじは手もみをして「へえ、何を差し上げましょう」と言っているのではない。タバコを吸っているだけなのだ。

おやじはタバコ吸いなので日本のタバコが欲しかったようだが、私は吸わないので当然タバコなど持っていない。
代わりにいつも持ち歩いている個別包装のフルーツキャンディーを二つあげ、おやじに礼を言って店をあとにしたのであった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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シンプルデザインの真鍮製シンギングボウル

2016年グジャラート再訪・第29回 / ジュナーガルのおやつ・その3

ウパルコート砦を出て、なんとなく坂道をだらだら下りて来たら生ジュース屋に行き当たった。

インドの生ジュース屋

手動のミキサー一つの屋台と違い、ここではいくつもの電動ミキサーが並ぶ。

ちょうど喉も乾いていたのでそのまま入店し、奥の席に座る。

インドの生ジュース屋

こうした店では通りが眺められる席が良い。

メニューを見たら屋台のジュース屋と比べ値段がだいぶ高かった。だいたい倍くらいだろうか。
もちろんゆっくり座って飲めるし、衛生環境もだいぶ違うのだろうから高いのは当然なのだが、そういう事もなにも考えずに入ってしまったので、メニューを見てちょっとうろたえてしまった。

インドの生ジュース屋

屋台のジュース屋との違いは値段にも表れる。

一通りメニューを眺めたが、食に関しては一切冒険をしない人間なので、定番のオレンジジュースにした。
このグラスで70ルピー(約112円)である。

インドの生ジュース屋

グラスもおしゃれである。

メニューにあった「 MOSAMBI 」(たぶん「モサンビ」と発音するのだと思う)というのが気になり、帰りがけ店員に聞いてみると「スイートライム」のことだと言い、カウンターの上に積んであるものを指差した。
見れば真ん丸のオレンジのようなものであるが、味はオレンジとどう違うのだろう。

インドの生ジュース屋

見た目は普通のオレンジにしか見えない。

モサンビを教えてくれた店員は、チックーの皮むき作業の真っ最中だった。
チックーというのは、見た目がジャガイモみたいなものだが一応フルーツで、この店ではミルクシェークで出しているようだった。

インドの生ジュース屋

ジュース屋の主な仕事は皮むきかもしれない。

モサンビは知らなかったがチックーは知っているので、皮むきしている店員の手元を指差して「チックー、チックー」と子供のように繰り返すと一切れくれた。しかしいい大人のやることではない。

インドの生ジュース屋

チックーは不思議な味なのだ。

肝心のチックーの写真がボケてしまったが、味の方もボケたものである。
あまり上手く表現できないが、干し柿のような味と食感というのがまあまあ近い表現だろうか。

でもどうせくれるなら、モサンビの方が良かったな。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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インドのショール

2016年グジャラート再訪・第28回 / ジュナーガルのおやつ・その2

ウパルコート砦でようやく見つけた落花生は生っぽくて食べられず、それじゃもうひとつの好物を食べるかと、こちらの店に来た。

これはトウモロコシ屋である。
インドのトウモロコシ屋は焼くのとゆでるのがあるが、ここはゆでトウモロコシである。

インド、グジャラートのトウモロコシ屋

ウパルコート砦にはたくさんの観光客がいたが、この店にはまだ客がほとんど来ていなかった。

どうやらこの店は家族で切り盛りしているらしく、奥さんらしき人がトウモロコシの皮をむき、それをおやじが釜でゆでている。

インド、グジャラートのトウモロコシ屋

家族一丸となって働いている店はつい応援したくなる。

そして息子も手伝っている。
しかしこれをひとくくりに児童労働と非難するなかれ。

インド、グジャラートのトウモロコシ屋

きっと今は学校もディワリのお休みなのだろう。きっとそうに違いない。

なにしろおやじは左腕にギプスをし、首から吊っているのだ。
つまりこの少年はまさしくおやじの片腕としてがんばっているのである。

インド、グジャラートのトウモロコシ屋

少年は無理やりやらされている風ではなく、本当に一生懸命働いていた。

そうこうしているうちに、私のトウモロコシが出来上がって行く。
これは最後の仕上げ、塩と唐辛子の粉をレモンに付け、それをごしごしトウモロコシにすり込んで行く作業だ。担当は少年である。

インド、グジャラートのトウモロコシ屋

初めの頃はこのサービスはありがた迷惑に思ったものである。

実は私は初めの頃これがダメだった。
なにしろ何度も使ったくちゃくちゃのレモンで、得体のしれない粉(当時の私はその茶色がかった粉が塩だとは思えなかった)をトウモロコシにすり込むのである。バッチイというのもあるが、それよりトウモロコシにレモンはないだろうと思っていたので、いつもそれは断ってなにも味のないものを食べていた。

ところがある時、私が制止する前にごしごしやられてしまい、仕方なくそれを食べたのだが、あ~ら不思議、レモンの酸味と塩味が混ざり合うと、なんとなく醤油みたいな感じになるのである。(その時は唐辛子はなかった)
それ以来この味付けがすっかり気に入ってしまい、たまに気の利くトウモロコシ屋が「レモンはどうする?」と聞いて来たりするが、ガシガシごしごしやっちゃってと頼むほどになった。

インド、グジャラートのトウモロコシ

この黄色がインドの大地によく映えるのだ。

このトウモロコシは10ルピー(約16円)だが、値段はサイズによって変わる。
この店ではトウモロコシを紙皿に載せてくれたが、通は捨ててあるトウモロコシの皮の中からきれいそうなのを選んで拾い、そいつで包んで食べたりする。それが粋なトウモロコシっ食いてもんでい。てやんでい、べらぼうめい。

とにかく店の奥にある椅子に座り、トウモロコシをゆっくり食べる。
まだ下痢が治り切っていないので、本当にゆっくりしっかり咀嚼しながら食べる。

客は客を呼ぶ。特に外国人が食べていると、インド人たちはそれを目ざとく見つけ、われもわれもと店に殺到する。

インド、グジャラートのトウモロコシ屋

お客はお客の招き猫、千客万来商売繁盛で笹持って来い、なのだ。

まあ、そうすぐにはやって来ないかもしれないけど、なるべくゆっくり食べて、少しでも客を呼び込む手助けができたらいいなと思うのであった。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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2016年グジャラート再訪・第27回 / ジュナーガルのおやつ・その1

私はジュナーガルに着いてから、ずっとあれを探していた。
というのも、バスでジュナーガルに来る途中で、それを見かけたからである。

最初は車窓から見た畑だった。
畑のところどころに、なにやら小山のようなものができていた。
それを見たとき、もしやと思った。なにしろ窓から入る風の中にも、それの匂いを感じ取ったのである。

インド、グジャラートの落花生畑

沿道には子供の頃の記憶を呼び覚ます光景が続く。

そしてバスが山のような荷を満載したバイク型三輪を追い抜くとき、はっきりこの目でそれを確認した。

インド、グジャラートの落花生

子供の頃、まさしくこういう光景を何度も目にしていた。

それは落花生である。
畑にあった小山は、掘った落花生を乾燥させていたのである。
風で運ばれて来た匂いは、もちろんあの煎った芳ばしい落花生のものではなく、ほとんど土の匂いなのだと思う。
でもそれは私が子供の頃に見た秋の風景であり、匂いそのものだった。私が育った町は落花生の生産が盛んだったのだ。

インド、グジャラートの落花生

かつてのアメリカ合衆国カーター大統領も落花生を作っていた。そしてかつての日本の総理大臣はアメリカの会社からピーナツをもらっていた。

なのでジュナーガルには落花生を売る店がきっとあると思って探していたのだが、ようやくそれをウパルコート砦の中で発見したのであった。

インド、グジャラートの落花生屋

ようやく見つけた落花生売りの屋台。おっさんは新聞を読んでいるのではない。包装紙を作っているのである。

こうしたインドの屋台の豆売りは、さやをむいた豆を鉄鍋に入れた砂で煎るというのが多いのだが、この店ではさやごと煎っていた。

インド、グジャラートの落花生

落花生はさや煎りが一番おいしい。ちなみに二番目はゆで落花生なのだ。

値段はわからないがそんなに高いものではないはずである。なにしろインドは落花生の生産量で世界第二位であるし、実際袋詰めのものなどはそこらじゅうで売られている。またちょっと気の利いたレストランでビールを注文すると、サービスでピーナッツがどっさり出て来たりする。

こうした量り売りのものを買う時には、先にお金を出して見せ、その分だけもらうのがいい。
今回はとりあえず10ルピー札を出してみた。

ひとつかみほどの落花生が新聞紙に載せられて差し出された。
その写真を撮ろうとすると、落花生屋のおっさんが慌ててなにやら言う。

インド、グジャラートの落花生屋

ちょっと待ってくれと落花生屋は言った。

写真を撮ったのがマズかったのかと思ったらそうではなく、撮るならちゃんと手渡しているところを撮れとのことで、一旦私の手から包みを取り上げ、あらためて手渡してくれた。
お気遣いありがとうございます。

インド、グジャラートの落花生屋

へい!お待ち!と落花生屋は言った。

さっそくさやをむいてみたら・・・ん?

これも落花生の産地で育った人間なのでよく知っているのだが、この色はまだ生である。生の落花生を知らない人でも、良く煎ったものとはだいぶ色が違うのがおわかりになるだろう。そう、普通よく見かける物は渋皮が赤茶色になっているのだ。

インド、グジャラートの落花生

むむ、なんだか思っていたのとは違うのだ。

まだ下痢も完全には治っていないし、「生で食べたら腹をこわすぞ」と言われて育って来たのでちょっと躊躇してしまったが、そもそも待ち切れずに店の真ん前でむき始めていたので、食べないわけにはいかないだろう。あの気配りのできる豆屋のおっさんだってまだ見てるし。

むいてしまった落花生を口に入れて噛むと・・・う~ん、やっぱりこれは生である。畑に取り残されたものを拾って食べたことがあるので知っている。

口に入れた分はちゃんと飲み下し、豆屋のおっさんに「グッドだ」とうそを言い、残りの豆は新聞紙で包んでかばんにしまいその場をあとにした。

どこかに捨ててしまおうと思っていたのだが、なんだか捨てるのは気が引けて、ホテルまで持ち帰った。
そしてその夜、一人で特にすることもないもので、なんとなく落花生をむいて口に入れたら、まあこれはこれで食べられないことはない。いや、実際ああして売られているものなのだから、食べられるはずなのだ。確かに良く煎ったものと比べたら生に近いかもしれないが、一応火を通してはあるのだし・・・

なんて考えながらぽつぽつ食べてたら、新聞紙の中はいつの間にか成長不良の小さな落花生がひとつ残るだけとなり、それだけ捨てるのも忍びないので、爪の先で一生懸命さやを割り、結局全部食べてしまったのであった。

食べ物を粗末にすると罰が当たるかもしれないが、全部食べたら食べたでやはりなにかしら当たりそうな気がする。

*情報はすべて2016年11月時点のものです。

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